蜩ノ唄3

"いつもありがとう"
そのたった一言を言う口実が欲しかったのかもしれない。



翌日、西日の射す朝顔屋敷の前で打ち水をしていた侑士の元に駆け寄る影が一つ。
「おーい侑士ぃー!!」
「あぁ岳君、おかえり」
それは隣に住む書生の一人、岳人だった。
暫く実家に帰っていたが今し方戻ったらしい。
疲れた様子一つ見せず軽やかな足取りで侑士の元へと駆け寄ってくる。
久方振りに見る元気な姿に安心し、侑士の表情も心なしか綻ぶ。
「へへっ ただいま!やっぱ帰る前にここ寄ってよかったぜ」
見ればまだ大きなトランクを抱えたままだ。
侑士は水の入った桶を道路に置き、呆れたように溜息を吐く。
「何やの、まだ下宿帰ってへんのかいな…」
「ここ直行。慈郎は?」
「部屋におるんちゃうかな?」
「んじゃお邪魔しまーっす」
勝手知ったる様子で御神樹に手を合わせ、玄関へと駆けて行く岳人の後姿を慌てて呼び止める。
「岳君、荷物ほどかんでええんか?」
「いいのいいの。今戻って跡部に捕まったらまたうるせーから後でやる!」
「もぅ…」
岳人は慈郎と一番仲が良い。故に侑士も必然と接する機会が増えていた。
出会ってたった数ヶ月ではあるがすっかり親子の様な関係になっていた。
どちらかといえば、邪険に扱うばかりの慈郎よりも本当の親子に近いかもしれない。
侑士は桶と柄杓を片付け、玄関先に放り出されたトランクを手に家の中へと入った。
岳人はすでに慈郎の部屋に行ってしまったのか姿が見えない。
「ほんましゃあないなぁ……だらしないねんから」
中に入っている衣類も、どうせ畳みもせずそのまま入れて皺だらけになっているだろう。
そう小言を漏らしながらトランクの蓋を開ける。
そして想像したままの中身に、やれやれともう一度溜息を吐いた。
四角い箱の中に目一杯詰め込まれたシャツやズボンを取り出し、アイロンの用意をする。
「…あれ?何やこれ…」
詰め込まれた布の間に入った小さな包み紙。
それには小さく"侑士"と書かれている。
「あーやっべぇ!!忘れてた!」
包みを取り出し眺めていると、居間にバタバタと岳人が入ってきた。
「岳君これ…」
「それ侑士に土産。気に入ってくれるといいんだけどな」
へへっと照れ笑いを浮かべながら、岳人は散らかりかけのトランクからもう一つ、大きな包みを取り出した。
包みには慈郎、と書かれている。岳人は慈郎への土産を手に再び居間を出る端、
「いつも世話になってるからさ、お礼お礼。あ、これからもよろしくな!」
と残し慈郎の部屋へと戻ってしまった。
「よろしくて…これの片付けかいな……」
溜息を飲み込み、侑士は土産の包みを開けた。
中から蒼地の七宝焼の根付が出てきた。
いつも和装の侑士は帯締にそれを結わえ付ける。
「ちょっと季節外れの母の日やな…」
思いがけない贈物にご機嫌になった侑士は、すっかり準備の整ったアイロンを手にシャツのプレスを始めた。

一方、土産を手に慈郎の待つ部屋に戻った岳人はその大きな包みを慈郎に渡した。
「おーありがと向日!!これ欲しかったんだよなー」
「感謝しろよー東京でも結構貴重らしいんだから…随分探したんだぜー」
慈郎は礼もそこそこに包みを開け、中身を取り出し歓声を上げている。
中身は先日発行されたばかりの小説だった。
慈郎は飽き性で小説などじっと読むような性格ではなかったがこの作家のものだけは気に入って何作も読んでいる。
今作も発売されてすぐ探しに走ったのだが、結局は見つからなかった。
