セト9-1
諸国の代表者がやってくる王宮と違い、離宮は国の大臣などが集まるだけの為、謁見の間といってもそれほど華美ではなく、ただの議会場といった印象が強い。
兵が両開きの扉を開けると、大きな円形の議会テーブルがあり、そこには異国の服を纏った男が数名いた。
ただ一人テーブルについていた男が扉の向こうから現れる女王の姿に立ち上がり笑顔で迎えた。
「やあ久し振り、蓮二」
「久方振りだな…貞治」
実に四年以上の時間を離れていた。しかしそんな空白などありもしなかったように親しげに柳に近付こうとする。
しかし間に入るように幸村と真田が立ち、相手は何事もなかったかのように再び席についた。
そして柳が向かい合うように席に着くと、囲むように騎士達が立った。
その末席に立ち、赤也はそれとなく観察をする。
男は柳と変わらないほどに背が高く、分厚いレンズに阻まれ瞳が見えない分、素顔が解らず些か気味悪さがある。
柳も顔をベールで覆っている為素顔は見えないのだが、何か纏う雰囲気が全く違っていると赤也は少し顔を歪めた。
なるほど、仁王が苦手とするだけはあると会って数十秒で学ぶ。
不躾に視線を送っていると突然に顔を向けられ、赤也は思わず固まった。
「蓮二、新しく騎士を入れたんだな。見ない顔だ」
「ああ…赤也」
「は!」
柳に手招きされ、赤也は敬礼をするとその男と柳の間に跪いた。
「禁裏付騎士団の切原赤也だ。赤也、こちらはヘベの帝国元帥の乾貞治だ」
「へえ、なかなかいい目をしてるな。よろしく、切原君」
「…ありがたきお言葉恐悦至極にございます、閣下」
上辺を滑るような言葉と形だけの一礼を残し、赤也は後ろに下がった。
そして改めて観察する。
食えない表情で柳をじっと見ているのが気に食わないと睨み付けていると、相手側の護衛に視線で牽制されてしまった。
しかし赤也は表情を変えず、突き刺すように睨み続けた。
互いの重い空気を振り払うように、柳が溜息混じりに尋ねる。
「それで、今日は一体何の用だ」
「ああ、うちで初摘みの新茶が出来たから一緒にどうかと思って」
乾が後ろを見やると、護衛が仰々しい箱を取り出しテーブルの上に置いた。
それを受け取ると乾は早速中から茶筒を取り出す。
「お湯、もらえるかな。茶器は用意してきたんだけどこればっかりはね」
勝手に話を進める乾に、幸村は仕方なく衛兵に湯を用意させるよう命じた。
本当はこんな事をする為に来たわけではない。それは明白だ。
使用人からお湯を受け取り手ずから茶を淹れようとする乾を、幸村は笑顔で制する。
顔は笑ってはいるものの、その雰囲気は鋭く赤也は思わず身を硬くした。
それは赤也だけではなく、他の騎士も同じで、それどころか乾の護衛達も息を飲み一歩引く素振りを見せる。
「閣下のお手を煩わせるような真似はできません。どうぞそのまま………柳生」
「はっ…はい」
突然鋭い声で名を呼ばれ、柳生は珍しくうろたえる。
しかし冷たい笑顔のまま閣下と陛下にお茶をと言われ、慌てて茶を用意し始めた。
「やれやれ、随分警戒されているようだな。君達の大切な女王に無粋な真似はしないよ」
他の食事と同じく、先に丸井に毒などの混入物がないかの確認をさせてから柳の前に差し出される茶を見て乾が苦笑いを漏らす。
「とんでもない事にございます、閣下。私はただ一国の主に給仕係のような真似はさせられないと思っただけにございます」
大袈裟な態度で心外だと笑う幸村の言葉はその実乾の言葉を肯定しているようなものだった。
だが相手はそれに怯む様子もなく、差し出された茶を呑気に味わっている。
一息入れ、柳はもう一度乾を見て声をかける。
今度は先程のような呆れたものではなく、真剣な声色だった。
「それで、貞治。用向きは何だ。まさか本当に茶を飲みに来たわけではあるまい」
「何度も足を運んで貰って悪いからね…直接お願いに来たんだよ」
「……軍事同盟の件か」
「ああ」
この国とヘベは隣接している事もあり、関税同盟は結ばれていて人の行き来や物流は自由だが軍事や政治的に提携している事はない。
数年前までは同心国であったが、今はその考えも皆無。
双方の国の考え方に歴然たる差があるからだ。
軍事大国とも呼べるヘベと、平和主義の女王を中心に戦う事を拒否しているこの国はそもそも対極するものであった。
そしてそれは柳も同じ事で、ヘベと手を結ぶなどという考えは毛頭無かった。
「悪いが以前も言っていた通りだ。気持ちは変わらん」
「しかし今のままでは列強に―――」
「くどい!何度言われようと我が国はどの国とも軍事同盟は結ばん!!」
食い下がる乾の言葉を強い調子で遮る柳は誰の目にも異形に見える。
国政の場においても冷たい態度であるが、今はそれの比ではない。
「お前もその例外ではない、貞治。たとえ我が国とヘベがかつての同志であったとしても、今は昔。もう関係はない話だ。
…もちろんお前が幼馴染であるという事もな。そんな情など…とうの昔、ドブに捨ててやったわ」
場の空気を凍りつかせる声に、流石の乾も表情を強張らせた。
それを見るといつもの表情に戻り、柳は幸村に顔を向ける。
「幸村将軍、客人のお帰りだ。仕度を」
「――は!」
幸村は他の騎士に命を出し、すぐに出立の準備を整えさせた。
「見くびるな、貞治」
「…何?」
「お前は我が国が列強に飲まれる前にと思ったようだが…」
言葉を返さない乾に柳は静かに言葉を続ける。
「この美しい国は誰の物でもない。列強のものでも、ヘベのものでも…もちろん俺のものでも。
この地は遥か太古より受け継がれしセトの民のものだ。何人にも渡さん」
砂漠という過酷な土地でありながら、この地を愛し、この地に息づく人々を守る為に和平を礎に建国された王国。
それがこの国セトだ。
何世紀もの間、血で血を争う戦争を繰り返し、疲れ果てた民を癒すべく生まれた国は、
誰にでも平等に光を与える太陽を神と崇め、人々を優しく包む女王で代々国民を守ってきた。
それは仮初の立場であろうと例外なく柳の心にも受け継がれている。
どのような事があろうと、この国をなくすような真似はできないのだと強い口調で押し出す。
「セトは正式にヘベの申し出を棄却する。もう二度とこの話はしないでいただきたい」
他人行儀な物言いに不服顔ではあるものの、乾はそれ以上何も言う事はなく帰路へとついた。
【続】