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サイン/サイレン/サイレント20
Side;Yuji Hitouji
不安定ながらに安定していた均衡が崩れ、一度全てがリセットされた状態となった光は、
剥き出しになった繊細な神経刺激されたみたいで見てられへん状態が続いた。
ずっと心の中で堪えて堪えて、自分の中でタブー視しとった言葉を音にして相手に伝えてしもたその事実を、
光は自分自身で受け止めきれんかったようや。
毎日癇癪起こしとった頃みたいに痛々しい姿晒しながら抑えきれん感情発散しとった。
あの日を境に、再び声を聞かしてくれる事はなかった。
それは謙也相手でも変わらんかった。
光は再び自分の声閉じ込めてしまいよったんや。
けど、俺らにはあの頃みたいな出口のない暗闇さまよってるような、そんな不安はなかった。
悔しいけど、やっぱし謙也の存在は光の中で大きいみたいで、謙也と一緒におる時は不思議と安定しとった。
癇癪起こして暴れる事もないし、そうなってもすぐに落ち着いてくれた。
「ほんまムカつくなぁー…こんなんのどこがええねん光」
「こんなんって何やねん、こんなんって。失礼なやっちゃなぁ」
ひとしきり暴れてちょっと落ち着いたみたいで光は謙也にもたれかかって眠っとる。
今日はちょっと加減出来たみたいやな、と散らかった部室の備品片付けながらぶつくさ愚痴った。
ほんだらほんまにな、こんなんのどこがええんやろなって蔵も同意しよった。
「まぁまぁ、そない言うたらんと。財前には見えてるんやろ。わしらには解らん謙也はんのええところが」
師範の言葉は理解できたけど納得いかんなぁ。
「光君痛そうっちゃね、手。冷やした方がよかとよ」
感情抑えきれんで行き場なくしたイライラを、周りの人間にぶつけんようにって思ったんやろ、光は自分の腕噛んで抓って正気保とうとしとった。
その赤黒い痕見て千歳が痛々しいって顔歪めた。
「ほなワイ、タオル濡らしてきたるわ!」
「金ちゃん、保健室行ったら凍らしたタオルあるから借りてきたって」
「よっしゃ!任せときぃー!」
千歳の言葉聞いた金ちゃんが蔵の指示で凄い速さで部室から出て行った。
ドア閉まり切るん待てんで思いっきり音立てたもんやから、それで光は目ぇ覚ましてしもた。
「光気ぃついたみたいよ〜!もうちょっと目ぇ覚めへんかったらアタシのあっつぅ〜いキッスで起こしてあげたのにぃ〜!」
起きて早々に小春のドアップ見せられて、光は思いっきりのけぞった。
それ見て小石川がえらい気付けの一発やなあって呑気に笑た。
「小春ぅー!浮気はあかんど浮気はあああ!」
嫌がる光にべたべたとくっつく小春を引き離したったら部室内が笑いに包まれる。
ああ、ええ雰囲気やなって思えた。
光もちょっと気持ち落ち着いたみたいで俺らの即興コント見て苦笑いしとる。
どないしよ、どないしよって長い事悩んどったけど、今のこのメンバーの中におったら自然と光の傷も癒えていくんやないかって、そう思えた。
「もろてきたでぇー!」
そこに騒々しく金ちゃんが戻ってきたんはええんやけど、両手いっぱいにタオル持っとる。
「ちょっ…金ちゃん!あるだけ持ってきたんか?!」
うわぁって顔して蔵が天井仰いどる。
あいつ保健委員やしな、仕事増えたて思とるんやろ。
「そうやで!いっぱいあった方がええやろ?はい光!これで冷やしときな。すぐ痛いん飛んでくさかいな!」
金ちゃんは無邪気な顔してとんでもない事言うてくれたけど、そのうちの何個かを広げて光の両腕に巻きつけたった。
それ見て光はさっきまでの行動思い出したんか、気まずそうに部室内見渡して頭下げた。
『俺、またやってしもたんですね……すいませんでした…』
「何に謝ってんや」
「そうやよー痛い思いしてるんは光やない。うちらは何も謝られるような事されてへんわよ」
俺の言葉に被せるように小春が言うてくれて、光はちょっと表情和らげてくれた。
けど、
「光が嫌やって、皆に面倒かけるん嫌やって思うんやったら、早よ治そや」
謙也のその意外すぎる言葉に、部室内がざわめいた。
「な、何言うとんや謙也。俺ら別に迷惑かけられてるとか思てへんど」
「そうや、俺ら別に面倒も迷惑もかけられてへんよ。せやけどな、光がそない思てそれ嫌で負担になっとんねやで?それやったら俺らが何ぼ言うたかて一緒やん」
俺の反論に謙也が部室におる皆に向けて言うた。
おいおい、ほんまにこいつはこないだまで光の為や言うて思いっきり甘やかせまくっとった謙也か?
