セト13-1
忌々しいほどに騒がしい宴が繰り広げられている王宮のダンスホールの隅には正装を身にまとった幸村と真田がいた。
"体調が優れない"親王の名代としてパーティに参加する為だ。
先代が他国に捕えられようとしているというのに、呑気な事だと半ば呆れ気味に華やかな装いの王族達を睨む。
あの食い意地の張った丸井ですら食欲がないのだと言ってこの豪華な料理を目の前にして欠席しているというのに。
本当は幸村も欠席したかった。
だが一つ使命があるとその出席者に近付くタイミングを計っていた。
「幸村」
「何?」
列席者の群れを眺めていると、不意に真田に話し掛けられる。
しばらく何かを言い辛そうにしていたが、幸村に視線で急かされ口を開く。
「その、あまり野暮な事は言いたくないのだが……蓮二と赤也を二人にして大丈夫なのか?」
「本当に野暮だな。お前、二人の閨を警護するつもりか?」
それは御免被ると隠す事なく顔に出す真田を見て、幸村はそれまでの厳しい表情を崩して笑った。
「大丈夫じゃないけど……今だったら後悔もないんじゃないか?もしもの事があったとしても、二人なら…二人一緒なら…」
「しかし!!……あ…いや、そう…だな…うむ…そうだ」
不吉な一言を否定しようと声を荒げたものの、それもまた二人の運命なのかもしれないと真田は口をつぐんだ。
「心配しなくてもあの二人は心中なんて無意味な事はしないよ」
生きている事以上に大きな意味などない。
それはたとえ遠く離れていたとしてもだ。
その事は二人ともちゃんと理解していると幸村は思っていた。
神妙な面持ちで頷く真田を見ていてすぐには気付けなかったが、この馬鹿げた宴に出席した理由とも言える人物がすぐ隣まできていた。
「やあ、久しぶり…と、いう程でもないか」
「閣下……お久しぶりです」
一応国の公式行事とも言えるこの宴には諸国の要人もやっていきていて、乾もそのうちの一人だった。
繋がりはあるとはいえ、一介の武人が国の最高権力者になど易々とは近付けない。
どう話し掛けようかと模索している間に相手からの接触があった。
「蓮二の姿がないけど、どうかした?」
「殿下は体調が優れないとの由でもうお休みになられました」
「そう、か…残念だな。お大事にと伝えておいてもらえるかな?」
「はっ」
そんな事は方便だと相手も理解しているようで、上辺だけを這う言葉が乾から出る。
「…それに、切原君だっけ?彼の姿もないようだね」
「彼らはすでにナイト爵を返上しましたから。一近衛兵はこのような公式の場には出ません」
赤也を除く者達は新たに近衛兵や衛兵の小隊を率いる隊長となっていた為、ここにいても何ら不思議はない。
だが幸村はわざわざ彼ら、と言いそれが赤也だけでない事を強調する。
こんな風に、思ったように会話が進まない事に乾は多少動じながらも話を変えてきた。
「それにしても、君達は本当に主人思いなんだね。近年はそのまま次代に仕えるっていうのに」
「我らが主は親王様ただお一人……それに近衛兵の中には優秀な者が数多くおります。彼らに責任あるポストを与える事も上官としての務めです」
「なるほど、その通りだな」
こんな世間話のような事をしたいわけではない、と幸村は心の中で舌打ちした。
だが言葉を選ばなければ一触即発である外交状況が悪化するかもしれない。
そう考えれば不用意な発言は避けなければならないのだ。
もどかしい世間話をしばらくしていたが、他へと挨拶にいかなければならないと言って乾は退席しようとした。
だが、ああそうだ、とすぐに足を止める。
「すまなかったね、うちの部下が無粋な真似をして」
「何の、話でしょうか…?」
「蓮二を心配する俺に気を使ってか随分と乱暴な事をしていたようだね…けどもうそんな事がないようにちゃんと言い聞かせておいたから安心してよ。
