セト12-1
国を跨いでの大々的な輿入れは準備にも時間がかかるだろうと、柳がヘベへと行くのは月が変わってからとなった。
「フロレアールはこの国で過ごせるのは有難いな……まぁ、花月など、向こうでは年中と聞くが」
間もなく終わりを告げるセトの花暦。
離宮の庭に咲く花もそろそろ枯れ始めている。
そんな色褪せてゆく庭を臨みながらポツリと呟く柳の背中に、赤也はかける言葉を見つける事ができない。
「……だが誕生日は向こうになる、か…」
「え?あ、そっか。祝日だ!」
女王の生誕祭は代々国民の祝日となる為に赤也も知っている事だった。
だが王宮に勤めるようになってからは休みなどあってないようなものだったので特に気にしなくなっていた。
「公式行事以外にも毎年あいつらが祝ってくれていたが…今年はそれもなしだな」
「おっ俺がっ!俺が祝います!皆の分もっ」
「……赤也…」
セトの出した数々の条件のほとんどは受け入れられ、赤也も無事従者としてヘベに行く事を許された。
他の者は国に残り、柳の抜けた穴を埋めるべく現状維持となった。
新女王の即位式を間近に控え、静かに過ごす柳とは違い騎士団は慌しくその準備に追われていた。
赤也だけは変わらず柳の側にいたが、ヘベに行くと決まってから落ち込んでいるかと心配していたが、
時折こうして少し淋しそうにしている以外は始終穏やかだった。
それが逃れられない運命を受け入れた後も周りに心配をかけないようにと無理をしているように感じて居た堪れない。
だからせめて、少しでも元気になれるようにと赤也はいつも以上に明るく振舞っていた。
その気遣いに柳も当然気付いていて赤也の側から離れずに、残り僅かな祖国を静かに過ごしている。
だが以前は二人だけの空間だった私室の前にはヘベが用意した軍人が警備として立っていた。
帝国元帥が迎える大切な"花嫁"に何かあってはならないと警護すると言って、頼んでもいないというのにやってきたのだ。
当然幸村はそれを断固として許さないと言ったが、受け入れられないのであればヘベへ連れて行く日を早めると言われ仕方なくそれを受け入れた。
故にそれまで見知った者ばかりであり、居心地のよかった離宮が酷く落ち着き無い場所となっている。
今も部屋の外で屈強な男が二人立っているはずだ。
なるべく気にしないようにはしていたものの、やはりあまり気分のいいものではなかった。
そわそわと扉の外を気にしていると、俄かに騒がしくなり誰かやってきたのだろうかと柳が外を覗こうとする。
だがそれを制し、赤也が扉を開けた。
するとそこに立っていたのは幸村と真田だった。
いままでならば何も無く入れていた部屋に入ろうとしたところを止められ悶着が起きていたのだ。
「何だ、騒がしい」
「れ……陛下」
他人の前だ、と慌てて姿勢を正す幸村や真田に一瞥をくれた後、柳はやれやれと溜息を吐き警備の男に向けて鋭い視線を送る。
「騎士団の者は無条件にこの部屋に入れる事となっている。いちいち止めなくてもいい」
「し、しかし」
「お前達が閣下に何を言われてここに来ているかは知らんが、ここにいる限り俺はこの国のやり方でやらせてもらう。
それが受け入れられないというのならば、俺はお前達には暇を出そう。この国に治外法権はない。
ここにいるのならばこの国の法で裁かせてもらうから、そのつもりで。
この国では俺が絶対であり、俺に就き従う彼らも同位であるのだからお前達如き、本来口も利けない雲の上の人だという事をよく覚えておけ。
ああ、それから、そんなに警護がしたいのならその辺でもうろついていろ。ここにいられては迷惑だ」
言いたい事を言い切り、幸村達を部屋の中に入れると柳は扉を勢いよく閉めた。
足音が遠ざかるのを聞き届け、幸村は忌々しそうに扉を睨みながら言い捨てる。
「ほんと迷惑だな、あいつら」
