セト8-2
広い執務室によく通る声が響き渡る。
真田を議会進行役に据え、滞りなく国を動かす会議を終えた。
予定より早く終わり、大臣達はそれぞれ馬車に乗り込み王宮への帰路についた。
離宮にいつもの静けさが戻り、やれやれと軍服の襟を緩めながら幸村は柳の私室へと向かった。
だがそこには誰の姿もなく、不思議に思っていると窓の外に丸井や赤也の笑い声が響いている。
窓の外は庭園になっている。幸村は一旦部屋の外に出ると建物を迂回してそこに出た。
「ほれほれーそんなもんかぁ?」
「まだまだっスよ!!」
植え込みの先にある広い芝生で丸井と赤也が剣術の手合わせしている。
その周りには仁王や桑原も剣を持って待機していて、総当りの試合をしているらしい。
幸村は軽い動きで丸井の剣を避ける赤也を感心した面持ちで眺めた。
そこへ柳の側にいた柳生がやってくる。
「また腕を上げたようですね、彼は」
「赤也だろう?ふふっ…守るべき存在が明確になって剣に磨きがかかったのかな」
日陰に置かれた椅子に座り、じっと赤也を目で追っている柳に幸村は視線をやった。
会議を終え、早速とばかりに赤也の元へやってきた柳は着替える事もせずまだ礼服を身に付けている。
側に居たくて着替える時間も惜しいのかと半ば呆れも含んだ笑いがこみ上げる。
その時背後からする気配に振り返ると、大臣達の見送りを済ませた真田がやってきていた。
「お疲れ。今日も大変だったな」
幸村が軽い調子で労いの言葉をかけると些かの疲れを表情に浮かべながら頷く。
「うむ。だが思ったより早く済んでよかった」
それは真田の淀みない進行も然る事ながら、いつも以上に冷酷に、冷静に話し合いを進める柳の手腕の賜物と言っても良いだろう。
「初恋なんだし、もっと浮き足立つと思ったんだけどなあー」
「何の話だ」
「蓮二だよ。赤也を好きになって随分丸くなったと思ったけどさ、さっきの会議じゃ今まで以上の冷酷さだったから」
「メリハリがついたのでは?他で甘くなれる分、執務中は今まで以上に非情で冷酷ともいえる態度でいられるんですよ」
今日の会議では柳の隣で速記をしていた柳生もそれを感じていた。それまでの冷静さなど比ではない程に冴え渡る柳の頭脳を。
「うーん……でももうちょっと恋に浮かれる蓮二を見てみたかったかな」
おかしそうに笑う幸村に真田が苦言を呈する。
「何を馬鹿な…蓮二がしっかりせねば国政に支障を来たすぞ」
「そうなんだけどさー…折角なんだし、ちょっとぐらいはでれでれしてるところも見てみたいじゃないか。誰もが恐れる鋼鉄の棘だよ?」
「しかしな…」
真田が更に言葉を重ねようとした時、大きな歓声が沸いた。
そちらに視線を向ければ赤也が天に向けて剣をかざし喜んでいる。
その脇で丸井が悔しげに跪いている事に、赤也が勝利した事が解る。
すると赤也は一目散に柳の元へと駆けていった。
それに気付き柳は椅子から立ち上がると両手を広げて赤也を抱きとめた。
嬉しそうに破顔して勝利を報告する赤也に向けられる柳の表情も赤也に負けず劣らずの甘いものだ。
「前言撤回。十分浮かれてるみたいだ」
「確かに」
二人の世界を作り上げている事に、周りはすっかりと呆れ返っている。
同衾を許してからひと月、他の者の前では変わらぬ態度の柳も騎士だけの空間である時には態度を弛めさせ甘い表情を見せていた。
隠す事無く恋仲である空気を出す二人を柳生は温かく見守っていたが、幸村はその浮かれた赤也の表情にだんだんと苛立ちを覚え始める。
無言のまま庭園へと歩を進める幸村の表情は穏やかとは言い難い。
薄笑みを浮かべているものの、目の奥が光っている。
「ゆ……幸村くーん!?」
止めようとした柳生の声など聞こえないと、幸村は不貞腐れて芝生の上で寝転がっている丸井に向けて手を差し出す。
「丸井!剣を」
その声にようやく赤也は柳から体を離し、緩慢な動きで視線を幸村に向ける。
何か面白そうな事が始まりそうだとそれまでの態度を翻し、丸井はそそくさと仁王達の待機する側へと行ってしまった。
「赤也、次は俺が相手だ」
「へ?」
「手加減はなしだ。本気で来い」
何か裏を感じる幸村の笑みに赤也は半歩後ずさるが、そこには期待に満ちた瞳をした柳が立っている。
ここで引いてしまっては男が廃る。
赤也は若干腰の引けている状態ではあるが剣を構えた。
だが十数秒後、花と緑に溢れた庭園に似つかわしくない赤也の絶叫が木霊した。
【続】