まぁけど、光だけやのぉて、謙也も成長したんかもしれん。
甘やかすだけが光の為やないって、心鬼にもできるようなったようやな。
「せやなぁ…謙也の言う通りやわ。けどな、焦らんでもええんやで。焦って空回りしてしもて、光がしんどい思いする方が嫌やねんからな?」
蔵の言葉に皆が同意して光に向けて頷いとる。
そうや、俺らの思いは一つ。
光の抱えるこの重たい重たい荷物早よ消えたらええって、それだけや。
光はこれからもあの同級生の事を忘れる事はないはずや。
それでも、それが思い出として残せるか、重荷のまんま背負っていくか、今はその分岐点と言えるやろ。
「この先何があっても…俺らが引退して卒業して、皆それぞれの道選んで進み始めてもな…それでも仲間である事には変わりないんやし、
ずっとずっと…この先ずーっと光の味方でおる事は間違いないんやから安心しぃ。な?」
蔵がそう言うて頭撫でたったら、泣きそうな顔したまんま子供みたいな笑顔見せてくれた。
『しゃーないから頑張ったるわ!』
必死に涙堪えながら、生意気な口きいてくる光に皆それぞれ手ぇ伸ばしてぶわーっと頭ぐりぐり撫で始めた。
触るなって暴れる光が謙也盾にして部室の隅に逃げ込んだ。
その姿に思わず笑ろとったら、光がポケットの中で携帯が震えてる事に気付いたみたいや。
メールか思たら通話やって、光が蔵に電話渡しとる。
義姉ちゃんからや言うて。
蔵は皆に静かにするように言うて通話ボタンを押した。
「はい、もしもし」
神妙な面持ちで受け答えしとるうちにそれまで騒がしかった部室が静まり返った。
全部聞いて通話終わると皆一斉に目で訴えた。
何かあったんか、て。
光も不安そうにして見とる。
けどこれは吉報や、間違いなく。
蔵が皆安心させよう思て笑顔作ったからピンときた。
「大丈夫や、悪い報せちゃうから」
「ほな何やってん!早よ言えや!」
いらち全開で急かしたったら、やっと口を開く。
「あんな、例のオバハン…あー…光の同級生のオカン、遠いとこ引っ越しするんやて。それで、もう会う事もないやろけど、
光にあの子の分まで生きるように言うたってくれて……そう伝えてほしい言うてきたらしいわ」
光の声は、音にして出して伝えた言葉はちゃんと相手に伝わったんや。
それが解って、光は呆然とするだけやったけど、代わりに謙也が自分の事みたいに喜んだ。
光抱きしめて頭撫でくり回して、よかったなあって。
事情知らん小春らも、謙也のそのあまりの様子に何やええ事あったんやって感付いてくれたみたいで一緒になって喜んでくれた。
全部終わったら、こいつらにも話してええやろ。
いや、話したい。
こんなにも光の為思てくれとる大事な仲間なんやから。
俺の幼馴染は声を持ってない。
けど、かけがえのない仲間と大切な人のおかげで笑顔を取り戻す事は叶った。
今はそれだけで充分や。
Side;Kuranosuke Shiraishi
もうすぐ全国大会が始まる。
それ目指しての朝練が今日もある。
俺はいっこも時間守りよれへんだらしない顧問の代わりに部室の鍵開ける為に最初に登校するんやけど、程なくして謙也とユウジも登校してきた。
「おはよう、謙也」
「おーおはようさん。光まだ来てへんのか?」
「あいつはいっつも重役か遅刻寸前やろ。毎日毎日よぉ飽きもせんと同じ事聞くなぁ」
部室に入るなり毎日同じ事ばっか聞きよる謙也にユウジが呆れ気味に言いよる。
「毎日毎日小春小春うるさいお前にだけは言われたないなぁ」
「んやとコラァ…俺に意見するとはええ根性しとるやんけ」
「はいはい、しょーもない事言うてんとちゃっちゃと着替えやー」
間に入って二人止めると子供みたいに顔ぷいっと逸らして着替え始めた。
次々に部員が揃って、そろそろ始まる時間って頃に漸く眠そうな顔した光が登校してきよった。