だから東京へ戻るといった岳人を掴まえ、買ってくるように頼んだのだ。
土産、というよりお遣いといった方が正しい。
実際お金を払ったのは慈郎だったが、足労をかけたという意味で岳人に何度も礼を言う。
「まぁそれ探してる間に侑士への土産も見つかったし、いいって事よ」
「え…あ……」
あいつにも何か買ってきたのか、と言いかけて口を噤む。
そこまで気にする事もない。
慈郎は気をそらせようと、手に入れたばかりの本をぱらぱらと捲る。
「あ、なぁなぁ、なぁなぁ」
「んだよー…」
始めは気を紛らわせる為だった。
だが期待通りの興味深い小説の書き出しに惹かれかけたところを岳人に遮られてしまう。
慈郎は不機嫌な顔を向けた。
「お前は?」
「何が?」
「何がって…あの櫛だよ。侑士喜んでただろ?」
「あー……」
岳人の中ではすでにあの店頭にあった櫛は侑士の物になっていた。
だが実際はまだあの店先にあるのだ。
あの櫛は、二人で出かけた時に見つけたものだった。
慈郎は一目見て惹かれた。
決して華美ではないが技巧の限りを尽した美しい逸品は侑士に似合うだろう。
母であれ姉であれ恋人であれ、本来女性に贈る物であるが、素直にそう思えた。
そしてそれに気付いた岳人は何度も買うように言ったが、結局その日は持ち合わせがないと断った。
まだ迷っている。
普段あれだけ邪険にしているというのに、いきなり贈物など気持ち悪くはないだろうかと。
そんな慈郎の遅疑逡巡は全て顔に出てしまっている。
岳人は盛大に溜息を吐いた。
「お前なー……まだウダウダ悩んでんのかよ。さっさと買わないと誰かに取られちまうぜー」
「昨日行ったらっ…まだ残ってたしー……」
それまで開いて目を通していた小説を閉じ、その言葉に反論する。
「櫛の話じゃねーよ」
しかし岳人の返答は意外なものだった。
拗ねた勢いで突っ伏した畳から顔だけを上げ、岳人を見上げる。
「え?」
「侑士、誰かさんに取られちまうぜ」
「…………跡部…」
頭に浮かぶ嫌味な顔に慈郎は顔を歪めた。
「なーんだ、解ってんじゃん。あいつ結構本気みたいだからよー」
慈郎の放り出した小説を取り上げ、岳人は先刻慈郎がそうしていたようにぱらぱらと捲った。
細かい文字が虫のように這う紙に顔を歪め、よくこんなもん読めるな、と忌々しそうに言い、本を閉じる。
本から再び慈郎に視線を戻すと、何やら思いつめた様に考え込んでいる。
岳人は本気と言ったが本当にそうなのだろうかという思いがある。
自分はどうなのだと言われればそれまでだが、他の誰かが彼を傷つけるところは見たくない。
矛盾した思いが慈郎の頭を支配する。
「よっし!今から行こうぜ」
「は?」
勢いよく立ち上がり、腕を引っ張る岳人を呆然と見上げる。
岳人はなかなか腰を上げようとしない慈郎の肩を急かす様に叩いた。
「あの櫛買いにだよ。お前一人じゃいつまで経っても行かないだろ」
「…はぁ…!?」
「ほらほら、財布持って。さっさとしろよー」
机の上に置いてある財布を慈郎に寄越す。
むっと頬を膨らませながらも、慈郎は言われた通り渡された財布をズボンのポケットに捩じ込んだ。
「おーいゆぅーしー!」
ノロノロと部屋を出る慈郎を押しのけ、岳人は居間に見える侑士の背中目がけて走っていく。
侑士はまだアイロンをあてていて、背中に飛びついてくるであろう岳人に怪我を負わせないようにさっと機械を遠ざけた。
予想通り飛びつく岳人をそっと引き離し、顔を覗きこむ。
「何?どないしたん?」
「俺らちょっと出かけてくるから」
「出かけるて…もうすぐ夕飯やで?」
