サイン/サイレン/サイレント14
Side;Yuji Hitouji
千歳は寮に遅延の届け出してへんからって帰ったけど、俺と蔵、それに謙也は光の家に来た。
久し振りに来た光の部屋は、小学生の頃と違ってパソコンやらオーディオ機器やらが増えて何やデジタル化されとる。
光のおっちゃんもおばちゃんも、ついでに兄ちゃんも義姉ちゃんも光に甘すぎやねん。
何でもかんでも買い与えて、そんなやからこないワガママな坊ちゃんになってしもたんや。
けどそんな甘ったれやった光が現実から目ぇ逸らさんと立ち向かおうとしてる。
謙也に支えられて、泣きそうになるの堪えながら必死に記憶辿って光ノートにあの時の事書き出してる。
それにしてもいつから光は声を取り戻してたんや。
全く気付かんかった。
やっぱこいつはよぉ光の事見たってるなあって感心したわ。
謙也すら気ぃついてなかったのに。
まあ謙也は馬鹿正直っちゅーか、光が出んつったらそれ信じるに決まってるか。
蔵の方ちらっと見たけど、何考えてるんや解らん。
背中向けて勉強机で頭抱えてる光には目もくれんと、フロアテーブルに宿題広げてそれ黙々とやってる。
俺はというと、情けないけど場の空気に耐えれんようなってきた。
時々謙也が光を気遣うように声かけとるんやけど、その度にそっち気になって見てまう。
ペンが止まる度、止めてもええんやでって謙也は言う。
せやけど光は首振ってまた続きを書き始める。
俺はその姿を見てられんで蔵と同じように宿題をする事に決めた。
けどいっこも集中できへん。
せやから気になってた事をノートに書いて蔵に見せた。
何や部屋静かすぎて声出すん悪い気ぃするし。
『光の声、いつから出るようなったんやろな』
蔵は俺の行動に一瞬びっくりした後その下に書き込む。
『さあ。けどもう今は出てないみたいやし、相当追い詰められんと声は出んのかもな、ほんまに。光の意思やなく』
確かに出るようになってたけど、また出んようなってしもた。そういう事なんやろか。
光は何を気に病んでるんや。
ずっと気になってたけどそれもやっと解決するんや。
ちらっと目ぇやったら光はまた手ぇ止めて頭掻き毟って机に突っ伏したとこやった。
謙也が何か言うて背中擦ったってる。
その度光の心は落ち着くみたいで再びペンを走らせる。
ほんまに謙也の存在って光ん中ででっかいんやなあって再確認させられた。
そういや蔵が言うとったな。
謙也は光の心の薬なんやって。
なーんや光取られたような気になっておもんない気ぃするけど、こんな場面見とったらそう思わざるをえん。
コツコツってシャーペンで腕突かれて蔵に視線戻したらノート見せられた。
『今のうち飯食いに行けへん?近所に吉野家あったやろ』
その方がええかもしれんな。
ええ加減ほんまにここの空気に耐えれんようになってきたし、光も謙也と二人のが落ち着くやろ。
俺は頷いて財布と携帯だけポケットに突っ込んで立ち上がった。
「ユウジ?どないしたん?」
俺と蔵の動きに謙也が気付いて振り返る。
「俺らちょぉ飯食うてくるわ。腹減ったし、吉牛行ってくる」
「えっ…けど光のおばちゃん晩飯用意してくれてるって…」
ほんまかぃな…せやけどどうにかしてこっから出て行きたいんやけど。
そない思て蔵見たら助け舟出してくれた。
「ああ、そうなん?ほなコンビニにだけ行ってくるわ。買うもんあるよって」
行くでーって言うて蔵は二人の返事待たんと光の部屋を出た。
コンビニまで行ったはええものの、特に買うもんもないよってとりあえず好きなアイス買うた。
蔵はほんまに買うもんあったんかシャーペンの芯やら消しゴムやらノートやら色々買うとる。
