セト7-1

離宮へ戻るまでの車中、何故こんな体勢でいるのだろうと赤也は居心地の悪さに悩殺されそうになっていた。
これ以上なく近くに柳の鼓動を感じながら、それ以上に耳元で響く己の心音。
幸村の命令とはいえ、いくらなんでもやり過ぎなのでは、というより何か裏があっての命令のような気がしてならない。
「赤也?疲れたか?」
「いっ…いえ!!全然!!そっそれより暑くないっスか?俺体温高ぇし…」
「大丈夫だ」
ガタリと馬車が悪路に揺れ、更に密着度を増して思考が遮断される。
こんなの拷問だ、ただの幸村さんの嫌がらせだ、と反芻して今朝の出来事を思い出した。

王宮にある厩舎で離宮に連れて行く馬を連れ出し鞍を付けていると、もうすっかりと準備を整えた幸村がやってくる。
「赤也、準備はできたか?」
「もうバッチリっス!!」
「じゃあお前も荷物を後ろの馬車に載せて。終わったら執務室に行ってくれ」
「執務室?柳さんの部屋じゃないんっスか?」
「ああ。行けば解る」
どういう意味だと思いながらも、幸村の命令は絶対だ。
赤也は荷物の積載を他の兵に任せ、急いで執務室へと向かった。
大きな扉の前で立つ衛兵が赤也に向け敬礼をする。
手にしている警棒で床を叩き、室内に向け赤也の来訪を知らせた。
いつも返事をするはずの柳生ではなく、何故か間延びした声がする。
それは仁王のもののように思えた。
不思議に思いながらも兵によって両開きにされる扉から中に入り、室内を見渡した。
「…あれ?仁王さんだけっスか?」
部屋の奥の本棚の前で佇む銀色の髪に近付き、振り返った顔に酷く驚く。
「…へ?!や……っっ」
柳さん、と大きな声で言いそうになり慌てて自らの手で口を塞ぎ言葉が出るのを防ぐ。
振り向いた顔は綺麗に化粧を施され、仁王の様に見えるが間違いなく我国の女王だ。
平素ならば王宮と離宮の行き来の際は公務に使う礼服か、真っ黒な平服を着るはずだが、今は赤也と同じ恰好をしている。
つまりは騎士の制服を着ているのだ。
「な…何やってんっスか!」
「お、流石。よく俺だと解ったな、赤也」
ふっと漏らす笑いは間違いなく柳のもので、だとすれば何故このような恰好をしているのだという疑問が湧く。
「当たり前ですよ!!…とは言ってもよく見ないと解んないけど」
「そうか。仁王が影の役割を担ってくれていてな、俺が代わりに仁王となり離宮に行く事となった」
「あ…ああ!それで幸村さんと最近警備がどうのって言ってたんだ…」
暗殺未遂があった後という事で、特に念入りな打ち合わせがされているとは思っていたが、
まさかこのような手でくるとは赤也も思っていなかった。
「え?じゃあ柳さんも一緒に俺達と馬で移動するんっスか?」
「いや、これだ」
足元にある棺桶のような大きな箱を指差され、何の事だと首を傾げる。
すると柳は跪き蓋を開けた。
中は布が乱雑に入れられていて、何か大きな壷でも運ぶ為の運搬用の箱にも思える。
しかし柳の言葉から判断して、もしやと思い口を開く。
「…これに入ってくんっスか?」
「ああ。まさか一国の主を荷物と共に運ぼうなどと暗殺者も思うまい」
「……確かに」
それにしたってこんな狭い場所に閉じ込めようなどと、あの将軍でなければ思いつかないだろう。
赤也はこっそりと感心と呆れの溜息を吐いた。
「女王陛下のお成りでございます!!」
突然扉の向こうが騒がしくなり、両開きになると同時に幸村に真田、そして柳生に連れられた女王が姿を現した。
しかし本物は今、赤也の隣に立っているのでそれは仁王という事になる。
いつも柳がしているように黒のベールをかぶり、その表情はほとんど見えない。
だがいつもながらに完璧な変装だと赤也は感嘆する。
柳の変装はそう気合を入れる必要もない為、普段目にかかれない衛兵などを除き他の者でも解りそうなものだが、
仁王のそれは恐らく騎士達でなければ見分けがつかないだろう。
扉を開けたままで警護をしている衛兵の目があるからか、仁王の姿をした柳は跪き、主君がやってくるのを待つ。
慌てて赤也もそれに倣い跪いた。
静かに扉が閉まるのを待ち、仁王がくつくつと笑い始める。
「いやあ気分ええのう」
「仁王君!不謹慎な!!」
「いや、いい。俺もなかなか新鮮で楽しい」
手にした扇で顔を仰ぎながら呑気に笑う仁王を柳生は拳骨を見舞わせ叱るも、柳は平然とした様子で笑った。
これから危険と隣り合わせの移動という大仕事があるというのに、相変わらず呑気なものだと呆れてしまう。
だが先日までのあの張り詰めた空気よりはよっぽどいいと赤也は穏やかに笑う柳を見上げる。
そんな赤也を見やり、幸村は満面の笑みを湛えた。
「じゃ、出発しようか。赤也、入れ」
「……は?」
「聞こえなかったか?ここに入れと言ってるんだ」
幸村は微笑を浮かべたまま、足元に置かれた棺桶のような箱を指差す。
先刻、柳が入ると言っていたはずだ。
何故自分がという言葉は表情となり幸村に伝わる。
「護衛だよ。外にはジャッカルがいるから何かあったら大きな声で呼べば対応してくれるから」
「ちょっ……聞いてないっス!!俺もここに入るんですか?!」
「何かあったらどうするんだ。一度箱を叩けば何か緊急事態、二度叩けば大丈夫って事だからな」
「そっ…それは……そうですけど…でも…一人でも狭そうですよ?」
衝撃緩和の為の布が敷き詰められている為、大きな箱とはいえ内部はそれほど広いとは言えない。
「抱き合って入ればいいだろう?」
「だっ…抱き……っっ?!」
「蓮二が怪我をしないようにしっかり守ってやれ」
うろたえる赤也の様子など意に介さず、真田はさっさとしろとばかりに背中を押す。
笑顔で動向を見守る幸村の表情が消える前に、命令を聞かなければならない。
しかしこんなに狭い中で、たとえ一時間あまりとはいえ抱き合ったままなどいられるはずがなかった。
どうにかしてこの立場を回避できないかとも思うが、自分がしなければ他の誰かの役目となるだけで、それはもっと回避したい現実だ。
腹をくくり、赤也は箱の中に身を横たえた。
そして幸村に促され柳も箱に足を踏み入れる。
「邪魔をするぞ」
「…は…はい…」
慰める為に抱き寄せた事もあったが、気持ちを自覚してしまった今ではあの頃と同じ様に接する事は難しい。
ほぼ棒状態に固まった赤也に抱きつくように柳が腕を背中に回す。
「…暑くはないか?」
「だ…大丈夫…っス…」
「何やってんだ赤也。ちゃんと抱き返してやれ」
「なっ…!?」
どういう了見だと幸村を見上げれば、真田以外は皆一様ににやにやと嫌な笑い方をしている。
完全にからかわれているだけだと気付くが既に時遅し。
この様子からして幸村は他の騎士達にも二人の思いを話したのだろう。
畜生、と赤也は真っ赤になって睨むものの誰もそれを受け止めようとはしない。
「じゃあ、ごゆっくり。旅を楽しんでね、二人とも」
そしてそのまま幸村の手により箱の蓋は閉められてしまった。

【続】

 

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