サイン/サイレン/サイレント12
Side;Kuranosuke Shiraishi
光が声出すのに身体的には全く問題が無い。
完全に精神的なストレスが原因やから、喋って喋れん事はない。
つまり、光自身が何かを心の負荷にして声を出さんようにしているだけ。
その何か、が解らんで困ってた。
こないだその片鱗を少し知る事は出来たけど、それ以上の事は何も解らん。
もしかしたら謙也が聞き出してくれるかって期待してたけど、謙也は絶対に無理に聞き出す事はなかった。
「話したなったら話すようんなるて」
って、呑気な事言うとる。
それは解ってるんやけど、心の中のわだかまりとして俺やユウジを襲ってる。
けど、そういえばいっぺんだけ謙也は光ん声聞いたてきかんかった。
謙也の目の怪我ん時や。
謙也が光が側におるんで安心したゆうて居眠りしてる間、俺は十分ほど中座しとった。
携帯に電話かかってきたからや。
その間に聞いたんや言うて謙也はきかんかった。
何べんも謙也さんて呼び掛ける、聞いた事のない声聞いたんやて。
光は当然しゃべれるわけないて否定するし、俺も寝ぼけてんやと思てた。
けど謙也は諦めんで言い張った。
確かに光の声を聞いたんやて。
そんなわけない。確かに身体的な問題はないかもしれんけど、心の傷は目に見えんまま網張るように光を蝕んでる。
一体何がそんなに光を苦しめてるんか。
光はあの日何を見て、何があってあんな事になったんか。
それが知りたい。
ずっとそう思ってた。
けどこんな形で知る事になるやなんて、思ってもなかった。
謙也の言う通り、もっと自然に光が話したくなったらって思ってたのに。
こんな無理に聞き出すような真似はしたなかった。
光の見た事聞いた事感じた事、感情の全ての書かれたノートに目を通しながら俺は不覚にも涙が出てきてしもた。
光はずっと一人で闘い続けてたんや。
悪意と失意と歪んだ羨望にまみれた感情と。
一番恐れていた事が起きてしもた。
俺もユウジも実は同級生に再会するよりも警戒しとった事があった。
それは、亡くなった子の親と会う事。
実のところ、光がお兄さん夫婦の家に行ったんも半分はそいつが原因やったんや。
我が子を突然失って心の均衡を失った母親が、半ば嫌がらせまがいの行動を取ってきてたらしい。
何べんも家に電話かけてきたり近所にある事ない事吹き込んだり家に人殺しって張り紙したりで、少しずつ光や光の家族を追い詰めとった。
まあ見ててその母親が異様やったんは誰の目にも明らかやったから、幸いにも近所の人らは光の家族側の言い分を信じてくれてたみたいや。
ワイドショーん中の話やと思とったわ。
あんな迷惑な事するオバハンなんて。
けどそんな相手が二年そこいらで変わるとは当然思えん。
一応謙也にもその話はしとった。
こうゆうオバハンおるよって気ぃ付けといたってくれよって。
けどあまりの突然の出現に、相手が臨戦態勢入るんもあっという間で謙也も対応しきれんかったようや。
けどそれももうオバハンと謙也がやり合うてる最中やって、俺は詳しい状況は解らんかった。
その時の事は偶然側に通りかかった千歳が後から教えてくれた。
あのおばさんが光に酷い事を言ってたのだと。
怯える光に怒鳴りつけるオバハン見て、お前がそんな風に追い詰めたから光声出ぇへんようなったんやて言い返したら逆上されて喧嘩になったんやって。
帰宅途中、突然携帯から鳴り響く光専用の着信音に、俺は今までで一番嫌な予感がした。
声の出ぇへん光は電話なんかかけへん。
一応番号はお互いに知ってたし、光の携帯から謙也が連絡入れてるだけかもしれん。
そう考えるようにして冷静になってから通話ボタンを押す。
途端に遠くで謙也と女の人が言い争う声が聞こえてきた。
電話かけてんは謙也やない。
ほなほんまに光が?
