サイン/サイレン/サイレント3
Side;Kuranosuke Shiraishi
夏休みに入って、テニスの近畿大会が始まった。
俺は部長として部を牽引していかなあかんし、謙也もユウジも二年だてらにレギュラーやから忙しい。
光は今はまだ平部員やけど準レギュみたいなもんで練習に忙しい。
何やかんやで忙しいにしてる間は光も気が紛れるみたいで悪い癖は出てないようで安心した。
そう、光には困った癖があった。
きっかけは様々やねんけど、時々酷い癇癪を起こす。
その形態は自分自身傷付けるもんやったり、物や人にあたるもんやったりと色々で周りを戸惑わせる。
火事の直後が一番酷かったらしくて日がな一日誰かが監視してないとあかんかったって聞いた。
兄夫婦の家に越してきてからも時々あって、よく派手な物音が光の部屋から聞こえてきてた。
けどそれも最近はなくなってた。
何でかって、原因は一つやろう。
こいつや、このアホ面丸出しのこの男。
目の前で呑気な顔して昼飯食うとるこの男。
きっとこいつの間抜け面見てたら気ぃ抜けるんや。
「……何?人の顔じっと見て…」
「いや、別に」
今日の対戦は第一と第三試合。
その合間に皆で弁当やコンビニで買うてきたお菓子とか食ってるんやけど、光は飲むもん買うてくるて行ってしもた。
ユウジも買うもんあるからって一緒に行った。
けどあいつ飲むもんも弁当も持ってたはずやのに、何やかんや言うて光を甘やかしとるんやな。
それ言うとヘソ曲げてまた光にきっつい事言うから言わんけど。
「光ら遅いなあ…道迷てんやろか」
「そやな……もう戻ってきてもええはずやけど」
「俺ちょぉ見てくるわ!」
早々に食い終わった謙也はまだ飯食うとる俺ほってあっちゅう間にどっか走って行きよった。
あいつも何やかんや言うて光の事よぉ気にかけてくれとるなあって呑気に考えながら弁当食ってたら入れ替わりでユウジが血相変えて走ってきた。
「蔵っ!!くらーっっ!!」
「何?あ、謙也に会えたか?」
「何呑気に飯食うとんねん!早よ来い!光がっ…!!」
「光…?」
ユウジに無理から腕引っ張られて連れて行かれながら、何にこんなに焦ってるんか気ぃついた。
「…癇癪か?」
「ああ…謙也に会うたから助かったで…お前呼ぼうにも俺ケータイ鞄に入れっぱなしやったからっ」
最近ない思て安心してたのに何でや。
そう思ってふと周囲見渡したらコンビニの近くで黒煙が上がってた。
あれが原因か。
光はあの火事以来火の気を怖がる。
そらそうやろ。あんな目ぇ遭うて怖ないわけないわ。
俺でもあないなる。
「それで、光は?」
「とりあえず使われてへんアリーナん中二人ともぶっ込んできた」
この試合会場はテニスコートやグランドの他に室内競技をするアリーナもあったけど、今日はどこの学校も団体も試合してへんから誰もいてない。
しーん、って音しそうなぐらい静かな館内に入ると奥の方から派手な物音が聞こえてきた。
音のする方に走っていったら用具入れん中で光が手当たり次第に謙也に向けて物投げつけてるところやった。
「何しとんや光!」
「光っ…光!落ち着け!」
俺の声もユウジの声も聞こえへんのか光は手元にある色んなボールやラケット投げるんを止めへん。
謙也は何が起きたんかさっぱり解らんって顔して呆然と光の事見てる。
その時、遠くでサイレンの音が鳴り響いた。
ようやく火事の現場に消防車や救急車が到着したんやろか。
光はその音聞いた途端に、今度は頭抱えて震え始めた。
慌てて駆け寄ろうとしたけど、俺よりユウジより先に謙也が近付いていった。
光は近付いてくる影に怯えてまた暴れ始めた。
「謙也?」
「おい、危ないど謙也。癇癪起こした光何するや解ら…ん…」
ユウジの声振り切って謙也は光に近寄っていく。
危ないから止めようとしたけど、謙也の取った行動に俺もユウジも動きを止めた。
「よっしゃよっしゃ光。解った、もうええよ」
引っかくように爪立てて腕振り回す光を抱き締めて、それでもまだ暴れて謙也の腕に噛み付く光を腕の中でしたようにさせとった。
「……謙也…」
俺は驚いた。ユウジもびっくりして固まったままや。
けど一番びっくりしてるんは光みたいで、謙也の声に電池切れたように動かんようになった。
「光はええ子や。見境なしに暴れてるみたいやけど、俺にはいっこも当てへんかったもんな」
優しい声聞いて、光はようやく正気取り戻したみたいで顔上げて謙也の事を見た。
「何ちゅー顔しとんや。大丈夫やで、ちょっとびっくりしただけや。誰もお前ん事責めてへんよ」
不安げで崩れそうな顔の光のほっぺたを、謙也は撫でて笑いかける。
「しんどいなあ。喋れへんのなんかしんどいわ。お前はよぉ頑張っとるなあ…かしこいかしこい。俺やったら絶対耐えれんわ」
その言葉に緊張の糸切れたみたいで光は謙也に縋り付いてわんわん泣き始めた。
声にはなってないけど光の叫び声のような泣き姿に俺もユウジも顔見合わせた。
光はこんな状態になってから、ただの一度も涙を見せてなかった。
それもこんな子供みたいに泣く姿なんか、誰にも見せてない。
プライドが高くて人前で泣くような事をこいつがするなんて、ほんまに信じられへん。
けどやっと俺は自分らのやり方の間違いに気付いた。
俺もユウジも、光の家族ですらや。
ずっと押さえつけようとばっかり考えてた。
こんなんしたらあかんよって。
けど謙也はやりたいようにさせてやった。
そうやったんや。
光はほんまはこうやって甘えて泣きたかったんかもしれん。
自分でどうにもならん衝動を、謙也は解放したったんや。
「光はええ子ええ子。俺も蔵もユウジも、みーんなお前ん事大好きやからな。一人ちゃうよ」
謙也の言葉に光はますます泣き止めへんようなってしもて、泣き疲れて眠ってしまうまで謙也にしがみついたまんま離れんかった。
「あーあ…寝てしもたわ。ほんまちっこい子供みたいやなあ」
謙也は笑いながら何でもなかったように光を抱き上げた。
夏を前にして急激に身長伸びてきたけど、俺らに比べたらまだまだ小さい光なんて軽々と持ち上げる。
けど流石にお姫様抱っこのまま運んだなんて後からこいつが聞いたら怒るやろうから、俺が背負うわって言うて光を引き取った。
ユウジは目ぇ腫れてしまうからってタオル冷やしに水飲み場まで先に走っていった。
俺と謙也は並んでコートまで戻る。
こんな泣き顔誰にも見られたくないやろうから誰もいてへんコート裏のベンチに連れて行ってそこに寝かせた。
「お前…実は結構ええ奴やってんな」
中学に入って急に色気づいてワックスとか使うようになってつんつんに立てた光の髪の毛撫でつけながら言うと、
謙也は何の事やって訳解らんーみたいな顔しよった。
ああ、そうなんや。
こいつはこーいう事を何も考えんでやってのけれるんや。
俺は何となくこいつが皆に好かれる理由が解った気がした。