セト2-1
女王が王宮に戻りひと月が経った。
当初戸惑っていた赤也もようやく禁裏付騎士団の一員としての生活に慣れ、
風変わりな女王とそれを囲む者達とも上手く付き合えるようになってきた。
離宮から離れたがらない柳が今回戻ってきた理由を聞き、赤也は高揚した。
新たに加わった騎士に爵位を与える儀式を行う為にやってきたのだ。
多くの近衛兵達の賞賛と嫉妬、大臣達の好奇の視線を浴びながら、
柳の母親である女大公とその王配である柳の父親の前に立ち、女王である柳から階級章を配される。
先日まで下町でつまらない毎日を繰り返していた自分が、ついにここまでという気持ち。
そして大勢の前で自分にだけに注がれる期待に満ちた柳の視線が赤也を幸福の絶頂へと押し上げる。
そんな様々な思いの渦巻く授与式も終わり、柳が再び離宮へと帰る事が決まった。
幸村、真田の両名は王宮に残り軍を統率しなければならず、離宮へ行くのは残りの者だけとなった。
離宮がどれほどに良い場所なのか赤也は知らないが、盛大に羨ましがる幸村の様子に余程素晴らしい場所なのだろうと予測した。
柳について離宮に移り住む事になった為、赤也は荷造りをしながらそこが一体どんな場所なのかを尋ねる。
「離宮?あー…こんな広くねーし大していい場所じゃねえぜ?一応静養地って名目だから過ごしやすくはあるけど」
「離宮言うてもこの町外れにあるだけやし大した距離移動するわけやないしな…こことそんな変わらんぜよ」
丸井と仁王は何かを思い浮かべるように視線を上げて頷き合う。
では何故幸村はあのように羨ましがっていたのだろう。
「まあうるせー大臣やら人数ばっか豪勢な鬱陶しい近衛兵いねえ分楽できるけど」
「それでか…」
赤也は丸井の意見に酷く納得し、荷造りの手を再び動かし始めた。
幸村は平素より近衛兵たちをアホ人形呼ばわりしていてあまり好ましく思ってはいなかった。
所詮お飾りの、王国の富と繁栄を示す為だけに家柄で集められた近衛兵より現場叩き上げの衛兵たちを良く褒めていた。
その上無駄を嫌う柳も近衛連隊の存在理由を理解できないのかよく苦言を吐いている。
ならばなぜ制度を廃さないのか、それは次代の為だと柳は言う。
所詮自分は次の女王が即位するまでの繋ぎのようなものだから、
全ては次代が滞りなく国を統べる為の地盤を整えたままにしておかなければならないから廃さない。
廃せないのだ。
そして柳は華美な事も嫌っていた。
黒い馬車も簡素な私室も全ては柳個人の望んだものだった。
普段は赤也達と変わらない白の平服を身に纏い、女王の顔を知らない兵卒などは王宮詰めの学者か何かと間違いそうなものだ。
今日も平服で王宮の図書室をうろうろとしているところを柳生に見つかり、思い切り叱られていた。
護衛付きならば図書室に行くのは構いませんが人前に出る際はきちんとした身なりでお願いします、と。
「これだから王宮は嫌いなんだ…好きな事もできん」
図書室からの帰り道、珍しく不平を口に出す柳に護衛についていた幸村が笑う。
「それも今日まで。明日からはある程度の自由があるじゃないか」
「ある程度、な。離宮といえど完全に一人になれるわけじゃない。息苦しくて敵わん」
ひらりと掌を返し、柳はうんざりと表情を歪める。
「その為に寄越したあいつはどうだ?」
「赤也か?そうだな…意外と使えるといったところか……まだ何とも言えんが…
扱いにくいタイプではないな。凡そこちらのデータ通りに動いてくれる」
「そうか。上手く手懐けたんだな」
実は赤也の異例の抜擢に関しては柳個人の為であった。
息詰まる王宮で唯一の安息である騎士団の面々は友人として柳にとってなくてはならない存在だ。
だがその階級の高さから他の用向を命じられる事も多く、柳の側を離れる事も多い。
皆佐官以上の位であり、家柄も申し分ない。
そして常に女王の側に仕えている存在として女王の意向を伝える事が出来る為、
実質は女王を守るナイトとしてだけでなく外交官や大臣との間を取り持つ役割も兼任していた。
むしろ最近はその比重が大きくなっている。
その為常に側に置ける存在を探していた時、赤也に目が止まった。
群を抜く実力と素直さ、向上心、そして決して柳を飽きさせないであろう予想外の行動の数々。
この珍獣は間違いなく蓮二のお気に入りになるよ、そう言って幸村は柳に任命要請を申し立てた。
軍の人事決定権は幸村にあるが、騎士となれば話は別だ。
最終決断を下すのは柳本人である。
任命するのは離宮に赤也を呼び立てて品定めをしてからでも構わなかったのだが、長年連れそう友の言葉を柳は信じた。
そして王宮に戻り、案の定一目見て気に入った。
何と面白い奴なんだ、と。
好奇心一杯の瞳を遠慮なくぶつけてくる珍獣は友の言葉通り間違いなく自分を飽きさせないだろう。
平民出身者と聞き、貴族ばかりを見てきた柳にとってはそれも新鮮だった。
側に置けば市井の者の直の意見も聞けるかもしれない。
そう思い、柳は赤也に爵位を与える事を迷わなかった。
そしてもう一つ。
赤也には重要な任務があった。
他の騎士達には絶対にできない、重要な。
「恐らく俺の期待を裏切る事無く働いてくれるだろう…最後まで」
一瞬浮かべた薄い笑みを幸村は見逃さなかった。
彼を気に入ったようでよかった、と胸を撫で下ろす。
上手く事が運ばなければ何の為に五月蝿い大臣達を黙らせてまで赤也を禁裏付騎士団に入れたか解らない。
「そうだな…ま、あまり深入りさえすえれば大丈夫だ」
「深入り?」
「そう。君は一旦自分の内側に入れた人間は何があっても離そうとしない。その代わりそうじゃない人間には容赦ないけどね。
だから奴には決して深入りするな。解ったな?」
「案ずるな。俺を誰だと思っている?」
「…そうでした…鋼鉄の棘を持つバラの女王陛下?」
揶揄するような幸村の言葉に柳がふっと唇を歪めたところで会話は終了した。
【続】