先に店出て買うたばっかのアイス食いながらぼーっとしとったらコンビニの袋持った蔵が出てきた。
二人並んで光の家までの道のりぶらぶら歩き始める。
何とのぉまだ帰りたないなあ思とったら、蔵は察してくれたみたいでいつもよりゆっくり歩いてくれた。
「あ」
「何?」
「当たり」
食うとったアイスの棒見せたら蔵がほんまやってちょっと笑った。
「ほなこれ、俺にちょーだい。交換してくるわ」
「え…かまへんけど……舐めたりすんなよ」
「あ、それは思いつかんかったわ」
蔵は笑いながらまだ十メートルぐらいしか離れてへんコンビニに走って戻った。
一緒に戻ろかって思ったのにさっさと行ってしまいよってから…
しゃーなしに道の端にある車道と歩道の間にある円柱形の車止めに腰掛けて戻ってくるんを待った。
どっかの家からめっちゃええ匂いしてきて、腹減ったなあって思ってるうちに蔵の姿が見えてきた。
「お戻りやっしゃー」
「おっ何やめっちゃええ匂いやな」
蔵もどっかの晩飯の匂いに気ぃついたんか、鼻ひくひくさせた。
「腹減ったわー…」
ええ匂い嗅いどったらほんまに腹減ってきた。
光あんな状態やしいつんなったら晩飯食えるや解らんわ。
「そう思て、はい」
手に持ってた袋から、蔵はおにぎり二個出して渡してくれた。
「光あんなんやし、晩飯ありつけるか解らんやろ」
ほんまよぉこんだけ空気読めんなあ、こいつ。
モテるん解る気するわ。
俺はそれ受け取ってビニール剥き始めた。
「ちょっ…あっち座れや」
俺の座ってた車止めに無理からケツ乗せてくる蔵に抗議するけど、ええやんええやんって言いいよる。
おかげでバスケットボールぐらいしか直径のない場所に二人で座るハメになった。
背中合わせに座って蔵はアイスを、俺はおにぎりを食う。
家出て15分ぐらい経つけど、光はもう書き終わったんやろか。
早よ帰りたい気もするし、帰ってそれ読むん怖い気もする。
やっぱり怖い方が大きいもんやから、のろのろと食べ進める。
けどそれも限界ある。
その最後の一口放り込んだ瞬間、
「あ」
蔵が間の抜けた声上げた。
「なっ何や?」
「また当たり」
「えっ…ほんまかぃな」
ほらって棒見せられて、『当』の文字に思わず笑てしもた。
こんな偶然ないやろ、ほんま。
しかもこんな時に。
「流石にもういらんなあ…」
「これ以上食うたら腹壊すで」
まあ普段いきっとるこいつが腹下して青ぅなっとるとことかちょっと見てみたい気ぃするけど。
「帰って光にやろ。なっ」
「あ、うん…」
「そろそろ戻ろか」
落ち着いたやろ?って言われて何で蔵がこんな事したんか気付いた。
そうや、俺がビビっててどないすんねん。
大変なんは光や。
あいつにこんな情けない面見せるわけにいかんねや。
余計不安にさせるだけやねんから。
俺は腹に力入れて気合入れ直してから立ち上がった。
そんで家に戻ったら、光はベッドに入ってた。
枕元に座ってる謙也がおかえりって迎えてくれる。
「光、最後まで書いたら疲れたみたいで寝てしもたわ」
覗き込んだらめっちゃ青い顔して眠ってる。
ほんまに疲れてんやなって一目で解るわ。
けどよぉ眠ってるみたいや。
「あ、飯出来たて。今のうち食えへん?俺めっちゃ腹減ってもぅてや」
この状況でもしっかり腹減る謙也がある意味すごいわ。
俺はおにぎり食うてもうたけど、それもただの虫抑えやし、あれぐらい堪えへんわ。
だって成長期やもん。……まあいっこも身長伸びやがらんのはさておき。
俺らは光が寝てるん確認してからダイニングに行った。
家に来るんも久々やったから光のおばちゃんや義姉ちゃんに会うんも久々や。
昔はよぉ遊びに来てたのになあって懐かしがってくれて、いっぱいご馳走してくれた。
テーブルいっぱいの晩飯もそろそろなくなるかって頃、二階から物凄い物音がした。
