サイン/サイレン/サイレント19
Side;Kuranosuke Shiraishi
光はいっつも俺らの手から離れるような事はせんかった。
それはたぶん、光なりの気遣いやったんや。
俺らの目の届く場所におって安心させたろうっていう。
また知らんとこで何や起きてまう可能性極力なくそうって。
けど今回は違た。
光は一人俺らの目の届かん場所に行ってしまいよった。
それは予想範疇外やったし、自分で決着つける言うたかて、まさかこんな事するなんて思いもよらんかった。
「おいアホ!謙也!!起きぃ!!寝こけてんちゃうど!!電話もメールも出やがらんと!」
「んー…んん?あー…え?ユウジ?何でここおるん?!」
ベッドでアホ面全開で寝とる謙也を足蹴にして起こすユウジにびっくりして飛び起きよった。
ほんでそのちょい後ろにおる俺にも目ぇやって、何が起きてんやって何べんも瞬きする。
「勝手に上がらしてもろたで。おばちゃん、仕事行くんや言うてさっき出て行きはったけど上がって叩き起こしてええ言うてくれはったから」
今日は日曜で部活もない。
せやから謙也も遅ぅまで寝るつもりしとったんやろけど、そんな呑気な事言うとる場合ちゃう。
俺はポケットから紙切れ取り出して謙也に押し付けた。
「な、何?」
「今朝ユウジん家のポスト入っとってんて。理解出来たらさっさと着替えろや」
謙也はまだ訳解らんって顔しとったけど、だんだんと状況理解出来てきたんか顔色が変わった。
「こ、れっっ…えっ…光一人で行きよったんか?!」
内容は光がこれから一人であの死んだ同級生の家行ってくるってもんやった。
謙也が新しいに用意した光ノートの切れ端やから、ほんまに突発的に書いたんやろ。
恐らくは何も言わんと一人でオバハンとこ乗り込む気やったんや。
けど心配さしたらあかん思て一言残していったんか、それともほんまは俺らに助けてほしかったんか。
多分どっちでもあるんやろ。
メールやとすぐ気ぃついて止められる思たんか…まあ想像しててもしゃーない。
とにかく後追おうって三人で光の家の近所にある例の同級生の家に向かう事にした。
ついこないだあんな事あったんやし、めっちゃ心配や。
そない思て行ったら案の定、玄関先で光はめっちゃ責められとった。
けどこないだみたいな物凄い剣幕ではない。
俺は出て行こうとする謙也とユウジを止めた。
「何?」
「ちょぉ様子見よ。光が一人でどんだけの事出来るんか…昨日俺らは何もせんて言うたやろ…こないだみたいに暴力とかなったら止めに入ろや」
俺のその提案は謙也もユウジも納得してくれたようや。
黙って頷いて、前の家の塀に隠れて見守った。
光は何も言わんとただ黙ってオバハンの話を聞いてる。
ひとしきり怒鳴り散らしてちょっと気ぃ済んだんかオバハンは一旦言葉を止めた。
その隙に光は持っとったノートに何か書き始めた。
「……何書いてんやろ」
「さぁ…」
こっからやと何書いてるかなんか見えへん。
けど何や吃驚したみたいにオバハンの顔色が変わった。
「喋られへんて…声出ぇへん言うたんかな」
「何、あのオバハン光声出んの知らんの?」
「声帯やられて喋れん頃は知っとるけど、そのまんま声出てないんは知らんかったんやろ…こないだ偶然会うまで何年も顔合わしてへんかったわけやし」
俺の言葉に謙也がなるほどって頷く。
やっぱり俺の予想は合うとったみたいで、オバハンはまた怒り始めた。
加害者のくせに何自分が被害者みたいな顔しとんねんって怒鳴る声がここまで届いてくる。
それ聞いた謙也は我慢出来んようなってしもたんか、飛び出していきよった。
あーあ、光の決心も俺の気遣いも台無しやんけ。
って呆れたけど、謙也のこのアホな行動は光を助ける事となった。
オバハンが光の襟掴んで今にも殴りかからんばかりの勢いになっとる。
俺とユウジが危ないって思た時にはすでに謙也は光かばってオバハンの掌を肩で受け止めとった。
『…っ…謙也さん?!』
謙也が来てるなんか知らん光はめっちゃ吃驚した顔しとる。
「何やっとるんね?」
それと同時に後ろからするのんびりした声に隠れて見守っとった俺らは飛び上がった。
「おっ、お前こそ何やっとんねん千歳!」
「俺?俺はそこの公園散歩しとったばい」
ピリピリした空気に似合わん呑気な声に苛ついたユウジが一発ケツキック入れて、目立ってしゃーない長身を必死に物影に隠れさした。
ほんで全部事情説明したら千歳も心配して見守ってくれる事になった。
偶然通りかかってくれて丁度よかったかもせぇへん。
俺もユウジも、もちろん謙也も、光の事になるとどうにも感情的になりがちやから止めに入ってくれる千歳がおってくれたら安心や。
そんな事やっとって一瞬目ぇ離した間に何や話は進んでしもとる。
どないなっとんねや、と目ぇ凝らして見とったら、謙也はオバハンに向けて頭下げた。
「あんたが…子供亡くして怒る気持ちも解ります。けど、今は光の話…最後まで聞いたって下さい。お願いします!」
何やあいつ、ちゃんと解っとるやん。
何の考えもなしに飛び出してったんか思たけど、これ言うつもりやったんやな。
頭下げられてちょっと落ち着いたオバハンが黙ったん見て、謙也は光の方向いた。
「ほら、光。全部伝えるんやで。自分で。俺が出来るんはここまでやからな」
光は謙也に促されて一回頷くと、オバハンの方向き直る。
そんでノートに挟んどった紙切れを、あの遺書をオバハンに渡した。
何やねんって変な顔してオバハンはその中身を読み始める。
徐々に顔色が変わってきて、最後の方読む頃には泣き崩れて道端に力なくへたり込んでしまいよった。
けどあれが真実や。
絶対に受け止めなあかん真実。
光がかばい続けて、声までなくしてしもた重い真実を、あのオバハンはどない思たんやろ。
そう思て見とったらうっかり光と目ぇ合うてしもた。
俺らは隠れてられへんようなって、皆で傍まで歩いていく。
それに気付いたんかオバハンは一回顔上げてこっち見た後、また顔伏せてしまいよった。
「それ信じるか信じへんかはあんたに任せるけど……そんだけ愛しとった我が子の字ぐらい解るやろ」
謙也の言葉にオバハンは手に持ってた遺書強く握る。
ほんでぽつりぽつりと話し始めた。
「本当は……解ってたんです…何かあったんだと…けど、もう信じられなくて!信じたくなくて!!あの子を失った事を認めたくなかった!!
