誓約結婚 7
それから一時間程すると、不機嫌な顔をした学生時代からの親友がこの家の初めての客人としてやってきた。
現在研修医として大学病院で働いている件の医院の嫡男である彼は、まだ医師としては卵だが充分にその才を発揮している。
「全く、今忙しいというのに何だと言うのですか」
「やーすまんすまん。うちの奴がちょっと怪我してのう。診てやってほしいんじゃ」
「…それなら父の診察を受ければよかったのでは?」
「ちょっと事情があるんじゃ。後で話すけん、今は…すまん、頼む」
男は珍しいものを見る様に目を見開いた後、案内して下さいと呟く。
その言葉にホッと安堵した仁王は柳の待つリビングに案内した。
医師が来るまでリビングのソファで横になって大人しくしていろと言ったのだが、
仁王のその言いつけなどまるで意に介さず柳はテレビの前でニュースを見ながら洗濯物を片付けていた。
「おいっ!横になってろ言うたじゃろ」
「しかしまだ片付けが…」
「ええから。早よ、ここ横になり」
「それより…あちらは?」
無理矢理寝かしつけようとする仁王の腕を逃れ、柳はリビングのドアの前に立ったままの男に視線をやる。
「ああ、こいつがな、中高ん時の連れで…」
「初めまして。柳生比呂士です。仁王君からお話は伺っていますよ」
仁王に促され部屋に入ると、柳生は柳に頭を下げ笑みを向けた。
彼の友達というには些か異色だと思いながらも、温和そうな雰囲気に柳は固くしていた体から力を抜いた。
「柳蓮二です…わざわざすみません。大した事ないというのに大騒ぎをして…」
「いえいえ、頭の怪我は用心するに越した事はありませんから。少し失礼しますよ」
柳生は仁王を追いやると、柳に目線を合わせるように跪き診察を始める。
部屋の隅でやけに不機嫌なオーラを出す仁王に不安げな表情を見せる柳を安心させるように、
柳生は仁王から視線を遮るように座り直し、診察を続けた。
「頬の傷は化膿しないように薬を出しておきましょう。後で届けますので一日二回塗ってください。
それから頭も少し傷になっているので消毒だけしておきましょうね。本当は精密検査をした方がよろしいんですが…」
「いや、本当に大丈夫だから」
「だったらせめて今日と明日は安静にしていてくださいね。決して無理はしないと約束してください。
それから、少しでもおかしいと思えばガマンせずすぐに病院へ行ってください」
その真摯な態度に柳も今度こそ素直に頷いた。
「仁王君、氷のうか…なければビニール袋でも何でもいいですから、冷やすものを用意してもらえますか?」
「あー…物置にあったかのう…」
「氷のうなら洗面所の棚にあるはずだ」
立ち上がろうとする柳を制止して、仁王はパタパタと足音を立てながら廊下に出て行った。
そして暫くすると氷と水の詰まった氷のうとタオルを手に戻ってくる。
「晩飯まで部屋で横んなっとり」
「え?いや、しかしまだ…」
「晩飯の用意はええから」
キッチンに視線をやり、まだ何か言いたそうにする柳を柳生が窘める。
「柳君、さっき約束したでしょう?決して無理はしないと」
「……すまない…」
「一人で大丈夫か?部屋までついてこうか?」
「ああ、大丈夫だ。では少し休ませてもらう」
柳は仁王から氷のうとタオルを受け取ると、静かに部屋から出て行った。