「すぐ戻ってくるから!んじゃ、あとよろしくー!!」
「あっ…ちょ…どこ行くかぐらい言うていき……ってもう居てへんし…」
慌てて追いかけたが、走り去った二人の影は玄関から消えていた。

店のある大通りまでは片道15分程の道のり。
慈郎の住む町は道一筋の差で賑わいが大きく違う。
朝顔屋敷の周辺は静かな住宅街なのだが、二つほど大きな通りを渡ればそこは祇園の外れとなる。
更に歩を進めればそこは花街の中心地。独特の雰囲気に包まれた町だ。
まだ店の敷居を跨ぐには早い慈郎や岳人には関係のない世界。
二人は足早に店へと向かった。
「まだ店開いてっといいけど…」
「あそこのジーさん気まぐれだしー閉まってるかも」
「るっせー!そう思うならさっさと歩けよ慈郎!」
岳人の心配は取り越し苦労に終わった。
店の前まで行けば、店主はまだのんびりと店番をしている。
「あぁいらっしゃい」
通い詰めた成果と言うべきか、すっかり慈郎の顔を覚えた亭主は笑顔で店に迎え入れてくれた。
「よかったわお兄さん、此間それ買おうとしてた子がおってなぁ…」
「え?マジかよ!だから早く買えつったんだよ!」
「そんな事言ったってよー…」
「ごちゃごちゃ言ってねぇでさっさと買え!」
岳人は並んでいる櫛の中からずっと目を付けていた一つを手に取り、亭主に渡した。
そしてほら、支払い、と目配せする。
むっとした表情を出しながらも、慈郎はポケットから財布を取り出し支払いを済ませた。
「喜んでくれるとええなぁ」
薄い紙に包まれた櫛を渡しながら亭主はそんな事を言う。
慈郎が自分で使うには似合わないもの、老翁の中ではすでにこれが誰かへの贈物となっているのだろう。
間違いではない。だが照れた慈郎は不機嫌な表情のまま小さく頷くだけだった。
「あれぇ?向日。帰ってたの?」
店の外からする声に振り返ると、そこには滝が大きな荷物を抱えて立っていた。
思いがけない再会に岳人は亭主に礼を言い、店を出る。
慈郎も慌ててその後に続いた。
「滝!何やってんだよ」
「こっちの台詞だよそれ。戻ってるならちゃんと下宿に帰りなよ。そしたら俺もこうして買出しに来なくて済んだのに」
「あ、ヤベっ…今日俺が買出し当番か?!」
「そうだよ…何で俺が二日連続で当番しなきゃならないのさ」
不満気に滝は荷物の半分を岳人に渡した。
本当なら全部持たせたいところだ。
だが長旅帰りで疲れているだろうとそれは免罪としてやった。
こんなところでうろうろと歩き回る元気はあるなら持たせたいところだが、滝もそこまで鬼にはなれない。
「あれ?慈郎…やっと買ったの?」
「え?」
「それ」
にっこりと微笑み櫛の包みを指差す姿はやはり鬼か。
何故これの存在を知っているのか、慈郎と岳人は思わず口を開けたまま呆けた。
「ざーんねん…俺が買おうと思ってたのに」
「さっきじーさんが言ってた奴ってお前か?!」
「何?俺が買っちゃ駄目なの?」
得意の蠱惑な笑みを浮かべ、見下ろす視線は明らかに面白がっている、
慈郎が欲しがっている事を知っていて、こういう事を言う男なのだ。
やはり鬼のような男だ。
呆れ顔の岳人を余所に滝は慈郎に視線を寄越した。
「そんな事より、こんなとこで油売ってていいの?」
「え?」
「……向日が帰ってこないって、君の家に迎えに行ったんだよ?跡部」
言葉の最後に出てきた名前に慈郎の表情が凍った。
あの家に、二人きり。
それがどんな状況なのか瞬間的に判断した慈郎は踵を返し、自宅へ向けて全力疾走を始めた。
「おい慈ろ……っっ!!」