「おはよう。遅いで、早よ着替えや」
大あくびしながら頷いて俺と入れ替わりで光が部室に消える。
あの様子やとそのまんま床で寝てまいそうやなぁ思て部室の前で待ってたった。
「おーい!蔵ー!!オサムちゃんがそろそろ始めよかやってー!」
先にコート入っとった謙也が呼びに来たんやけど、光はまだ出てけぇへん。
ほんまに寝てんちゃうかて心配なって扉に手ぇかけよか思ったところでやっと光は出てきた。
「お、光。おはよう」
丁度扉の真正面におった謙也に満面の笑み向けられて、それまでの眠そうな顔のまんまやけど光が口開いた。
「謙也さん」
今日もちゃんと音になって耳に届く言葉に謙也は嬉しそうに笑ろて光の肩に手ぇ回してコート連れて行きよった。
光はあれから少しずつやけど前進を始めた。
もう怖い思いせんでええ、あんな風に言うてくる奴もおらん、けどまだ声出すんは怖いか?て謙也に聞かれた時、光はちょっと考えた後頷いた。
そらそうやろ。
あの件では上手い事いったけど、これから先もそう上手い事いく保証なんかない。
そんな簡単なもんやないはずや。
そうやなかったら光は今までこんな苦しむはずないんやから。
けど、それやったらと謙也はある提案をした。
「ほなな、この世で絶対誰も傷つけへん言葉あるから、まずはそれから喋れるように頑張ってみよか」
『…絶対?』
「せや。絶対やで」
『何…?』
「名前、名前呼んで。俺光に名前呼んでもろたらめっちゃ嬉しいんや。せやから、それやったら絶対何あっても光の言葉に傷ついたりせぇへんねん。
せやからいっぱい呼んでや、俺の名前」
そもそも光は自分の発する言葉が誰かを傷つける事を怖がってる。
せやけど謙也の言う通り、名前やったら絶対にそんな事はない。
光はちょっと戸惑って、けどまっすぐ謙也の事見て言うた。
「け……謙也さん」
「うん」
「謙也さん」
「うん!」
嬉しい、光に呼んでもろてほんまに嬉しいんやって表情で態度で示す謙也に安心したみたいに光は何べんも何べんも噛みしめるみたいに謙也の名前を呼んだ。
その日以来、光は名前だけは呼んでくれるようになった。
謙也だけでなく俺やユウジ、他の皆も。
最初は平坦やった声も、嬉しい、悲しい、悔しい、呆れ、怒り、色んな感情込めて呼び掛けてくれるようになった。
それ以外は相変わらず声詰まってしもて喋れんようやけど、それでも光は確実に前向いて進んでる。
その傍らには当たり前のように謙也がおって、いっつも光を見守ってくれとる。
あの二人が一緒やったらそう遠ない頃に、光は音のない声の世界から解放されるかもしれんって、そう思えた。
謙也が隣におって、それ囲む大事な大事な仲間がおって、初めて光に会うた日の頃の面影なんか微塵もない晴れやかな表情を見て、
柄にもなく泣いてまいそうになった。
何でもない日常に涙するやなんて、年寄りか俺は。
「おーい蔵!!早よせぇや!!お前おらな部活始まらんやろ!」
「はいはい、すぐ行くから。寂しいのはよぉ解ったから大人しぃに待っときや」
「そんなんちゃうわアホー!!!!!」
フェンス越しに絶叫しとるユウジをこれ以上怒らせんように、俺は仲間の待つコートへと走り出した。
笑顔で迎えてくれる部員らの中心には全国勝ち抜く為の大事な仲間がおって、そいつらは光と謙也を見守ってくれとる大事な仲間でもある。
これからまだまだ長い道のり、乗り越えなあかん大変な事もよーけあるやろうけど、皆がおったら不思議と不安なんか微塵も湧いてけぇへんかった。
俺の友は相変わらず声を持ってない。
けど俺はその声を知ってる。
時折呼び掛けてくれるその声は俺の心にひかりを灯す。
出会った日に見せた暗い表情やない、謙也の隣で笑う姿はまさに名前の通りや。
きっとこれからもずっと、闘い続ける光の姿は俺らのひかりとなり続けるやろう。