誓約結婚 9
庭での一件以来、仁王は少し柳との距離が縮み、前よりも何を考えているかがよく解るようになった。
柳生に言われたからでは決してない、と心に言い訳しながら柳と過ごす時間を設けるように心がけた。
あの日助けた猫はよく庭に遊びにやってきていて、柳も餌や水を与え可愛がっていた。
今も縁側に座って膝に乗せ背中を撫でている。
その後ろ姿を見つけ、仁王はそっと近付く。
「まーた来てるんか」
「ああ、人によく慣れているから…元々飼い猫だったのかもしれないな」
柳に撫でられ気持ちよさそうに眠っていたが、仁王の気配に気付いた猫は警戒するように小さく鳴き声を上げる。
「おっ…生意気じゃのぅ」
「猫と張り合うな」
うりうりと指で猫の喉をくすぐる仁王に柳が苦笑いを漏らす。
「飼ってやったらどうじゃ?」
「何?」
「迷い猫預かっとるって張り紙でもして、飼い主が見つかったらー…そん時はそん時じゃ」
間違いなく受け入れられるだろうと思って言ったが、柳は首を横に振った。
何故、と驚いた顔を隠さない仁王に柳はいつもの冷静な声で答える。
「一人でいたいのかもしれないだろう?」
「……え?」
「一人気ままに暮らしているかもしれないだろう…誰の干渉も受けずに。それをこちらの都合で壊すのは忍びない」
猫の都合など考えもしなかった仁王にはその答えは予想外で、何も言葉を返せない。
固まったまま動かなくなった仁王をちらりと見た後、柳は猫に視線を落とす。
途端に柳の膝から猫は飛び降りてしまった。
そして一度も振り向く事なく颯爽と庭を駆け抜け、側に立つ木を使って高い塀を乗り越え出て行ってしまった。
「腹が減って…人肌が恋しくなればまた来るかもしれん。それで十分だ」
「けど」
「それに…それは俺でなくともいいかもしれない。他所でも同じように可愛がられてるかもしれないだろう?
……他の誰かが同じ物を与えられるならあの子を引き止めるなんて俺にはできないからな」
何でもない事のように言い、柳は立ち上がると縁側から立ち去った。
だがその言葉に仁王は自らを投影してしまった。
彼は誰も来ないこの家で、一歩も外に出る事もなく一日一日を過ごすのだ。
時折気紛れに関わる自分以外と誰とも関わる事もなく。
今のままで良いはずが無い事は解っている。
しかし歪んだ独占欲が顔を出し、どうする事も出来ないジレンマに陥っていた。
このまま誰にも会わせないままここに閉じ込めていれば、少なくとも彼は自分だけのものだ。
だがそれは望んでいるものではないし、そこに彼の意思は無い。
それに気付いてしまった。
僅かな変化ではあったが、ここのところずっと見つめていたから気付いた。
元々無表情な柳であるが、それ以上に硬い表情をしている。
理由を聞いてもいつもと変わりないのだと言い張る柳にそれ以上かける言葉がない。
しかしだんだんと元気をなくしていく姿を黙って見過ごす事も出来ずにいた。
そこで仁王は一つの提案を持ちかけた。
「この家に人を?」
「ああ。週に二回か…三回。うちの部下をやるから、話し相手してもらい」
「しかし……」
「一人で退屈しとるんじゃろ。お手伝いさんや思って使って構わんから。それも給料のうちじゃ」
また祖母に何か言われるのではと遠慮する柳を何とか説き伏せ、翌週から仁王の部下がこの家二番目の客人としてやってくる事となった。