もう誰も傷つけないよう厳重注意しておいた」
「つまり…あの事故の数々は、閣下の存ぜぬ場で行われていた事だと…?」
「俺が命令したと思ってた?酷いなぁ」
そんなわけがないと軽い調子で笑いながら言うが、信用できるはずもない。
幸村は睨みつけそうになるのを抑え、頭を下げる。
「…大変失礼いたしました」
「いや、気にしてないから。じゃあ俺は行くけど、蓮二によろしく伝えてくれ」
「はっ」
「輿入れまであと三日…楽しみにしてるからね」
部下を連れ悠然と歩いていく乾を頭を下げたまま見送り、人ごみに消えるとすぐに幸村はきびすを返しホールを後にする。
真田はその後ろを慌てて追いかけた。
そして二人は肩を並べて静かな回廊を抜け、元騎士達が詰めている長官室へと向かう。
「お疲れ、幸村。真田」
扉を開け中を見ると、まず扉のすぐ側にいた桑原が手を挙げて労う。
続けて部屋の中にある椅子に座っていた丸井と仁王も手をひらひらと振る。
「あーもームカつくなー」
幸村は軽く手を挙げて返した後礼服の首元を緩め、窓際にある執務用の革の椅子にどかりと座ると、足を行儀悪くデスクに乗せた。
こんな風に機嫌の悪い幸村は珍しくないが今日は殊更だと思い、皆とばっちりを食らわないよう一定の距離を置く。
「ジャッカル、酒」
「はっ?!さ、酒?!」
「こんな最悪の気分晴らすにはそれが一番だ」
だがいつ近衛兵を召集せよと呼び立てられるか解らない状況で隊長が酔っぱらうのはマズイのではとオロオロする桑原に真田がそっと耳打ちする。
「俺が指揮官代理として待機してよう。幸村に酒を用意してやってくれ」
「あ、ああ…解った」
言われるままに部屋を出ようと扉に手をかけた瞬間、ひとりでに開くそれに驚き桑原は一歩引いた。
そしてその先から現れたのはワゴンを押した柳生だった。
「お食事です、皆さん」
タイミングよく現れた彼はパーティに出されていた料理だけでなく、抜かりなく酒も準備している。
それまで大人しくしていた丸井も、目の前に置かれれば腹は減るのだと言って運ばれてきた料理に飛びついた。
「さあ、幸村君も食べて下さい。空きっ腹にお酒なんていけません」
「…ありがとう」
差し出される皿を受け取り、少しずつ食べる幸村を見届けてから柳生は葡萄酒の入ったグラスを渡す。
「柳生、お前パーティに出なくていいのか?」
椅子に落ち着き、一緒になって食事を取る柳生に驚いたように幸村が尋ねる。
「ええ、陛下はもうお休みになられましたし……大公様が皆と共に蓮二の側にいてあげてほしいと命を下されましたから」
「蓮二の…母上が?」
「はい。大公様も……柳君をとても心配なさっています。この外交や大臣の横暴には腹を据えかねているのだと私に明かしてくれました。
だから、今はひとまず国を落ち着ける為にヘベの言う通りにするが、必ず蓮二を祖国に返すよう話し合うと…」
「へぇ!やったじゃん!大公様がそう言ってくれんなら百人力じゃん!な、幸村!」
丸井の上げる歓喜の声に幸村もその言葉を実感し、ようやく少し機嫌を上向かせる。
国の現行の法律により、一度位を廃した王が再び王位に就く事は出来ない。
だが現女王の補佐役として実質国の最高権力者に返り咲いたかつての女王は、位を冠していた頃と何ら変わりない手腕を見せてくれるはずだ。
未だ絶大なる影響力のある人物の国政への復帰は何より心強い。
今は何かと理由をつけて柳の足元を掬うような事ばかりしている大臣達も好き勝手する事も出来ないだろう事は必至だ。
「そうだな…俺もこんな事ぐらいでイライラしてないで、少し冷静になるよ」
だが今日だけは無礼講に、とグラスを早々に空けて二杯目の酌を要求した。
【続】