Home Sick Child8
玄関のドアを開け、すぐ横にある階段を一気に駆け上がる。
そしてここが蓮二の部屋だよ、とあてがわれた客間に入り後ろ手にドアを閉め鍵をかけた。
もう駄目だ。きっともうここにもいられない。
弦一郎が、精市が落胆する姿を見て平気でいられる筈がない。
しかしそれ以上にあいつが、何かこの二人に危害を加えないか、それの方が心配だ。
ベッドに突っ伏し荒れ狂う感情を何とか抑えようとしたがすっかり自我を失ってしまっている今、それは叶わないことだった。
階下で乱暴にドアを閉める音がする。
きっと弦一郎が自分を追って帰って来たのだ。
彼は今、精市の事があるのだから余計な心配をかけたくはない。
だが助けて欲しい、その念が心を次第に支配していく。
「蓮二?大丈夫か…?」
嫌だ。
こんな姿を見られたくない。
布団を被りノックが聞こえないふりをする。
「蓮二……?」
普段の弦一郎からは想像もつかないような心配そうな声が頭の中に響く。
「何があったのか…話せないか?俺では力になれないか?蓮二…その、上手くは言えんがもっと頼ってくれ」
そして。
「話す気になったら…呼んでくれ」
ドアの前から静かに足音が遠ざかる。
温もりがほしい
優しさがほしい
痛みなんかいらない
誰か助けて
助けて
助けて
助けて
助けてくれ―――――!!
「―――弦一郎っ!!」
考えるよりも先に体が勝手に動いていた。
感情が体を動かしている。
ドアを開け放った先にいる弦一郎にしがみついた。
「―――てくれ……」
「蓮二?」
「助けてくれ!」
縋りついた腕は思いの外冷たいものだった。
それはここが自分の居場所ではないと告げているようでいたたまれない。
だが、誰でもいい。
誰でも構わない。
この地獄から這い出す助けがほしかったのだ。
弦一郎は厳しい顔をしていても、本来誰にでも優しい。
そして精市にだけ特別に優しい。
でも今は、その他大勢の為にある優しさにさえ心が安らぐのだ。
弦一郎は誰にでも優しいから、この腕を振り解かないでくれる。優しく抱きしめてくれる。
今はそれだけが救い。弦一郎だけが今の救い。救世主となるのだ。
「俺はどうすればいい?」
優しい神の声。
民は呟くのだ。
我を救い給へと。
「―――抱け……俺を抱け弦一郎!全部何もかも忘れたいっ!だからっ……」
長い沈黙の後、静かに審判が下される。
「…わかった。それでお前が救われるなら…」
今は傷を傷で隠す事以外に道が選べなかった。
古傷から目をそらす為の新たなる傷をつける為に、この男の優しさを利用するのだ。
それがどんな裏切りかなんて、お互い解っていたはずなのに。
【続】