セト11-1

軍事同盟と同等の協定、その具体的内容は到底理解の範疇を越えたものだと幸村は床に叩きつけたい衝動を抑えながら乾から渡された書類を握りしめた。
乾が提示した内容、それは現在の国家主席である柳を花嫁として国に迎えたい、というものだった。
「断る!女王陛下を他国に差し出すなど、前代見聞だ!!」
「…その選択肢は、蓮二の意志に反する結果になるんじゃないかな?」
薄笑いを浮かべながら簡単にそう言ってのける乾に、殴りかかりたい衝動に駆られた。
だが幸村は軽い深呼吸だけで気持ちを落ち着け、手にしていた書類を斜め後ろに控える真田に押し付ける。
今日は二度目の会談だった。
最初の謁見と違い、乾が直々にセトへやってきての会議となった。
当然柳にこの話は通しておらず、王宮の無駄に広い会議室で幸村が真田を伴い女王の名代として席に着いた。
これ以上の切り札のないセトの使者にとっては背水の陣といえる話し合いだ。
圧倒的有利な会談の場に余裕の表情を浮かべる姿に思わず舌打ちを漏らしそうになる。
「確かに軍事同盟も、戦争も陛下の望みではない……だが心の拠り所でもある国の太陽たる陛下を、我々国民は失うわけにはいかない」
「大丈夫だろう?蓮二の代わりは、もう間もなく現れるはずなんだから」
「…何の話だ?」
何故それを、という言葉を隠し、本気で訳が解らないといった風を装い幸村は眉を顰める。
しばらくは疑いの目つきを、訳が解らないという表情の幸村と同じ風な真田の間に送っていた。
だが本当に知らないのか、と判断した乾はやれやれと溜息を吐く。
「兎に角、我が国に蓮二のような智将が来てくれればますますの発展となる。もちろん、セトにとってもいいように計らわせてもらうからね、前向きに検討を頼むよ」
予定があるから今日の話はこれまで、と乾は退室してしまった。
次は柳を交えた会談をと所望しているが、こんな話を聞かせられるはずがない。
幸村は頭を抱え大きく肩で息をした後、背もたれに寄りかかり天井を仰ぐと襟元を緩める。
「真田、塩撒いとけ」
「う…うむ」
環にかけて機嫌の悪い幸村に口ごたえなど、いつも以上に更に危険だ。
真田は言われるまま外の衛兵に命じて塩壷を持って来させた。
そして室内の出入り口や乾の触れた物に重点的に塩を撒いていく。
「これ以上引き伸ばすのは不可能だな……蓮二も勘付き始めてるだろう」
「だが!……いや、そうだな……」
「内親王殿下が生まれてから、という事だろう?……解っている。二、三日中にお生まれになるとの事だ」
「それにしても……何故奴はこの事を知っていた?」
真田の言葉に幸村はますます表情を険しくさせ、席を立った。
その様子に何かを察した真田は口を閉ざした。
内通者がいる。それも、女大公のごく身近に。
「…仁王に言ってすぐ調べさせよう。何としても内親王様が生まれる前に捕らえなければ」
「となれば……あいつらにこの事を?」
幸村が頷くのを見届け、真田はすぐに離宮へと使いをやり、赤也以外の騎士を王宮に集めた。
僅か二時間の後、王宮に集まった赤也の除く全員がその常識外れな要求を目の当たりにする事となった。
全員がそれに絶句し、こんなもの飲めるはずがないと憤る。
「公式文書上では蓮二は女性として記されているからな…逆手に取っての提案なのだろうが……こんなもの人質も同然だ。蓮二がいなければこの国が傾くのは目に見えている。それに蓮二の命を盾にされてしまえば…何かと不条理に見舞われる事は必至だ」
「どう転んでもこっちに不利じゃねえか!!」
真田の言葉に手にしていた書類を捻り潰し、丸井は力一杯に床に叩きつけた。
その行動は誰もが起こしてやりたい衝動に駆られていた為、誰一人として丸井を咎めない。
一人冷静さを装っている幸村も流石に感情を抑えきれず苛立ちが漏れ出している。
「道は三つ…軍事同盟を結びヘベと列強相手に戦争に参加するか、蓮二を参謀役として差し出すが…そのどちらも破棄してヘベとの全面戦争をする、か…」
「どの道八方塞がりってわけか……」
肩を落とす桑原に、全員が同じような溜息を吐いた。
宣戦布告を受け、戦争をしたところで圧倒的軍事力の差は目に見えている。
始めから最終的にたどり着く先は同じだと言って過言ではない。
一時訪れる沈黙の後、仁王が静かに口を開く。
「柳は乾の動きに気付き始めとるぜよ」
「だろうな。蓮二に隠し事なんて無理だ。あいつには俺から話す。お前達は内通者を探し出し、見つけ次第内々に処刑だ。一両日中にな」
幸村の命を受け、仁王に指示を仰ぎ皆それぞれに散って行った。
仁王の放った暗躍部隊はこの件においてもその能力を遺憾なく発揮した。
幸村が命じてから僅か二時間後には内通者である御殿医の助手を捕える事が叶った。
そして拷問にかけ、相手側の情報を聞けるだけ聞き出す。
だがその内通者はそうするように仕組まれていたのだろう、ヘベの国家機密を守る為に自ら命を絶ってしまった。
最後は思いもよらないものだったが、鮮やかな仕事振りに流石の幸村も惜しみない賛辞を送る。
「まさか俺が離宮に戻る準備をしてる間に終わらせるなんて思ってなかったよ」
「早ぅせえって無言の威圧かけとったんはお前さんじゃろうが」
「ふふっ…あまり心配の種は多くない方が健康にいいしね」
今回は流石に骨が折れたと珍しく弱った様子をみせる仁王に、幸村はこの場に相応しくない朗らか笑みを浮かべて言い放った。
だがすぐに表情を曇らせる。
「俺はこれからが大仕事だよ。蓮二がどう出るかの想像がつかない」
「そうじゃのー……ま、何にしても早いとこ話して知恵借りた方がええと思うぜよ。俺達のキャパじゃ処理しきれんわ、今回の事は」
「おーい幸村ー準備出来たぜぃ」
「ああ、今行く」
馬を厩舎から引いてきた丸井に呼ばれ、幸村と仁王はそちらに向けて歩き始めた。

【続】

 

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