セト12-2

日を追うごとに不穏な気配は増していき、ついには敵が姿を現すようになった。
特別な訓練を施された暗部の者のようで、やはりこの国の者ではないらしい。
仁王の部下以上の能力を持った暗殺者が闇から闇へと渡り、柳の命を狙っている。
騎士団の者達は雑用の全てを部下に任せ、24時間態勢での警護に入った。
それでも脅かすような気配を醸し出すだけで、決定的な行動を起こさないままに時間だけが過ぎている。
なるほど、そういう事かと幸村は思った。
こうして神経をすり減らす行動を起こし、早く柳を寄越すように仕向けているのだ。
だがそんな事はさせてなるかとなるべく柳の負担にならないよう努めた。
そしてせめて眠っている時は安心させようと、寝室には赤也だけが入り、他の者が交代で上階に詰めるという形で過ごしていた。
「飲みますか?」
赤也がライティングディスクに置いてある葡萄酒の入ったグラスを差し出すが、柳はそれを拒んだ。
「それより何か…温かいものを飲みたい」
「じゃ、上行ってお茶か何か淹れてもらってくるっス!すぐ戻るんで!」
目を離すのは心配だったが、ここからでは声も届かない。
赤也は急いで上階へ向かい、扉のすぐ側にいた柳生に何か温かいお茶を淹れて持ってきて欲しいと伝えてすぐに戻った。
だがその目を離したほんの数十秒の間に事態は急変していた。
「あ……赤也…」
「どっどうしたんっスか?!」
扉のすぐ側でしゃがみ込みガタガタと震えている柳に驚き、肩に手を置いて顔を覗き込む。
顔は真っ青で何かに怯えきっている事に何があったのかと部屋を見渡す。
すると部屋に張り巡らされた溝に黒い影を見つけ、それが何であるかを確認する為に近付く。
途端に飛び掛ってくるそれを咄嗟にかわし、腰に下げていた剣を抜くと応戦する為に体勢を変える。
そして目に飛び込んできたのは不気味な模様の大きな蛇だった。
よく見れば一匹や二匹ではない。水路に蠢く十匹以上のそれらを順に切りつける。
真っ二つに裂いてなお動いている蛇の亡骸が綺麗に磨かれた床にボトボトと落ちた。
全てを殺した事を確認すると、血に塗れた剣を床に捨て柳の元へと駆け寄る。
「柳さんっ!何があったんっスか?」
黙って顔を伏せたまま只管首を横に振るだけで埒が明かない。
根気強く何度も尋ねると、漸く震える唇が言葉を紡いだ。
「突然……流れ出てきたんだ………水路から…突然…黒い塊が…」
「何で…どっから来たんだ?……あぁ…けど、よかった。怪我、ないよね?」
体の隅々まで確認してどこも怪我をしていない事に安堵していると、柳が酷く驚いた表情をしている事に気付いた。
「柳さん?どうかしたんですか?」
「お前………信じて…くれるのか…?」
「何がですか?」
全く意味が解らないときょとんとする赤也の表情に、それまで震えているだけだったというのに突然柳は涙を見せた。
「なっ、何で泣くんっスか?!えっ、俺何かした?!」
「違う…違うんだ…」
「なっ何事だ?!」
涙声で呟かれる小さな否定の声は、丁度ハーブティーを運んできた真田の絶叫によりかき消されてしまった。
だが真田の反応は尤もで、室内の惨状に何があったのかと説明を乞うより先に上階へと他の者達を呼びに行った。
「柳さん…?ほんとに…どうしたんっスか?」
本格的に泣き出してしまった柳を必死に慰めていると、突然頭上でする冷ややかな幸村の声に体を跳ねさせた。
「あーかや………何蓮二泣かせてるんだ?」
「げっっっ!!ちっ違います!違いますよ!!俺の所為じゃないっス!!」
「蓮二が何もなくこんな風になるわけないだろう?」
「そっそうだけど…ねぇマジでどうしたんっスか?!はっきり言ってよ!!このままじゃ俺絶対殺されるっス!!!」
それまでは柳の様子を伺いながら探っていた赤也も身の危険を感じ、少し乱暴に肩を揺すりながら尋ねた。
しかし柳はなかなか口を開こうとしない。
その強情に業を煮やした幸村は先に部屋の掃除をしようと言って他の騎士に掃除道具を取りに行かせる。
赤也と幸村以外のいなくなった室内に、ようやく柳が語り始めた。
「以前……俺がした…赤也を、欺いた時の事を…思い出したんだ……まるであの時のようだと………だから…っ…」
「また自演したって、思われたらどうしようかと不安になったんだな…」
涙で言葉の途切れてしまった先を補うように幸村が優しく声をかけると、遂に柳はしゃくり上げて泣き始めてしまった。
赤也がまだ騎士になったばかりの頃、その身を呈して守るという言葉を試す為にした自作自演の暗殺未遂事件。
それも今回と同じような状況だった。
柳はその時の事が頭に浮かび、今更ながらに不安にかられてしまったのだ。
もし、もしも赤也があの時の事を思い出し、少しでも疑念を抱いたら、と。
だが赤也はそんな事など全く頭に残っていなかったようで、今回もあの時と同じように、否、それ以上に心配をしてくれた。
「蓮二は…この訳の解らない事では泣かなくても……赤也が何の疑いもなく信じてくれた事が、泣く程嬉しかったんだな?」
その言葉を聞いた赤也は、両手で顔を覆い何度も頷く柳の肩を抱きしめる。
「アンタ…馬鹿だろ……どんだけ一緒にいたと思ってんっスか…あん時の怯え方と今と、全然違うじゃん…
もう見りゃ解るって…アンタの事。嬉しいとか悲しいとか怒ってんのとか…全部ちゃんと解ってますよ」
抱きしめて優しく何度も背中や髪を撫でると漸く落ち着き始めた。
そして小さな涙声がありがとうの音を紡ぐ。
「後始末は俺達でやっておくから、蓮二はもう眠った方がいい」
「ああ……そうさせてもらう…」
様々な感情に一気に翻弄され、疲れた表情を見せる柳をベッドに連れていくよう幸村は赤也に目配せする。
赤也はその命に黙って頷き、まだ冷たい床に座り込んだままの状態だった柳を立ち上がらせてベッドへ連れていった。
「……赤也…」
「大丈夫ですよ。朝までずっとこうしてますから」
布団に入った後も、まだ不安そうな表情の柳の手をそっと握り、何度も髪や頬を撫でると、柳は漸く表情を緩めた。
そして柳が眠りに落ちた頃、部屋の掃除を終えた幸村がベッドの側へとやってくる。
「ジャッカルからの報告だと…この部屋に水を引いている水路に人が入った形跡があったらしい。恐らくはそこから蛇を入れ込んだのだろう」
「そうっスか…」
「だがここの事は乾はよく知らないはずなんだ。あいつが住んでいたのは王宮だからな…
だからもしかすると…反王室一派の残党がヘベに情報を流しているのかもしれない」
「……ぜってぇ許せねー…」
外からも中からも狙われ、こんな場所に大切な人を一秒も置いておきたくない。
だが逃げるわけにもいかないのだから守るしかないのだ。
否、守りたい。
絶対に、何があってもだ。

【続】

 

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