何かを…誰かを恨んで誰かの所為にしないと心がバラバラになってしまってっっ」
これが母親の愛ってやつなんやろけど、最愛の我が子亡くした母親の気持ちなんやろけど、
そんなもんの犠牲になった光をずっと見てきた俺には全然同情してやれんかった。
それはユウジも一緒で複雑な顔したまま睨んどる。
「どうしてって…あの子は死んだのに……生き残ったあなたが楽しそうに歩いてる姿を見てたら…気持ちが抑えられなくて…
生きてれば、あの子が生きてれば同じように楽しく毎日過ごしていたかもしれないって…そう思ったら…っ」
それでこないだあんな事なっとったんか。
謙也と一緒におる、一番ええ笑顔しとる光見て激情に飲まれたんや。
全部が自業自得で、こいつへの同情心なんか微塵もない。
けど何や哀れに思えてきた。
真実見抜く目がなくて、真実に向き合う心もなくて、何て哀れな女なんやろうって。
うずくまって肩震わせるオバハンを、俺もユウジも、謙也も千歳も冷めた目で見下ろすだけやった。
けど光は跪いてオバハンの肩叩いた。
顔上げるように促して、目ぇ合わせる。
そして喉に手ぇあててパクパクさせた。
その姿に、光が自分の声で何か伝えようとしてるんは解った。
けど声はなかなか出てきよれへん。
いい加減見てられへんようなって、ノートに書きって言うてしもたんやけど、光は首振って嫌がった。
しばらくは吐息とかすれた声にもならんようなもんが出てるだけやったけど、やっと耳に届く声が出始めた。
「…れ…の、俺………の、事…許せ……へんのは…わか…ります………俺が…憎い…んも、わか…ります…けど、
俺……は、ず…っと、あいつの…事、覚えて…て、忘れんと……生きて、いきたい……です」
そこまで言うて激しく咳込んだ。
謙也がしゃがんで光の背中さすってやったらちょっと落ち着いたみたいで大丈夫って目で訴える。
喉にひっかかる音を必死に絞りだす姿に、さっきからオバハンも微動だにせぇへん。
それぐらい光は真剣やった。
「俺が、生きてる……ん、が…許されへん…って、言われた……けど…俺の、親も…あんたと、
…同じように……悲し…む…んやろうって、思う…から……せやから…俺は…死ねません…
俺は………この人らと…いっしょに…まだ、おりたいって……毎日…アホみたい…に…笑って…過ごしたい…です…
せやから…何も…許さんでも…ええから、俺が……これからも…生きていく事だけ…は、許して……ください」
光はそれだけ言うと頭下げて前の光ノートオバハンの前に置いて立ち上がった。
無理したからか、ちょっと呼吸苦になったみたいに肩揺らしてる。
それに気ぃついたユウジが慌てて光の手ぇ引いてオバハンの目の届かんところまで連れて行きよった。
それ見送ってから俺はまだ呆然としとるオバハンに向けて言うた。
「光、ずっと一人でこんな重たいもん抱えとって…それであの状態や。あんたが我が子可愛さに光責めるんは勝手やけど、
同じように俺らも全力であいつ守っていくからな…何があっても」
「光はこんな目遭うたのに……一言もあんたも亡くなった子も悪いように言うてへんかったんや。
それどころか自分殺そ思とった相手かばい続けとったんです。その…あいつの強さだけは認めたって下さい」
謙也の言葉にオバハンは唇噛んでまたうつむき加減に視線落とす。
そんで光ノートの、俺らに向けて書いたあの光が長い事飲み込んでた真実書いた部分を読ましたった。
読み終えたオバハンがどない思ったんかは解らんけど、また声殺しながら泣き始めた。
ほんで光ノート返してもろて俺と謙也は千歳に背中押して促されてその場を離れた。
角曲がったところで光はユウジに体支えられて、何とか立ってる状態やった。
ユウジは俺らが来たんに気ぃついて光の肩揺すって顔上げさせた。
「よぉ頑張ったな。ちゃんと自分で言えたやん」
笑顔で謙也にそう言われて光は泣きそうに顔歪ませた。
けどすぐにいーっって歯ぁ剥いて思っきし憎そい顔して言いよった。
『当たり前やわ』
けど、それはもう声になってなかった。