驚いた岳人が声をかけた時点で、すでに慈郎の姿は確認できないほど遠くまで走り去ってしまっている。
「わー…早いねー」
「…………性格悪…」
顔を歪めて非難する岳人に滝は首を傾げる。
「どうして?感謝こそされても文句言われる筋合いはないよ」
わざわざ教えてあげたんだから、と悪く思う様子もなくフフっと笑いを漏らす。
「……つーか知ってたのかよ」
慈郎の想いに気付いたのは自分だけだと思っていた岳人は一瞬驚いた。
「知らないのは宍戸と鳳ぐらいなものだよ。二人ともあんなに解りやすいのにさ」
「……確かに」
だが滝の言葉には納得できる。
あからさまに不自然な態度の慈郎と自分に正直すぎる跡部の態度。
誰が見ても両者の想いは明白だ。
「ね、どっちが侑士さん落とすか賭けない?」
「……お前なぁ…」
「冗談だよ」
お前が言うと冗談に聞こえないんだよ、と岳人は呆れた表情を浮かべる。
「あ、大変だ…お醤油買うの忘れてたよ。昨日瓶ごと割っちゃって今切らしてるんだよね」
「あぁ?!」
「ほらほら行くよー」
本当は醤油など酒屋に頼んで持ってこさせればいいのだが、今帰って慈郎や跡部の邪魔をするのは面白くない。
滝は戸惑うばかりの岳人の腕を引っ張り、再び商店街の方へと歩いていった。

侑士は壁にかけられた時計を眺め、遅いなぁ、と小さく呟いた。
すぐに戻ると出て行って彼此一時間は経つ。
岳人も一緒なのだからそのままどこかへ出かけてしまう事はないだろう。
「あ…裾ほつれてる……また跳ね回ったんやな…しゃぁないなぁあの子は…」
裁縫道具を出そうと立ち上がった時、廊下と居間を仕切る襖の向こうで音がした。
やっと帰ってきたのかと侑士はその足で迎えに出る。
「おかえりなさい、慈郎さ…」
だが開いた襖の向こうに居たのは慈郎ではなかった。
真っ先に目に飛び込んできた浅葱色のシャツが嫌味な程に似合う隣人だった。
「あ…跡部君か……吃驚した…」
突然目の前に降って湧いた男に驚いたのは侑士だけではない。
跡部もまた、自動的に開いた襖に、そしてそこに居た侑士にと二度驚いていた。
「いややわぁー恥ずかしい…慈郎さんか思て」
「何だ、って事は向日の奴も来てないのか?」
時間になっても帰って来ない岳人はてっきりこの家にいるものだと思っていた跡部は無駄足に舌打ちをした。
しかし思いもよらない幸運も同時に転がり込んできた。
この家に今、侑士と二人きり。邪魔な慈郎は不在なのだ。
そんな下心など露知らず、侑士は勝手に言葉を続けている。
「さっき…一時間ぐらい前まではおってんけどな、二人で出かけてしもたわ。すぐ戻る言うとったけど…」
「それでお前は他人の荷物整理までしてんのかよ」
居間に盛大に広げられた岳人の着替えは全て綺麗にアイロンがかけられている。
傍らに置いてあるアイロンを見る限りここで侑士がやったのだろうと推測した。
その上まだ何かしようと裁縫道具まで持ってきてある。
「他人言うても岳君やん。せやけどほんま手のかかる子やなぁ、親御さんは大変やわきっと」
にこやかにそんな事を言う侑士とは対照的に、跡部は不機嫌な表情を浮かべる。
面白くない、と。
常々思ってはいた事だが、侑士は何かにつけて下宿生達の世話を焼きたがる。
自分の事となるとまるで不精になる岳人や宍戸、特に岳人の甘えぶりはとても同年代の男への態度ではない。
たとえそれが親愛の情だとしても許せない。
心が狭いと言われようと許せないだけの理由が跡部にはあるのだ。
跡部は背後から近付き不意に、針を持った侑士の手を掴んだ。