「まあ彼らも職務を全うしているだけだからこれまで黙っていたが…いい加減俺も鬱陶しく思っていたから丁度よかった」
表情には出ていなかったがやはりそう思っていたのかと赤也はこっそりと溜息を漏らした。
薄々解っていたが自分にはどうにも出来ずに手を拱いていただけだったのが悔しい。
だが今何か問題を起こしては恐らく何か理由をつけてヘベには連れて行ってもらえなくなる。
それだけは絶対に避けなければならないと赤也はいつも以上に気を張っていた。
「赤也、変わった事は?」
「あ、え?ああ、いや、今は特に…変な気配もないです」
「そうか…俺の杞憂ならばいいんだけどね……」
「また何か感じたんスか?」
黙って頷く幸村は険しい表情のままだ。
ヘベの者が離宮に出入りするようになって以降、幸村はここで妙な殺気を感じるのだと言って聞かないのだ。
それこそ、以前暗殺者に狙われていた頃のような、嫌な空気があるのだと。
いつも側にいる赤也も、確かにピリピリとした空気を感じていたが、それも見知らぬ人間が無遠慮に自分達の領域に入ってきた事によるものだと思っていた。
「とにかく、蓮二の身の安全を第一に考えて動いてくれ。あいつら、何をしてくるか解らないからな」
「解りました」
「お前もだぞ、赤也。いざとなれば身を盾にと考えているのだろうが…そんな事は蓮二が許さないからな」
それまでの厳しい態度を翻し、冗談めかしに言う幸村に驚き柳の顔を見ると苦笑いしながらそうだな、と呟いた。
「向こうに行ったら蓮二が頼れるのはお前だけなんだから…あまり馬鹿な行動は慎むように。
お前なら身を張らずとも蓮二の事は守れるだろう?何たって、俺の組んだ特別な訓練を最後まで受けれたんだからな」
「えっ…ちょっと待って下さいよ……あれって他の人も受けてんじゃないんっスか?!」
まさに地獄の名に相応しい軍事訓練を受けた日々を思い出し、青くなりながら訴える赤也に幸村はけろりとして言ってのけた。
「するわけないだろ?お前は蓮二の一番近くで守る重責任務があるんだから特別だよ。まぁ、まさか全部遂行するとは思ってなかったけどね」
ふふっと軽く笑いながら言っているが、そんな自分でもやれると思っていない事を人にさせていたのかと胡乱げな表情を隠さない赤也に軽い調子で謝る。
「ありえねぇ…マジでありえねぇ……どんだけ大変だったか解ってんっスか?!」
「でも蓮二の為だって言えば、全部納得だろう?」
「そっ…それは…そうですけど…」
「俺が直々に褒めてやってるんだ。ありがたく受け取れ」
そんな高圧的な態度で褒められても嬉しくはない、と思うものの、滅多にない幸村からの賞賛の言葉は素直に受け取る事にした。
その時だった。
それまでは気のせいだと思っていた気配、殺気を確かに感じ、赤也は部屋の隅に置いてあった剣を手に取った。
幸村や真田、柳も感じたと緊張した空気が流れる。
「……何人いる」
「三…いや、五人だな」
幸村の問いに答えると、真田は柳を守るように前に立ちはだかった。
赤也もその隣に立ち、辺りを見渡すがその姿は見えない。
部屋の外にいるかと幸村が慎重に扉に近付くが、途端にその気配は消え去ってしまった。
「行ったか……捕らえ損ねたな」
剣を納め、ほっと肩を撫で下ろすが少し悔しげに幸村は呟いた。
「一体何なんっスか…」
「解らない。だが、蓮二が狙われているのは確かなようだな」
何故、と赤也は思った。
確かにヘベはこの人を必要としてこんな訳の解らない条件を突きつけて無理矢理に国に連れて行こうとしているのだ。
ならばどうして命を狙うような真似をするのかが理解出来ない。
何か理由が、目的があるのだろうが納得がいかない。
兎に角今がこの調子ではヘベに行った先でどうなるか解ったものではないと赤也は一層に気を引き締めた。
【続】