サイン/サイレン/サイレント16
Side;Kuranosuke Shiraishi
重い言葉の数々が心に突き刺さる。
光の言葉の全てが直に心臓掴むようで、痛ぁてならん。
途中から堪え切れんようになって涙が零れ落ちてくる。
それ見たユウジがびっくりした顔してこっち見てきた。
そらそうやろ。こんな事初めてやし。
っていうか俺いつから泣いてなかったっけ。
自分でも記憶にないぐらいにこんな風に涙流して泣いた覚えなんかなかった。
それぐらい衝撃やったって事や。
ユウジはいつも光にやったるみたいに俺の頭撫でてくる。
いつになく優しいその気遣いに情けないぐらい涙が止まらん。
「光……ずっと一人で闘っとったんやな…」
涙混じりの俺の言葉にユウジも頷いて後を続ける。
「守ったらなって、思っとったけど………ずっと一人で…」
光は例の子の何かを守る為に口を閉ざしてる。
この数年、ずっと。
こんなに苦しい思いをしながらも、抱え込んでる事って一体何なんや。
光の書いた中に引っ掛かった一言があった。
俺に宛てた遺書って。
これって、あの亡くなった奴の遺書やんな。
って事は、それに全部の真実があるって事や。
今も残ってんやろか。
裂け目の入った上にセロテープ貼った光ノートを畳の上に置いて指先でいらいながら見てると、部屋に謙也がやってきた。
「おぅっ」
いつもの軽い調子で、それもこの重い空気裂くみたいな笑顔で入ってきて面食らう。
けどそのおかげで俺もユウジも変な緊張感から解放された。
「…光は?」
「うん、寝とる。けどお義姉さん一緒にいてくれてはるから大丈夫やで」
襖を閉め、二人の座っていた縁側まで歩いてくると謙也は腰を下ろした。
そして肩で一つ大きな溜息を吐く。
「……それ、読んだ?」
謙也の質問に俺らは黙って頷いた。
俺の目ぇ赤なってる事に気ぃ付いて、別に驚く事もなくヘビーやんなあと謙也は頭を掻いた。
「この…光に宛てた遺書って何なん?聞いたんか?」
俺の質問に今度は謙也が黙ったまま小さく頷く。
「話してくれた……光、無理して…声嗄らしながら…けど全部、話してくれたで…自分の声で」
その言葉にユウジと二人顔見合わせ驚いた。
まさか、また声出るなんか、思ってもいんかったからや。
「もう…途中から聞いてるこっちが変なりそうやったわ……最後なんかもう全然音になってへんぐらい喉やられてんのに…
謙也さんには最後まで話したい言うてくれてな、俺もしっかりせな思たんやけど……」
顔を泣きそうに歪め、謙也は右手で顔を覆った。
声を詰まらせてそれ以上言葉上手い事つなげん謙也を心配して俺らはうつむく顔を覗き込む。
「謙也?」
「すまん……けど、俺一人で抱えるには重すぎる。光は助けて欲しい思て言うてくれたのに……正直、これからどないしたらええか解らんねや」
謙也は光の全部受け止める覚悟やけど、この問題は重すぎるんやって呟いた。
「アホ」
「アホ」
情けなく聞こえたその声に、俺とユウジは仲よぉ声揃えて言うてしもた。
せやかて、そうやろ。
「だーれがお前一人にええカッコさせるかっちゅーねん」
「ユウジ…」
そうや、ユウジの言う通り。お前一人が光のナイトちゃうんやぞ。
俺かてユウジかって、ぶっちゃけ謙也なんかよりずっとずーっと長い間光ん事見守ってきとったんや。
この大一番で一人ええカッコさせへんで、謙也。
「遠慮せんと、俺らに分けぇや。お前だけが光の心配してんやないんやで」
「…せやな……ありがとう…」
情けない顔しとった謙也も俺らの言葉にやっと表情和らげてくれた。
その後謙也は一瞬躊躇した後、一枚の汚い紙を見せてくれる。
この流れからして、もしかしてこれは。
「……これ…例の遺書か?」
「ああ、うん……光な、捨てれんでずっと持っとったんやて」
