セト6-2
部屋を出た柳は暗がりに立ち尽くした。
天窓から入る僅かな光が頬を照らす。
溢れ出そうになる感情を抑える為に口元を押さえ、鎧戸にもたれ掛かる。
どすっという低い音が狭い空間に響き、それは外にも伝わった。
「如何なさいましたか?!」
戸の両脇に立っている衛兵がその異変に扉越しに声をかける。
柳は深呼吸で息を整え、いつもの声色を意識して音にした。
「…隊長と…誰か手の空いている騎士を連れてきてくれ。誰でも構わん」
「は!」
ばたばたと足音が消えて数分、再びそれが増えて戻ってきた。
鎧戸の片側が開き、瞬間入る強い光に柳は顔をしかめる。
その先には幸村と丸井が立っていた。
「れ……陛下、如何なさいましたか?」
幸村は一瞬名を呼びかけ、心配そうに見ている衛兵の存在に気付き言い換える。
丸井が鎧戸を閉め、外界から遮断すると柳が弱弱しく言葉を紡いだ。
「……すまん、丸井…赤也の手当てをしてやってくれないか?」
「…ああ、解った」
何かあった事は察知したが、丸井は何も聞かずにそのまま室内へと入っていく。
扉が閉まるや否や、柳は幸村にもたれ掛かった。
「…何があった?」
数日前と同じ様に柳の頭を撫で、優しく問いかける。
胸に顔を埋めたまま、柳はしばらくじっと動かない。
二分三分と何も言わない、動かないでいる柳を、幸村はただひたすら優しく抱きしめる。
強張っていた体からだんだんと力が抜けるのを見計らい腕を緩めると、柳は自嘲を浮かべた。
「俺を殴れ、精市」
「蓮二?」
「お前との約束を破りそうになった。あと少しで…言ってしまいそうになった…赤也に」
何を、とは言えないが柳の言わんとしている事は幸村に十分伝わる。
僅かに高い場所にある柳の顔を見上げると、平素伏せられている細い目元から瞳が伺える。
そこは動揺と衝撃を色濃く映していた。
「だが……案ずるな」
「…何?」
「こんな勝手な思いなど信じてもらえまい」
赤也はこうして優しくする柳の行動を訝り、まだ思うままに動かす為の策なのだと思っている。
当然の結果だ、と冷笑を浮かべ柳は顔を隠すように両手で覆った。
この状況を受け入れながらも心はついてこないのだ。
赤也をそんな思考に追い詰めたのは柳に他ならない。
因果応報だ。
思いを口にする事を許されず、それを声に出したところで信じてもらえない。
しかし八方塞状態の中で、一人思いあぐねる柳を放っておける幸村ではない。
幸村にとって柳はただの主君ではない。
幼い頃から時を共に過ごした同胞であり、親友なのだ。
他の者ならばいざ知れず、大切な人が苦しんでいるのを黙って見過ごす事はできない。
あんな風に言っていたがこのままでいいわけがない。
叶う事の無い思いならばせめて、と。
幸村は立ち上がると、抱き締めていた柳の体を離し私室の扉に手をかけた。
【続】