「光か?」
返事はない。
けど受話器を引っ掻くような音がする。
光が何か伝える為に必死になってんや。
俺はそう確信した。
せやけど喋れん光と会話が出来ん今は、どうする事もできへん。
その時救急隊員が話せへん人からの出動要請きた時の対応方法思い出した。
「光、聞こえるか?はいやったら、1回、いいえやったら2回話し口叩き」
電話の向こうからカツッと音がした。
よかった。光には伝わっとる。
「謙也とおるんか?」
カツッと一度鳴る。
「通りすがりの奴と喧嘩しとんか?」
カツカツッ
「ほな…もしかして……言うとった同級生の母親か?」
カツッ
俺はしばらく経っても二度目の音が鳴らん事に絶望した。
どないする。二人のおる場所にすぐ飛んでいきたい。
けど場所がわからん。
「まだ学校の側か?」
カツッ
「ほな周りに何か場所解るような音出るようなもんないか?」
一旦電話切ってメールしてもらうんがええんやけど、今電話切るんは得策やない気がする。
光も不安やろし、その間に何かあったら対応できん。
しばらくしたら、車の走る音ととおりゃんせの音がした。
「学校のすぐ側の国道か!」
カツッ
せやけどこの音のする横断歩道はいくつもある。
どないする、とにかく学校の近くまで戻るかって思てたら、ガシャンって鈍い音がした。
「光?おいどないしてん!もしもし!?光!?」
返事がない。
電話口からは車の走る音と謙也とオバハンの言い争う声が遠くに聞こえるだけや。
電話落としたんか?
「光!光返事せぇ!」
周りの目ぇなんか気にせんと大声で言うんやけど、光の返事はない。
何があったんや。
その時、焦る俺の耳には天使か思う声がした。
『どっどげんしたと!』
千歳や。
『落ち着かんね謙也!!』
偶然か?たぶん千歳が通りかかって止めに入ってくれたんや。
地獄に仏てこの事や!
「千歳!?千歳おるんか?」
どうか気付いてくれ。
必死になって声かけ続けたら、再びガシャガシャ音した。
「光!?」
カツッ
よかったまだ繋がってる。
落とした携帯拾ったんか。
「千歳出して!」
カツッ
言い争う二人と必死になって止める千歳の声がする。
『…もしもし!?白石?』
「よかった、いまどこや?!」
『学校のすぐ近くたい!えっと、千成堂と国道の間ぐらいの…』
学校から一番近いパン屋と国道の間はほとんどシャッター街や。
そんな人通りの少ない場所を言われて、何でこんな場所にあいつがおんねんて思った。
ほんま不幸な偶然や。
俺は急いで駅から学校への道を引き返した。
その時、謙也の悲鳴みたいな声と千歳の叫び声がして、大きな物音がした。
何かあったんか?
「おい!もしもし!?どないしてん!」
ガシャーンって何かにぶつかる大きい物音がした後、通話は切れてしもた。
何べん掛け直しても繋がらん。
俺は一握の希望を胸にユウジに連絡入れた。
そしたらまだ学校におる言うてくれて、急いで光らのおる場所に向かわせた。
その後3分もかからんで俺もそこに合流した。
何が起きてるんかさっぱり解らんかった。
千歳は憤る謙也羽交い締めにして、女の人、たぶん間違いなくあのオバハンや、
そいつに殴られる光をかばうようにユウジが光抱きしめてて、背中に拳受けてる。
「何しとんねや!!警察呼んだぞ!」
俺の声に、オバハンは捨て台詞吐きながら走っていきよった。
殺したる、絶対許さへん、お前なんか生きてる価値ないんや、お前が死んだらよかったんやて。
「何やとコラァ!!」
その心ない言葉に謙也が再び憤慨する。
千歳に抑えられてへんかったら間違いのぉ殴りかかってるやろ。
俺はそんな謙也なだめるん千歳に任してユウジと光に近づいた。
「落ち着きや…もうあいつ追い返したよってな。大丈夫やで…」
いつになく優しいにユウジが声かけるけど、光はユウジの腕の中でガチガチ歯鳴らしながら震えとる。
よっぽど怖い思いしたんか、それとも昔を思い出したんか、たぶん両方やろう。
「落ち着けや謙也!今はあんなオバハンより光の心配したれ!!」
俺の怒声にようやく謙也も我に返ったみたいで、動き止めて千歳に謝ると光の側に駆け寄ってきた。
ユウジが体離した途端、光は不安そうに顔跳ね上げた。
そんな光見て謙也は光の事守るみたいに抱き締めた。
「光…もう大丈夫やで。ごめんな…守ってやれんで……」
謙也の声と体温に安心したんか、やっと光の体の震えが止まった。
色々言いたい聞きたい事があるから、ぎゅっと謙也に縋りついたまま動かんようなった光連れて、俺達は一旦学校に戻った。