サイン/サイレン/サイレント7

Side;Kuranosuke Shiraishi


正月は皆で初詣に行って去年は果たせんかった全国優勝祈願をした。
バレンタインは甘いもん好きな光にやるんや言うて謙也がチョコレートケーキワンホールで学校持ってきて皆を驚かせた。
光は謙也に何も用意してへんかったみたいでちょっと悔しそうにしとった。
せやからホワイトデーには謙也の誕生日も兼ねて盛大にやったりって言うたった。
二月の末頃から光はどないしよって悩んでるみたいやったけど、どんなもんでもあいつやったらアホみたいに喜ぶやろ。
そんな呑気な学期末を予想しとったのに、嵐は突然にやってきた。
光ん家が引っ越しする。
その報せにほんまにびっくりして、それ以上に心配になった。
光の兄ちゃんが今年度いっぱいで勤務先変わるらしくて、実家に戻る事になったそうや。
当然光も一緒に行く事になる。
そうなると光にとっては辛い思いの詰まった場所に戻る事になる。
また前みたいになったらって思ったけど、光は大丈夫やって笑ってくれた。
ああ、そうなんや。
光はもう一人やない。
すぐ側に光を支える奴がおる。
前とは違う。
光は謙也という精神安定剤手に入れて確実に強なった。
離れて住む事になるんは淋しいけど、転校するわけやないし、あと一年は同じ学校やしまだ一緒におれる時間はある。
そう思て笑って送り出した。
けど新学期の激動はそれだけでは済まんかった。
それは今度は謙也を不安定にさせて、光にまで影響及ぼした。

四月になって一学年進級して、俺らは中学最後の一年となって、光は先輩という立場になった。
クラス発表見てまた同じクラスかと、謙也との腐れ縁っぷりに何や呆れ気味や。
3年も一緒かーって謙也はへらへら嬉しそうにしとったけど。
部活では目立った一年はおらんように思てたけど、えらい元気のええ新入部員が入ってきた。
その新入部員の遠山金太郎はユウジと同じく光の幼馴染みで、光をよぉ知ってた。
騒がしいのがあんま得意やない光も、金ちゃんの事は可愛がっとった。
金ちゃんは誰よりテニスが強くて文句なしでレギュラー入りとなった。
そしてもう一人、入部して即レギュラーとなった奴がおる。
元九州二翼のうちの一人、千歳千里。
奴の存在は前々から知ってた。
中学テニス界では有名やったからな。
怪我でテニス辞めたような噂聞いてたけど、三年でうちの学校に編入して、テニス部に入った。
プレイ見てる限りでは問題ないように思えたし、何より奴の実力は今年の全国制覇に欠かせん。
ただ心配事があった。
環境の変化に敏感な光が上手く対応できるかどうか、それが問題やった。
金ちゃんは光をよぉ知ってるから大丈夫や。
けど千歳はどうやろって思てた。
まあその心配も杞憂やって、すぐに気付いたけどな。
千歳はお笑い軍団と揶揄されるうちのテニス部において異彩放ってたけど、マイペースに場に溶け込んで、光ともすぐに打ち解けた。
謙也と付き合うようになって初対面の奴に対しての警戒心も減った。
けど完全になくなってたわけやないし、相変わらず人より警戒心強くて慣れるまでえらい時間かかってた。
せやけど千歳だけは違た。
びっくりするぐらいあっという間に光の警戒心解いてしもた。
千歳の持つ大らかな空気はあいつの硬い態度をあっちゅー間に取り払った。
まあそれだけやないみたいやけど。
千歳は怪我の影響で右目がちゃんと見えてへん。
そして光は声が無い。
ものは違えど少しずつ足りないもののある二人は、どっか通じるもんがあったんかもしれん。
光の態度も他の誰とも違う雰囲気があった。
そんな二人を見て、心中穏やかやなかったんは謙也や。
俺も似たような気持ちを体験したけど、謙也のそれは比やないやろう。
俺は弟取られたような気分やったけど謙也は違う。
好きな奴が他に目ぇいってるって、耐えれるわけないわな。
でも光の様子を見てると、謙也とはまた違う意味で千歳を必要としてるんやろうなってのが解った。
何やろう、オカン?オトン?ちょっと違うな。
俺ともちょっと違うけど、兄って感じやろか。
聞けば千歳にはちょっと年の離れた妹がおるらしくて、光の事もそんな感じで可愛がってるんやろう。
せやけど謙也も謙也やなあ。
銀やとよくって千歳やとあかんのかぃって疑問が湧いてきた。
見てる感じ、多少態度は違えど千歳に懐く姿も銀に懐く姿も変わらんように思うんやけど、あいつの野生の勘が何か訴えかけるんやろ。
光は自分の心境を的確に理解してくれる千歳に心を許してる部分があるからな。

けど部活の最中までうわの空なんはいただけん。
「けーんや。眉間にシワ寄ってんでー集中しぃやー」
俺の声に渋々とラケット握り直して高いトス上げてこっちのコートにサーブを打ち込む。
が、完全に集中が途切れてて見事なまでのノーコン大ホームランとなった。
まあ気になるんもしゃーないんやろうけどな。
コートの外で楽しそうに話しとるあの二人がチラチラ目に入ってくるんやから。
今日は部活が始まってから、光はずっと千歳と一緒におった。
千歳は光が声に出来ん言葉をある程度理解できる。
謙也ともよぉ目で会話しとったけど、それは謙也の努力の賜物。
けど千歳のはもっと自然なもんやった。
何やろう、って考えて思いついた。
あれや、猫や。
千歳は帰り道とかによぉ野良猫可愛がってたけど、その時も確かあんな感じやった。
猫に向けて独り言みたいに話し掛けて、欲しがるもんや、して欲しない事とかも解ってるようやった。
光に対しても似たような部分がある。
って事は千歳にとって光は加護欲の対象であって、謙也みたいに愛欲にまみれた目では見てないって事や。
まあ千歳本人に聞いたわけやないから知らんけど。
あーあ。謙也にキス以上は厳禁とか無茶振りしたんは間違いやったかなあ。
光は俺が突っ込んで聞いたら絶対嘘はつかんし、それ以上に謙也はもっと解りやすい。
せやから二人の間にもし何やあったら解る思う。
ま、光が完全に謙也のもんになるんは何やムカつく気ぃするし、しばらくはほっといたろ。
けど部活に身ぃ入らんのはあかんよってしっかり指導してやらな。
また特大ホームランかました謙也に特上の笑顔向けて言うたった。
「けーんや。次やったら外周100本なー」
「ちょっ…何やねんそれっ」
「嫌やったらー……しっかり集中せぇドあほ!」
こっちからのサーブは動揺する謙也の足元をえぐった。


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