サイン/サイレン/サイレント13
Side;Kuranosuke Shiraishi
部室の鍵はいっつも持たされてるから誰にも会わんですぐに入れる。
外はまだ明るいから電気は点けんでええやろ。
それに先生らに不審がられて見回りに来られても面倒やしな。
謙也は部室にあるパイプ椅子に光座らせて、その前に跪くと下から俯く光の顔覗き込んで心配そうに様子を伺う。
「いけるか?」
光はやっと落ち着いたみたいやけど、まだ顔色は最悪で真っ青や。
俺は部室に備え付けの冷蔵庫から置いてあったスポーツドリンク出して謙也に渡した。
謙也がそれを光に渡すけど飲む様子を見せへん。
首振って嫌がったけど、心配そうに顔覗き込む謙也見てやっと一口二口と飲んだ。
深い深呼吸一つして、ちょっと落ち着いたようやから俺は謙也の後ろから光に声かけた。
「光?どないした?あいつに何言われたんや?」
「おい…」
謙也は止めようとしたけど、俺は光の肩叩いて顔上げさせた。
光の瞳の奥がぐらぐら揺れてるんが解る。
ほんまに不安で不安で怖くてしゃーないって目や。
これ以上追窮したら癇癪起こしよるかもしれん。
「光、何とか言い。黙ってたら解らんやろ」
「蔵っ!!」
けど構わんと光の顔見たままでおったら謙也が遮るように言葉荒げた。
光の肩に置いた俺の手振り払って光と俺の間に立ち塞がる。
「お前何やねん…光ビビっとるやんけ。そんな追い詰めるみたいな聞き方したんなや」
「せやけどここで止めてもしゃーないやろ。どっかで打破せなこいつしんどいままやねんで?」
「ほな俺が話す。それでええやろ」
「俺は、光に聞いてんや」
「蔵!」
ほんまに、ここで光守って庇って、それでやり過ごす事は簡単や。
けどまた同じ事は必ず起きてまう。
その時の為にもやっぱり光の隠してる秘密を知る必要があるんや。
今は辛いかもしれんけど、逆に今を逃したらもう絶対話せへん気ぃする。
ほんまはこんな無理な方法は取りたない。
けどこれが光の為になるんや。
一旦俺は部屋の端で成り行き見守ってたユウジに視線やった。
「すまん、光連れてってや。ちょぉこいつに話つけるわ」
千歳も口挟めんでただそこに突っ立ってる。
こいつは万が一取っ組み合いにでもなってしもたら困るから仲裁役として残ってもらおう。
そう思て俺はユウジにだけ声かけた。
「え?あ…お、おお…解った」
ユウジは訳解らんって顔してたけど、俺の表情見て察してくれたみたいで光に近付く。
けど謙也は光の前に立って、守るように背後にやった。
「…謙也…お前何や勘違いしてへん?」
「何やと…?」
謙也は確かに優しい。優しいけど今はその優しさが逆に光を追い詰めていってる。
光がショックやったんはあのオバハンの言葉だけやない。
自分の所為でこんだけ優しい謙也がキレた事にもある。
むしろそっちのがショックおっきいんちゃうか。
今日は大事無かったけど、今度同じような事があって、もし謙也に何かあったらって思たら光も動揺してまうやろ。
「お前のんは優しさやないやろ。光守ってやってるつもりかもしれんけど、甘やかしてるだけやろ。それがほんまに光の為なる思てんか?」
謙也は普段の間抜け面からは考えられへんぐらい険しい顔で俺の襟元掴みかかってくる。
それ見て光は慌てて間に入ろうとしたけど一瞬早くユウジがそれ止めた。
謙也の両手が俺の首元にきたおかげで光は自由になった。
その隙見てユウジが光の肩持って無理矢理引き寄せた。
「それにさっきの何やねん、自分。もし暴力沙汰にでもなってほんまに警察動いてたらどないすんや。大会出られへんねやぞ」
「大会?…大会やと?!おまっ……光より大会が大事やっちゅーんか?!」
やっぱりこいつはアホや。
目の前で辛そうにしとる光がおるもんやから、それ甘やかすだけで肝心な事いっこも解ってへん。
俺は謙也の襟掴んで睨み返した。
「それが勘違いやっちゅーてんじゃ!!頭冷やせや!そんな事なってみぃ…光が責任感じんねやで?!」
もしほんまにそんな事あったらもう二度と光は口開かんやろ。
謙也をそんな風にしてしもた自分が許せんで、一生自分責め続ける。
そんな事、光に絶対させたらあかんねや。
そう思てやりすぎやとは思ったけど、俺は右手振りかぶって謙也の横っ面殴った。
