セト4-3

何事も起こらないまま、今日が終わればいい。
そう思いながら柳は、公式行事に参加する為、真っ黒な礼服を身に纏った。
先日の毒混入事件以来、幸村達は殊更にピリピリとした雰囲気を醸し出している。
そんな中で、赤也だけが意外にも一番落ち着いてた。
いつもと変わらぬ様子で装備を身につけ、柳の斜め後ろで護衛をしている。
離宮から王宮へと向かう間、一言も喋らないまま柳の隣で車窓から辺りの様子を警戒していた。
王宮に着き、盛大な歓迎を受ける中、柳はいつものように柳生の手を借り馬車から降り立つ。
幸村達は整然と並ぶ人の群れから柳を守るように移動した。
だがその一瞬の隙を衝き、衛兵の一人が群れから飛び出した。
「っっ―――!」
「陛下!!!」
その刺客はすぐに反応した桑原に取り押さえられ、その時は事無きを得た。
「大丈夫ですか?!」
「あ…ああ…驚いただけだ…」
衛兵に連れて行かれる刺客の背中を呆然と見る柳を支えるように腕を掴み赤也が伺う。
驚いているだけで恐怖、といった様子は無い。
むしろ先日自演した暗殺未遂の時の方が怖がっていたように思える。
「よかった…何ともなくて」
口先だけでなく、真実なのだろうと赤也は安堵した。
しかし誰もが油断してしまった次の瞬間、別の方向から近衛兵が襲い掛かった。
柳に視線を注いでいた為、背後からの襲撃にすぐに応戦はできなかった。
「赤也!後ろにっっ!」
真田の声に振り返った時には、剣を振りかざす兵が目の前にきていた。
「チッ…!!!」
赤也は咄嗟に庇う事が出来ず、柳の体を思い切り突き飛ばした。
その方向に偶然立っていた柳生がその体を受け止める。
「大丈夫ですか陛下っ」
「―――っっ!」
「陛下!お怪我は?!」
騎士団の中から真っ先に幸村が駆け寄った。
体勢を崩し、柳生に傾れかかる柳を助け起こす。
「あ…あかや…?赤也は?!」
幸村の問いなど耳には入らないといった様子で柳が辺りを見渡す。
そして視界に入る光景に、目を疑った。
赤也の脇腹を裂く鋭い銀が赤く染まっている。
「……っ―――っざっけんなっっ!この程度で…やられっかよ!!」
赤也はすぐに身を引き、一瞬のうちに刺客に飛び掛り、胸を貫いた。
呻き声を上げながら血の海に伏す姿を見下ろし、赤也は怖ろしい程に冷たい視線を送った。
しかし赤也も刺された腹を押さえ、刺客の後を追うようにその場に倒れた。
「あ…かや…赤也っっ!!!」
「お待ち下さい陛下!」
止めようとする真田の腕を振り払い、柳は赤也の元へと駆け寄った。
「ぐっっ……」
苦痛に顔を歪め、どくどくと脈打つように血を流す腹を押さえる赤也の手に、柳は何の躊躇いもなく自らの手を添えた。
「大丈夫か赤也…っ!しっかりしろっ!!」
先刻刺客に襲われた時は顔色すら変えていなかったというのに、真っ青な顔で赤也の顔を覗きこむ。
そんな柳の様子に、見上げる赤也が嘲るように言った。
「へへっ……何て顔…してんっスか…」
「赤也…」
「アンタが……望んだ事でしょ?………俺は…本望っス…よ」
ぜいぜいと苦しそうな息を立てながら微笑み、小さな声で呟く赤也に柳は何も言えなかった。
そう、これは望んでいた、否、予想していた未来なのだ。
自らの命を差し出し守れと、そう言ったのは他ならぬ自分なのだ。
近いうちに起こるであろうという事は解っていた。
だが想像以上の気持ちが柳の心を掻き乱す。
「赤也…?おい…赤也?!」
何も言わなくなった赤也の体を揺さぶるが、反応をしない。
黒衣すら染める鮮血は、まだ無遠慮に赤也の腹から流れ続けていた。
望んでいた未来が、今目の前へとやってきてしまったのだ。
ガタガタと柳の体に震えが走った。
それを振り払うように頭を振り、顔を覆うベールを脱ぎ捨てると兵へと向き直った。
「衛生班っっ!!何をしている!早く御匙のところへ!!!」
思わぬ勅命に近衛兵達が動揺し、ざわめき始める。
平素、女王は必ず騎士を介して兵に命を下す。
身分の低い兵と女王が直接言葉を交わすなど許されないからだ。
しかし腕の中で動かなくなってしまった赤也に、完全に冷静さを失ってしまった柳は目下の兵に向けて怒鳴った。
誰もが見た事のないその姿に驚愕し、動けないでいた。
「落ち着いてください陛下!この者は私が連れて行きます!」
真田に肩を掴まれ、ようやく我に返り柳は口を噤んだ。
「幸村、後の処理は頼む」
「…解った」
赤也の体を抱き上げ、真田は王宮の中へと消えていった。
そして近衛隊の衛生兵たちがばたばたと足音高く後に続く。
「さ、陛下も…」
座り込んだままその方向をいつまでも眺めたままでいる柳を気遣い、柳生が手を差し出す。
それを見て幸村は努めて冷静に指示を下した。
「柳生は陛下を部屋まで。ジャッカル、護衛に」
「解った」
「俺とブン太、仁王はこいつの後処理だ」
「OK」
剣の切っ先で汚い物を扱うように刺客の骸を示す幸村に、丸井と仁王が頷く。
女王暗殺は、たとえ未遂であっても大罪には違いない。
周囲の者全てが捕らえられる事になる為、大仕事となる。
だが今はそんな事よりも気がかりなのは、柳の尋常ならぬ様子だった。
柳生に抱えられるように支えられなければ歩けないほどに動揺している。
そんな姿に幸村の中で一つの可能性が確信へと変わった。


【続】

 

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