思いもよらなかったその行動に侑士はぽかんと跡部の顔を見上げる。
「何…?どないしたん?」
背後から般若の様な形相で見下ろされ、何か気に障った事でもしてしまったのかと侑士はただ不安げな表情を見せるばかり。
手を払おうにも物凄い力で掴まれたままで動く事もできない。
「あの…」
「だったら俺の世話もしてもらおうじゃねぇか」
「……は?」
突然何を言い出すのかと、不安な表情が再び呆然と変わる。
見上げれば薄く唇を上げ、何かを企む顔を見せた跡部がいる。
「何の冗談や?」
「本気だ」
「せやかて世話て……あぁ、跡部君もどっかほつれてるん?せやったら一緒に直したるで?」
話の方向が思わぬ迷い道を歩みそうになる。
大概の事に鈍感で間抜けな侑士らしい切り替えしだ。
流石の跡部も唖然とさせられた。
だがすぐに態勢を整えもう一度向き直す。
「バァーカ。そんなもん樺地にさせるっての」
「じゃぁ…」
「お前にしかできねぇ世話があるだろ」
「……うちにしか出来へん?」
全く見当もつかない跡部の言葉に侑士は考える事もできず呆然とするだけだ。
その瞬間を見逃さない跡部に、手にしていた針を取り上げられ、あっという間にその場に押し倒された。
「あ…とべ…君?」
「お前に出来る世話つったらこれだろうが」
倒された拍子に肌蹴た足元から手を差し入れられ指先でそっと触れるように撫でられる。
背中を駆け上がる悪感に目を見開き必死に抵抗するが、とんでもない力で押さえつけられそれは叶わない。
「ちょ……ふざけなや!!怒んで!!」
「怒れよ。もっと抵抗してみろよ。あぁ?」
挑発的な態度に今一度渾身の力で振り払おうとするが、やはり敵わない。
それどころか跡部が腕に込める力は増すばかりで侑士は絶望の淵に立たされる。
「なぁ…慈郎は知ってるのか?」
「……なに…を…?」
「決まってんだろ…お前がこの家に来る前、どこで何をやってたかって事だよ」
跡部の言葉に侑士の顔色は青白さを通り越し、紙のように白くなった。
言葉の節から推測するに、跡部は知っているという事だろう。
何故その事を知っているのか、そんな事を考えている暇などない。
思考回路が遮断された侑士は抵抗する事を止め、言葉を紡げなくなってしまった震える唇を跡部が指でいやらしく辿る。
「……お前の過去…あいつが知ったらどんな顔するだろうな…」
楽しみだよ、と喉の奥で笑う。
そんな跡部に乾いた唇を僅かに震わせ、掠れた声で侑士が呟いた。
「あの子には…言わんといて……お願いや…」
「さぁどうするかな…俺は忘れっぽい上、気まぐれだからな」
「そ……んな」
今にも泣いてしまいそうな、加虐心を煽る表情を見た跡部は満足気に見下ろした。
そしてニヤリと笑う唇は、更に信じられない言葉を紡いでゆく。
「ま、頭の片隅ぐらいには置いておいてやってもいいぜぇ?お前の態度次第では忘れちまうけどな」
「…んで………何でこんな事……」
跡部にこんな嫌がらせをされる理由など、侑士には全く身に覚えがない。
「そんなもん、お前のその鈍い頭で考えな」
「……うちが…何かしたん……?」
侑士の質問には答えず、跡部は時間切れだ、と舌打ちを漏らし体を離した。
玄関の引き戸が壊れそうなほど軋む音を出しながら開かれる音がし、バタバタと長い廊下を誰かが走る音がする。
跡部は呆然としたままの侑士をその場に残し、廊下に続く襖を大きく開け放った。


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