セト11-3

その日を一日千秋の思いで待っていた。
予定よりも遅れたが、無事に女大公は出産を終えた。
幸村の予想していた通り、内親王が産まれ、すぐにそれは国中に知れ渡る事となった。
その慶事に人々は歓喜したが柳や騎士の面々は複雑だった。
せめて十年、否、数年で構わない。内親王が健やかに成長してから公表すべきだったと思っていたのだ。
内親王が柳のように暗殺されては今度こそ国が傾きかねない。
国中の期待を背負っているのだ、次代の女王は。
だがセトはそんな悠長な事も言ってられない事態となっていた。
ヘベが金銭援助を断ってきたのだ。
金が目的での申し入れではない、と。
「くそっっ!乾の奴…先手を打ってやがったのか!」
提示額が少ないとの申し入れかと思えば提案そのものを否定する回答が返ってきた。
その事を不審に思った仁王が、ヘベが他国と交わしていた電信を盗み見たところ、ヘベはすでに列強の一国と金銭的な契約を結んでいる事が解ったのだ。
「策士じゃの。これで本当に八方塞になっちまったな…」
柳の私室に我が物顔で置かれていた機械はこんな風に使われるものだったのかと妙な感心をしていたが、
あまりに不機嫌な幸村の様子に赤也や丸井はとばっちりを受けないよう少し距離を置いて部屋の隅へとそっと移動した。
こうなった彼の機嫌を直せるのはこの世で柳以外にいない事は付き合いの浅い赤也でも知っている事。
だが今その人物はここにはいない。
真田と桑原を伴い、柳生と共に国政会議に出ていた。
内親王が生まれたという事で、早々に王位を譲るようにと大臣達に迫られているのだ。
思い通りに動かす事の叶わない柳ではなく、まだ何の能力もない赤子を王位に据え、傀儡政治に持っていこうとしている。
ただでさえ対外で面倒が起きて大変なのに、こんな阿呆の相手などしていられないと幸村は会議番を真田に押し付けた。
世界の中で危機迫り国のあり方そのものが揺らいでいる時に、呑気に国内で争おうとする大臣など目の当たりにすれば間違いなく怒鳴りつけてしまう。
否、怒鳴るだけですめばいいがともすれば兵に懲罰を与える時と同じように扱ってしまうかもしれない。
この危機的状況を乗り越えるには、たとえ気に入らなかろうが柳を陣頭に立たせ、
盤石の体勢でなくてはならないというのに身内で足の引っ張り合いをしてどうするのだ。
国の中心がこれではこの国も終わりだ、とイライラしながら幸村は打ち出された暗号文を読み上げた。
もう逃げ道はなくなってしまった。
本当に人を、参謀役を欲しがっての同盟譲歩条件だったのだ。
恐らくは柳が首を縦に振らない限りは乾も引かないだろう。
だがそう易々と彼を引き渡すわけにはいかない。
何か手はないかと考えるものの、そのどれもが乾を納得させるものではない。
幸村はもう一度悔しそうに顔を歪めると机を叩いた。
「赤也……ここへ」
「へっ?!」
全身が凍りつきそうな感覚が赤也を襲う。
いつもの、軍事訓練の時に見せる時以上の迫力で睨まれ、なかなか足が前に進まない赤也を見かねた丸井が勢いよく背中を叩いて幸村の前に押し出した。
緊張で右手右足を同時に出して歩み寄る赤也を見て、幸村は静かに口を開く。
「お前は他の余計な事を考えず……蓮二の事だけを考えてやってくれ。解ったな?」
「はっはい!もちろんっス!」
「ヘベの条件を知れば大臣達はここぞとばかりに蓮二を王位から引き摺り落とそうとするはずだ……そして蓮二を…」
絶対にそんな事は許してはならないと息巻いていると、会議を終えた柳達が部屋に戻ってきた。
「蓮二」
「ああ、精市、そんな顔をするな。大丈夫だ」
いつになく不安げな表情を見せる幸村を宥めるように柳は笑みを浮かべる。
「やはり大臣達は俺を引き摺り下ろそうとしたが…国民審判に委ねると言ったら身を引いた」
「そっか!お前民衆人気高ぇから、そんな奴女王から引き摺り下ろそうなんて知ったら国民は黙ってねぇもんな!」
それまで部屋の隅で縮こまっていた丸井も柳の方へと寄ってきて嬉しそうに声を上げる。
だがそれもいつまで持つかわからないと柳は半ば諦めのような言葉も共に吐き出す。
「あれから色々と策を考えたが…やはり他に道はないようだ……俺が、ヘベに行く以外に…」
「蓮二…!」
言葉を遮るように真田が強い調子で言うと柳は苦しげに表情を歪めた後、無理した笑顔を見せた。
「……大丈夫だ、と言いたいが…どうだろうな。まぁ俺自身に何か酷い事はしないと思いたいが…国の事を思えば……」
「柳…」
「蓮二」
心配そうに見る騎士達を順に見渡し、それまでの不自然な笑顔を消して表情を引き締めた。
「ヘベに言って条件をつけさせよう。それぐらいは飲ませて然りだ。こちらもただで引き下がるとは思っていないだろうから…」
「柳さん…俺を従者として連れて行ってください」
「赤也?!」
突然の進言に驚いた騎士の面々とは対照的に、幸村は表情を全く動かさず、ちらりと視線を送る柳に頷いてみせた。
「本当に……最後まで共に過ごす事になれそうだな、お前とは」
「諦めんなよ!今はこうするしかなくても、絶対ここに戻るんだ!女王は代わろうとこの国にアンタは絶対必要なんだ!!」
未来永劫ここには帰れないような弱気な事を言う柳を叱咤するように必死になる赤也に、それまで険しい表情をしていた幸村も、漸く少し笑みを見せる。
「……そうだな。よし、こう考えよう。相手の手の内を探る為の潜入だと…どうだ?蓮二」
それに触発されるように他の面々も笑みを零した。
そんなに単純なものではない事は誰にも解っている事だ。
だが自ら赴くか、嫌々ながらに出向くかでは意識の差として出てくる。
柳は力強い赤也の言葉に励まされ、自らの運命を呪う事を止めた。
「俺は最後まで諦めない。必ずまた……ここへ戻り、お前達と共に生きよう」
「ああ、俺達も絶対に諦めない。必ずお前を連れ戻そう」
幸村が敬礼してみせると、それに倣うよう全員が約束の敬礼を見せた。

【続】

 

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