眩暈〜君の見る夢4
少しずつ形になる木片を眺めながら白石は大きな溜息をついた。
今ここにいない人を象り、器だけが完成していく。
だがこんなものではあの男は満足しないだろう。
目の前にある光の面影を強く映した人形は、とてもではないが光の代わりとしては差し出せない。
再び大きな溜息をつき、手にしていた道具を置いて後ろへと体を倒した。
藤将の翁と呼ばれる白石の師は宮中の行事に参列する為に今日より工房を離れている。
普段身の回りの世話をしている者も皆それのお供に行ってしまっている為今ここに出入りしているのは白石一人だけだ。
静かな空間に一人身を置き、普段ならば絶対にしない大の字で床に寝転がるという事をしていると、
思い出されるのはあの酷く動揺したような表情を浮かべた目を閉じた光だった。
初めは助けたいという一心だった。
ただ美しく着飾り格子の中に閉じ込められた彼を、あんな場所から解き放ちたいという思いが強くあった。
だが今は違う。
今はひたすらに会いたかった。
彼を側に置き、手を伸ばせば触れられる距離で見つめ合い、語らいたい。
そして触れたかった。
彼の素肌に触れ、抱きしめ、深く繋がり合いたかった。
そんな欲が空回り、上手く気持ちを落ち着かせる事が出来ない状態では良いものなど作れるはずもない。
先刻まで道具を握っていた手で頭を勢いよく掻いていると、玄関の方で物音がした。
住居である母屋から誰か来たのだろうか、と白石は思った。
奥方は翁に付き添い留守にしているが、住み込みの使用人達は皆今日も変わらず働いているのだ。
翁の命により工房の中には決して立ち入らないが、玄関先の掃除でもしているのだろうと思っていた。
だが存外に、足音は室内へと入ってきた。
それに驚き、慌てて体を起こすとそこに居たのはこの数日、白石が会いたくて会いたくてたまらないと切望していた相手だった。
「………光…」
「…上がらしてもろてもええっスか?」
「あ…ああ…うん、どうぞ」
あまりに突然の登場、再会に白石は酷く動揺したまま自分の座っていた座布団を光に差し出しそれに座るよう促した。
言われるままに目の前に座る光を、白石はまだ信じられないといった表情のまま見つめた。
すると光は何やら重い溜息を吐き、ぽつりと呟いた。
「ほんまに……」
「ん?」
「ほんまに…俺、助けて…くれるつもりしてたんですか…?」
足元にある頭部の形をした木片を両手で大事そうに持ち上げ、光は見つめ合うように顔の前に持ってくる。
「ユウジさんに聞きました。あの男とどんな約束したんか…」
「…うん……けど、情けないんやけど…そんな状態でな…満足いくようなもん出来へんねや…でっかい口叩いといて…ほんま情けないやろ」
苦々しい表情を浮かべ、小さく自嘲する白石を一瞥すると、光は唐突に手にしていた人形の頭部に唇を寄せる。
丁度唇の辺りに吸い寄せられるのを目の当たりにした白石は、それが何か神聖な儀式のように感じた。
驚き、大きく瞳を見開いたまま固まる白石に、光は頭部を手渡した。
「そんな顔せんとって下さい……俺が命吹き込みますから」
「……え?」
「あんたが言い出した事やないっスか…俺がおったからここまで来れたんやって」
驚いた表情から一変、希望の光を見いだした白石は手にしていた頭部を床に置き、身を乗り出し光の次の言葉を待った。
「……助けて…助けてや蔵ノ介さん…俺もうあんな店におりたない…」
「光…」
「けど逃げるんも嫌や。逃げたない。あいつらから…あの男からも」
震えながら言葉を紡ぐ光に手を差し出すと、光は迷わずその手を取りぎゅっと握り締める。
その仕草に白石はそれまで抑え込んでいた感情が溢れ出し、その手を引き寄せ思いきり抱き締めた。
「蔵ノ介さん……一人で…俺のおらんとこで勝手にせんといて下さい。俺も…俺も一緒に闘うか…」
「光っ!」
「んっ…はっ…」
言葉の最後を待たないまま、白石は先程命を分けるような儀式を思わせる口付けをした光の唇に自らのそれを押し付けた。
苦しそうに顔を歪めているというのに離してやる事が出来ない。
何度も何度も唇を重ね、いい加減息も上がってきた頃、それまでされるがままにしていた光が不意に体を押し返すような仕草を見せた。
流石にやりすぎたか、と思っていると首に腕がかけられ引き寄せられるように床に倒れ込む。
突然の行動に驚き、体の下にある光の顔を覗き込むと怖いほどに真剣な眼差しで射抜かれた。
「俺の全部知って下さい……それで…俺の代わりにあの格子の中に入る子、生み出して…俺をあそこから出してください………」
「ひか…る……」
「好きです…せやから……離れたないっ…!!」
不安な気持ちを隠さないまま、光は白石の首にすがりついた。
その思いは白石にも流れ込み、細い体が折れそうな程に抱きしめる。
「光……俺も、好き…好きや…あんな奴に渡したない…ずっとこうしてたい」
「んっ…」
身じろぎもせず、されるがままの光の着物の襟から手を入れると、小さく体を震わせた。
怖がっているのか、と一瞬不安に思ったが、光の瞳は強い意志が宿ったままだ。
そのまま肩を露わにさせると首や胸元に口付けていく。
「あっ…っ……んっ」
「光…光……もっと聞かして……どんな声で感じるんか…俺に教えて」
「なん…っっあっ!」
「全部知ってほしい言うたんは光の方やで」
光の耳元で囁きながら胸の中心を指で摘まむとびくびくと小刻みに体を震わせる。
先程までの素直な態度はすっかりと消え去り、意地でも口を開くまいと唇を噛み締めている。
「光…口開けて」
だが真一文字に結ばれた唇をペロリと舌でなぞれば、簡単にゆるんでしまった。
白石は何度も唇を重ね、不慣れな様子で必死に舌を絡ませてくる光の体をそっとなぞる。
皮膚の柔らかい胸や腹を撫でると小さく震え、胸の中心に触れれば声を抑えきれず、甘い啼き声を上げた。
しどけなく、中途半端に着付けられた着物の何たる色気かと白石は思わず喉を鳴らした。
白い脚が宙を掻き、裾の合わせがはらりと捲れるのが視界に入るや否や、白石はそれまで触れる事をためらっていた下半身に手を伸ばす。
裾を割り、柔らかい内腿に触れれば大袈裟に光の体が跳ね上がる。
少しずつじらすように手をすべらせていくと、ある事に気付いた。
「あっ!ひぅっっ…あ…ぅ…っん…蔵…さ…ん!」
「…何もはいてへんねや…」
非難するように見つめてくる光の視線を逃れるように、体を起こすと僅かに立ち上がった光の中心に指先でそっと触れる。
「っ…そこ……いっいやっ…やっ!」
手のひらで擦り上げるとあっという間に硬度を増していく。
しかしその大きさは反応のない自らの中心の僅か半分程で、興奮ですでに腫れ上がった状態の今では歴然とした差があった。
むせ返るような色香と子供のような股間の不均衡さにますますと息が上がっていく。
「光可愛い…ほんま可愛いわ…光のここ」
「なんっ……ばっ馬鹿にしてんっスか?!」
「まさか。褒めてんやで」
うるさい口を黙らせようとそれを口に含もうとするが、光は腰を引いてそれを拒否してしまった。