「…―――光?」
蔵の声に、それが何なんか気付いた。
呆気に取られて動かれへんようなってるおばちゃんらより先に謙也が立ち上がって光の部屋向けて走り出した。
でっかい足音が遠ざかっていくのに、俺は情けないけど動かれへんかった。
「…ユウジ、行くで」
同じように呆然としとったけど、先冷静になった蔵に促されて俺らも謙也の後追った。
光の部屋に行ったら倒れたCDラックと床に散らばったCDが目に飛び込んでくる。
暴れてこれ倒した音やったんや、さっきの。
その散らかった部屋の真ん中で光が蹲ってて、謙也がそれ抱き締めてる。
まだ錯乱状態の光落ち着かせようと必死に声かけて背中擦ったってる。
俺も蔵も近付けんで部屋のドアのところで立ち尽くした。
そんな俺らに気付いて謙也が安心させるように言うてくる。
「こいつやったら大丈夫や。ずっと言うたらあかん思とった事書き出してしもて、それで自分責めとるだけやから」
震えて謙也にしがみついとる光が痛々しい。
謙也は俺らに向けて、何か投げて寄越した。
一拍置いてそれが半分破られた光ノートやと気付く。
何でや、何があったんや。
「これ…」
蔵が拾い上げて、俺と同じように何があったんやって思ったみたいで謙也に視線で尋ねる。
「光な、ずっと…ずっとそれ口に出せんで苦しんどったんや。読んだって」
俺はノートに目を落とした。
裂けた状態やけど、読めん事ない。
けど読むのが怖い。
そう思てたら光は体跳ね上げてこっち向けて飛んでこようとする。
一瞬早く謙也がそれ押さえたけど、まだ暴れとる。
「光、光落ち着け!大丈夫やから!真実知ってもお前嫌いになったりせぇへんから!あいつら信じたれ!!」
そうか。
光はこのノート取り戻そうとしたんや。読まれたないから。
もう何年も謎やった真実がここにある。
蔵はノート持って部屋を出た。
扉閉めて振り向いたら心配そうな顔したおばちゃんと義姉ちゃんが立ってる。
蔵は女子たらす時の笑顔浮かべて二人に向けた。
「光の事やったら、あいつに任せといたら大丈夫ですから」
流石マダムキラー。おばちゃんは顔赤らめて、けどまだちょっと心配そうにこっち見てくる。
「ほんま大丈夫やで。光あいつにめっちゃ懐いとるから、落ち着くまで二人にしといたって」
まだ気になるみたいやけどそれやったらって二人はまた下に戻った。
俺と蔵もそれに続いて部屋の前から離れた。
蔵の手には半分裂けたノート。
どないすん、と視線で尋ねる。
けど蔵もどないしたらええんやろって迷ってるようや。
いつもなら即断即決の蔵も、流石に無理やわな。
こんな重いもん、よっしゃ、ほなちょぉ読もかーとは言えんわな。
二人で固まっとったら後ろからユウジくんって声した。
「…義姉ちゃん」
一旦下降りたみたいやけど気にしてくれとったみたいでまた戻ってきてくれたんや。
「それ、光ノートか?」
「ああ……そう。光、な…あん時の、火事の時の事書いてくれたみたいで…」
破られたノート見て、何があったんかだいたい察してくれたみたいで義姉ちゃんは俺らを誰も使ってへん和室に連れてってくれた。
ここで光落ち着くまでゆっくりしぃって。
ほんでセロテープ持ってきてくれて二人にしてくれた。
蔵は先に読みやって言うてノート渡してきた。
ほんで庭の見える縁側に座ってしまう。
俺はしゃーなしに部屋の真ん中に座って破れたノート貼り合せながら読む事にする。
中には理路整然なんて程遠い、ほんまに支離滅裂で、悩みながら書かれた文章があった。
けどそれは逆に光の心情そのままを表してる。
重い、暗い、辛い、苦しい、光の思いの全てを読み進めながら、堪え切れんと涙が溢れてきそうになった。