便せんやない、普通のノートの中の一枚。
四つ折にされてて中は見えへんけど、ペンで何や書いてあるんは解る。
書かれてからの年月物語るように端や折り目はちょっと破けとった。
「火事の後な、見つけたらしいわ…光の着とった服のポケットに入ってたんやて…それ。
光が、何で………何飲んだまんま口閉ざしてるか…それ読んだら、解るわ」
いつにない謙也の真剣な表情に触発されて、俺とユウジは顔見合わせて頷いた後謙也からそれ受け取って中を開いた。
小学生にしたら几帳面そうな綺麗な字で、こいつがどんだけ神経質やったかってのが伝わってくる。
その内容は大きく分けて三つ。
自分いじめてた同級生への言葉、光に対する羨望と謝罪の言葉、そして一番占める割合多かったんが母親への謝罪の言葉やった。
同級生の事はただ一言、絶対許されへんとだけある。
光への言葉は彼の最期からは想像もつかんような言葉ばっかりやった。
"こんな事になってしまってごめんなさい。
強くてかっこいい財前君を見ていて、僕もあんな風になりたいとずっと思っていました。
財前君だけが僕をいじめなかったのが嬉しかったです。
財前君が一度助けてくれたのも嬉しかったです。一番嬉しかったです。
話した事はほとんどなかったけど財前君はいつも僕に勇気をくれてました。
だから財前君がいてくれれば誰にいじめられても構わないと思ってました。
なのに僕は頭がガーッとなって殺してしまいました。
何度も呼び掛けたけど動かなくなってしまった財前君を見て、
もしかしたら僕を解ってくれるたった一人がこの世からいなくなってしまったかもしれないと思いました"
だから火を放ち自ら命を絶つ決意をした。
むちゃくちゃな言い分やけど、一応言いたい事は理解出来る。
けどこんな歪んだ感情の犠牲になってしもたんか、光は。
俺は一瞬ものすごい怒りが体を巡ったけど、この子も一種被害者やったかもしれん記述に思いとどまった。
"お母さんごめんなさい。いつまでもいい子になれなくてごめんなさい。
お母さんの言う通りにできない悪い子でごめんなさい。
勉強できなくてごめんなさい。スポーツもできなくてごめんなさい。
小学校受験落ちてごめんなさい。
中学校も偏差値が全然足りなくて志望校に入れそうにないです。ごめんなさい。
それなのにゲームが欲しいってワガママ言ってごめんなさい。
毎日塾やお稽古に行くのが嫌だと言ってごめんなさい。
成績が全然上がらない僕が悪いのにごめんなさい。
こんな僕でごめんなさい。僕はお母さんの思うようないい息子にはなれませんでした。
お母さんの期待を裏切ってばかりの僕は本当に出来そこないの駄目な人間でした。
それなのに人を殺してしまいました。
僕が一番大事に思っていたクラスメイトだった財前君の首を絞めて殺してしまいました。
最後の最後まで駄目な息子でした。ごめんなさい。
それでも僕はお母さんが大好きでした。"
「何やねんこれ…」
ユウジが絞り出すように呟く。
丁度同じくらいに読み終えたみたいで苛立ちぶつけるみたいに床殴った。
「光は…これかばっとったんやな……」
光はあんなえげつない親に育てられたのに、恨み事一つ言わんと謝ってええ子になろうとしてるの見て、真実全部飲み込んだんか。
あんな風になってしもたんが本人の所為やないって思ったから。
ほんで罪の意識がますます光の口を閉ざしてしもたんか。
「うん…最後の最後までええ子になれんかったって言葉見てな、最悪な…まぁ未遂やったけど殺人犯してしもたって親不幸は知られんようにしたろ、
それが傷つけてしもた事へのせめてもの罪滅ぼしなんやって…言うとったわ、光」
謙也は俺の独り言みたいな呟きに答えてくれた。
複雑や。ほんまに。
