サイン/サイレン/サイレント8

Side;Yuji Hitouji


ああついにこうなってしもたかって思わず頭抱えた。

千歳がレギュ入りしてからどっかよそよそしなった謙也の態度を敏感に察した光は、今度は千歳を徹底的に避けるようになった。
千歳は千歳で光を大事にしてくれとったし、光もそれ解ってたから素直に甘えてた。
けどそれは謙也を不安にさせて、しょーもない嫉妬の対象になってしもてた。
それに気付いた光は謙也に嫌われたくない一心で千歳に話し掛けられても逃げるように離れていく。
千歳は当然いきなりそんな態度とられるもんやから訳解らんやろうし、その度に悲しそうな表情する。
そんな千歳見て、光も酷い事してんやって良心に呵責感じるんか、イライラしてるんが目に見えて解った。
千歳と謙也、どっちの存在も光には必要なもんや。
それぞれ役割は違えど光を救う存在には違いない。
けど天秤にかけたら謙也は光にとって必要不可欠なもんやから、それこそ断腸の思いで光は千歳と関わらんようにしとる。
俺もほっとかれんようなって、千歳に事情説明してほとぼり冷めるまで、謙也にもうちょい余裕出るまであんま光に構わんといたってくれって言おうか思た。
けどそんな事しても何の解決にもならん。
要は謙也が早よ気付けばええねん。
光にとってほんまに必要なんは、俺らでも千歳でもないって事を。
めっちゃムカつく。ほんまムカつく。
何で解らんねん、あんなに光はお前ん事好きやのに。
あんな分からず屋なんか死にさらせアホ。
「どないしたん?ユウくん。えらいご機嫌斜めやね」
「あ?あー…」
小春の前やのにイライラが止まらへん。
仏さんみたいな師範の顔見ても止まれへん。
今日も練習中、光はずーっと謙也の方気にして顔色伺ってばっかやし、謙也はそんなん気にもせんで光ほったらかしやし。
そんな光ほっとけんでまた千歳が構いに行ってしもた。
光は昔みたいに体ガッチガチにさせて警戒してる。
きょろきょろ見渡して落ち着き無い事なってる。
そうこうしとったら光はまた逃げてしもた。
部員のフォーム見とる蔵の側に飛んで行きよった。
千歳は見る見る態度萎れさせて落ち込んでるし、当の光かて心痛めて泣きそうやし。
あーもう、見てられへん。
「光ちゃん最近おかしない?」
観察鋭い小春が気付かんはずもない。
「まあ…うん」
「謙也クンと喧嘩でもしたん?」
「喧嘩ゆうか…あいつが一人拗ねとるだけや」
しかもガキみたいなな。見苦しいわーほんま。
そうこうしとったら千歳が苦笑いしながら寄って来た。
「はー…あん子扱い辛かねーまた嫌われたばい」
でっかい図体に似合わんしょんぼり、という言葉のよぉ似合う態度で来る千歳に小春が肩叩きながら励ました。
「ちょっと癇症病みなんよ、あの子。あんまり気にせんでええわよ。千歳君の事が嫌いでやってるわけやないから」
「かんしょ…って何ね?」
「神経質っちゅー事。ほんましょーもない事でうじうじしよって…」
もう気にしてへんのか千歳は笑いながら猫みたいやーってのんびり言うてる。
千歳がええ奴でよかったわほんま。
しょーもない事で部内で揉め事起きたらめんどいしなあ。
蔵もそう思てんか謙也に色々言うてるみたいやけど、あんま聞き入れてる様子はない。
ムカつく。
あんなアホもう知らんわ。
一人で拗ねとけ。
あーあ。
蔵が無駄話せんと練習せぇ言うよってコートに戻った。
何で俺まで怒られなあかんねん。
ムカつく、ほんまムカつくわ。全部あのアホの所為じゃ。

今日も何事もなく、まああるっちゃあったけども、練習時間終わった。
けど大会前やからレギュラーだけは居残り練習になった。
人のおらんコートは練習しとっても笑いもなくておもんない。
だらだらしとったらオサムちゃんや蔵に何言われるや解らんよってしっかりするけど。
日ぃ暮れてきたからその居残り練習も終わって、ぼちぼち片付けしとったら師範の声がした。
「落ち着きや財前!」
普段大きい声なんか出せへん人やのにどないしてんって思ったら、用具倉庫の側で光が暴れとった。
何でや。
この頃いっこも癇癪起こしてへんかったのに。
「光!!どないしたんや?!」
すっ飛んでいったら師範と金ちゃんが力ずくで暴れる光押さえつけてた。
金ちゃんは泣きそうになりながら光の腕押さえてる。
そういえばもう光のイライラなくなってよかったってこないだ喜んどったもんなあ。
「光ぅー痛いん嫌やろー?暴れなやー!ワイ光痛いん嫌やー!」
ほんまに痛いんは金ちゃんの方やのに。
光にむき出しの腕噛まれて引っ掻かれて、赤く筋やら歯形やら出来てもぅてるし。
それやのに光の心配したってる。
「どないしはったんや財前」
こんな光見るん初めてな千歳はびっくりして声も出ぇへんみたいや。
暴れて師範や金ちゃんの腕引っかいたり噛み付いたりしとる光を呆然と見てる。
「とっ…とにかく、蔵呼んでくるわ!俺」
「頼んだでぇユウジー!」
金ちゃんのでっかい声に見送られながら思った。
あんな状態の光何も知らんと近付いて抱き締めて、普通出来る事ちゃうわ。
ああやっぱり謙也てほんまにアホやってんな。
しかも特大級の光バカや。


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