セト3-2


その騒動から十日後。
王宮での仕事がひと段落した幸村と真田も離宮へとやってきて、久々に騎士全員が揃う事となった。
来て早々幸村は、相変わらず書庫から出ようとしない柳を半ば無理矢理に外へと引きずり出す。
ついて来ようとする赤也には別の仕事を言いつけ、幸村は柳と二人きりで庭に出た。
ここは町では滅多に見る事の叶わない植物が沢山植えられていて、砂漠における生命の息吹を象徴する場所だ。
ゆったりと時間の流れる空間で、二人はゆっくりと歩き、植物を愛でながらここに移り住んでからの話をする。
「どう?少しは息抜きできてる?」
「まあ…そうだな。二十四時間の監視はあるが王宮よりはゆっくりさせてもらっている」
「へえ、監視とも仲良くやってるんだ。よかった」
「仲良く、というには語弊があるな」
言葉を含ませる柳の真意を見抜いた幸村は、ニヤリと唇を歪める。
「安心した。俺の言いつけ守ってくれたんだ」
「ああ。しかしあちらがどう思っているかなど火を見るより明らかだな…このままいけば思惑通り、その身を盾に俺を守ってくれるだろう」
庭園の端に位置するバラの花壇は柳のお気に入りだった。
その前に差し掛かり、二人は自然と足を止め、花を見下ろす。
むせるような濃厚な香りを放つ真っ白な花弁に指を這わせながら、柳は蠱惑的に笑んだ。
「単純なものだな、奴を動かす事など。まあ上手く動かなければこの身の貞操など
一つや二つやっても構わなかったんだがな…それより先に俺に傾倒したようだ」
「けどそれが本当なら、この事を知ったら相当ショック受けるだろうな」
「知った事か。奴が命を落とそうが、俺には関係ない。むしろ命をかけて俺の身を守れた事を喜ぶのではないか?
それに三等身分出身でありながら女王を守った英雄として祖国の礎となるのだ。この上ない名誉だろう?」
フッと悪い笑みを浮かべ、冷たくそう言い放つ柳に、流石の幸村も肩を竦めた。
相変わらずの非情さだ、と。
「まあ…とはいえ確信を持てなかったのでな…一計を案じたんだ」
「どんな?」
浮かべる笑みは相変わらずのもの。
幸村には相当の事をしたのだろうと安易に想像がついた。
「ベッドにデスストーカーを忍ばせておいて、派手に驚けばどうするか試してみた」
「うわっ…本当に?刺されたらどうするつもりだったんだ?」
「本物を使うわけがなかろう。だいたい手に入らんだろう、この国では。研究所で飼っていたよく似た種だ」
その言い方では手に入れば本物を使うつもりだったのか、と言いたかったがあえて先を促す。
「それで?」
「忠実なナイトは身の危険を顧みず助けてくれたぞ?」
「そう。まああんまり虐めてやるなよ」
楽しそうに笑う柳に、それもまた一つの方法かと幸村は納得した。
だが、
「今の話…どういう意味ですか……?」
バラの園の向こう側から思わぬ声を聞き、二人は驚いて顔を跳ね上げた。
まさか聞かれているとは思っていなかった。
具体的に名前を言っていたわけではない。
しかし誤魔化しようも無い程に二人の会話が指し示す人物はただ一人。
「…赤也……お前聞いていたのか?」
幸村の声に引き出されるように、丁度胸の高さ程あるバラの植え込みから赤也が現れる。
その表情は暗く、酷く傷ついたものだった。
しかしそれに追い討ちをかけるように柳は口を開いた。
知られてしまった以上、誤魔化すわけにはいかない。
事の次第を話し始めた。
「聞いた通りだ。お前はその身をもって俺を守る為に騎士団に入れた。
常に刺客に狙われている俺の護衛で大事な友人を殺すわけにはいかないだろう」
「俺は…死ぬ為に選ばれたって事ですか……」
「違うな。俺を守る為に選ばれたのだ。それがたとえ命をはる結果となったとしても、という意味ではそれも否定はできんがな」
「……最初から…捨て駒だったって事っスか!!」
「ああ、しかし犬死はするなよ。しっかり俺を守って貰わねば困る」
信じられない。この人は、あの理想の国を語る優しい女王と同じ人物だというのか、と赤也の瞳に絶望が映る。
だが柳は容赦なく現実を叩きつけた。
「あんな事して俺を試したんですか?!」
「……そうだ。口先だけの忠誠心では困るからな。だが安心した。お前が口先だけの男でなくて。
これからも俺に尽くし、命をかけて守ってくれよ、赤也」
口調の優しさと、薄く浮かべられる慈愛に満ちた笑みに騙されそうになるが、
しかし、柳が言っている事は非道そのものだった。
呆然と立ち尽くす赤也と、横で黙って見ていた幸村を置いて、柳は宮殿の中へと戻っていく。
その背中が完全に闇に溶け込むのを確認し、幸村はゆっくりと赤也に向けて口を開いた。
「…赤也。どうする?」
「………何がっスか」
このあまりな現実に泣いてしまうかと思っていたが、意外にも赤也はしっかりした声を返す。
幸村はそれに少し安心し、言葉を続けた。
「あいつの言った通り、お前の特例人事は…命に代えてでもあいつを守る為のものだ。
しかし…真実を知ってしまった以上はやり辛いだろう?今からでも王宮に戻るか?」
流石に怖気づいただろうと、幸村はあまり見せない酌量の心をみせる。
今、柳は命の危機に晒されているのは事実。
この離宮がいくら安全といえど、いつ狙われるかもしれない状態なのだ。
そんな中で、命をかけて守るという事がどういう意味をもつのか、幸村も赤也も心に重く響く。
「あの人が…自分の所為でアンタ達を殺したくないから…選ばれたんっスね……俺は…」
「そういう事になるな」
あっさりと肯定されるが、赤也がそれ以上何か衝撃を受けている様子はない。
むしろ、どんどんと冷えるように態度が静かになっていく。
「それで…俺が抜けたらどうなるんっスか」
「また別の奴を…三等身分出身の衛兵から騎士団に入れ、護衛につかせるだけの事だ」
代わりはいくらでもいる、と言われ赤也の顔が歪んだ。
しばらく考える素振りを見せたが、不意に赤也は踵を返す。
慌てて追いかけ、幸村はその肩を掴んだ。
「おい、まだ答えを聞いてないぞ」
「そんなの…決まってるじゃないっスか」
諾否について明言はしない。だが赤也の決心は充分に幸村に伝わった。
「そう。だったら、これからも蓮二をよろしく頼む」
「言われなくても解ってますよ」
噛み締めた唇を震わせ、赤也は射抜くように真っ直ぐ幸村に視線をやった後、柳の私室へと続く回廊へと姿を消した。


【続】

 

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