光の気持ちは汲んでやりたいと思うけど、でもその為に光が犠牲になる事なんかないんや。
光は自分責めてるけど、光は悪ない。
仮にこの光の言葉に傷つけられたって事がほんまやったとしても、光はそれ以上にこいつにとって救いやったはずや。
それは謙也もユウジも同じ意見みたいで、特にユウジはこのオバハンにまで腹立ててるみたいでさっきからぷりぷり文句たれとる。
けど光はそうは思ってなかったようや。
あの火事から生還して泣きながら喜ぶ自分の親を見て、あのオバハンも同じように自分の子供が助かって欲しかったんちゃうか、
自殺した子の事確かに愛しとって、やり方は間違うとるけど大切に思ってたんやって、光を攻撃する言葉の中に感じ取ってたようや。
「何べんも何べんもあの子や母親に人殺しやとか言われてな、言葉ってほんまに命奪ってまうぐらいの影響力あるんやって思って…
ほんだら声出んようなってしもてんて……けど最近はちょっとずつ音になる吐息みたいなんも出るようなってな、
ほんで一人で練習したら時々は声出たりするようなってんて」
それって確実にこいつのおかげやんなぁ…本人全く気ぃつかんで不思議やなぁなんて呑気に言うとるけど。
「それでも、やっぱ喋って声にするんは怖いって気持ちのが強いんやて…
…何や言うて誰か…俺らみたいな身近な人間傷つけたらって思てしまうんやて……そない思たら、人前ではな、声出ぇへんねやって」
それでも声にして伝えたかったんや。謙也に受け止めてほしかったんやろな、光は。
何で俺やユウジやないねんってちょっと悔しい気ぃもするけど、それ以上に光がそんな風に思えるようになったって事にホッとした。
「…こいつ光の事好きやったんやろなぁ…何やかんや言うて」
謙也は遺書を元通りに畳みながらぽつっと呟いた。
確かに、自分に出来へん事をあっさりやってのける光はこいつにとってヒーローやって、
憧れで、けどだからこそ自分の劣等感が浮き彫りになって憎んでしまう事もあったんやろ。
光は頭ええし、もちろんスポーツもできる。人あたりは悪いけど集団の中で孤立しても絶対的な味方が必ず現れる。
それは光の人となりやから決して悪い子やない、むしろこんな風に自分犠牲にしてまで誰かを守ってやれる優しい子や。
そんな光に憧れてる反面、憎んでもいた。
その思いの表れやったんやろ、光が見せられた日記に何べんも名前書いとったってやつも。
せやけど母親からのプレッシャーも相当やったんやろな。この様子やと。
それで色んな思いに押しつぶされてしもたんや。
光への歪曲した思いや、母親からの凶暴ともとれる過剰な期待と愛情なんかに。
「光は…どないしたいか言うとった?」
修繕した光ノートに遺書挟んでる謙也に尋ねると黙って首横に振った。
まぁ、そうやんな。いきなり色んな事ありすぎて光も何も考えれんやろ。
その後、もう遅いし泊まって行くかってお義姉さんが言うてくれはったけど、謙也だけ残す事にした。
いきなり三人も泊まるんは流石に悪い気するからな。
けど謙也は光が目ぇ覚ました時不安にならんように側におったって欲しい。
もしまた何かあったとしても、こいつおるだけで何や安心やし。
光本人だけやのぉて、俺らもやし、光の家族も。
けど、一応言うとかな。
「謙也…ゆうとくけど手ぇは出すなよ」
「だっ……出すかボケ!!こここここんな状況の光襲うほど飢えてへんわっ!」
「なっ!飢えてへんほどよそでやっとんか!!浮気か?!浮気は許さんど!!」
「そっ…そんなんちゃうわ!!俺は光一筋やっちゅーねん!!我慢できる言うとんじゃアホっっ!」
掴み合って喧嘩始める二人をなだめながら、この様子やと当分は何もできへんやろなって、
安心したような可哀想なような、ちょっとしょっぱい気持ちになった。