利き手やないだけ力は弱まってるけどそこそこのパンチになってしもた。
唇の端が切れてしもたみたいや。
けど完全に頭に血ぃ上った状態の謙也にはこれぐらいやないと効かんやろ。
「っっにさらすんじゃコラァ!!!」
謙也はすぐに殴り返してきたけど、それより先に謙也の右腕に誰かの腕が巻きついた。
一瞬ユウジが間に入ったんか思たけど、それは光やった。
一回り大きい謙也に飛びかかって必死に止めてる。
「離せや光」
それ振り払うように謙也が腕振るんやけど光は梃子でも動かんかった。
首振ってあかんって伝えようとするけど謙也の目は俺睨みつけてるもんやからそれに気付いてない。
「落ち着かんね二人とも!」
「ええ加減にせぇや!お前らでやり合うとる場合か」
千歳とユウジがしびれ切らして謙也に言うけど伝われへんようや。
そうや、今謙也の心に届くんはあいつの声だけなんや。
とうとう謙也は力ずくで光振り除けて、俺殴ろうと右手振りかざした。
二人の為や。
避ける事も出来るけど俺は歯ぁ食いしばって、甘んじてその一発を食らった。
謙也も頭に血ぃ上ってるようやけど流石に無抵抗な人間ボコるような真似はせんかった。
けどその一撃は相当のショックを与えたようやった、光には。
「け…やさ、んっ!!」
ついに光の口から、耳に届く言葉が吐き出された。
「ひ…か………る?」
謙也も、ユウジも千歳も皆動き止めて光に視線をやった。
腕振り払われた衝撃で床に転がったまんまの姿やった光がゆっくり体起こして床に手ぇついて頭下げる。
「ごめ…なさ……い…」
「光…お前声……」
あまりの衝撃にすっかり戦意無くした謙也は俺から手ぇ離して蹲る光に駆け寄る。
「俺のせいで…喧嘩せんといて……くださ…っ」
謙也はうつむいたまま声しぼり出す光の肩抱き締めるけど、胸に顔埋めて光が苦しそうにごめんなさいを繰り返す。
「蔵……何でそない冷静やねん自分」
腰抜かしそうなぐらいびっくりしとるユウジが不思議そうに呟く。
ほんまは冷静になんかいてられへん。
いっこも冷静なんかやない。
けど俺まで取り乱すわけにはいかんから、冷静装ってるだけや。
俺はため息まじりに話し始めて声震えんようにする。
「前にな……謙也が夢現に光の声聞いたって言い張ってたん気になってや…」
「え?」
謙也がそれまで光見とった視線上げてこっち見てくる。
「謙也が光の事で嘘ついてるとは思えんし、そんな…声聞いたとか……デリケートな事やし、
下手したら光追い詰めるような事、確信もなく言わんと思ったから…」
誰より光を思ってるんやから、軽々しく言うはずもない。
そんなん夢見とっただけやてあの時は受け流したけど、よくよく考えたらおかしいて思い直した。
そういう敏感さは人一倍なんや、こいつは。
それが光の事ならなおさらで、そうなると可能性は一つ。
嘘をついてるんが、謙也やなく光やという事。
それで俺は一つの仮説に辿り着いた。
「光は喋られへんのやない、もう声は出るのに口閉ざして喋らんだけなんちゃうかって…」
光は謙也の胸から顔はね上げてこっち見てくる。
めっちゃびっくりしてますって表情や。
それに俺の仮説は確信に変わった。
「どうなんや?謙也」
「え…あ……」
「この声やったんやろ?」
謙也は光に一瞬目やった後、静かに頷いた。
やっぱりそうやったんや。
「蔵…お前……」
「何年連れやっとる思てんやーお前の事なんかお見通しやで」
謙也が殴った俺の頬見ながらバツ悪そうにすまん、と俯く。
せやから俺は謙也の頭小突いた。
「お互い様やろ。悪かったな」
俺の殴った痕指で突いたらおもろい顔して痛がりよった。
思わず笑ったら謙也も吹き出した。
悪なった空気に心配そうに見とった千歳やユウジもホッとしてるようや。
あとは、
「光」
こいつや。
謙也のシャツ掴んだまま固まって、怯えた目して見上げてくる光の視線に合わせて座る。
「ごめ…な、さ…い」
「怒ってんちゃうから謝らんでええよ」
頭撫でたったらちょっと表情が緩んだ。
「ぜ…んぶ、話す…から、もう……喧嘩…せんといて…くださ…」
自分の所為で二人が喧嘩するんは嫌や。
そう言うて俺と謙也の顔見比べる。
俺らはまた不安そうな顔して見てくる光見て、大丈夫やでって俺と謙也で光の頭撫でたった。