Home Sick Child5
弦一郎は精市を甘やかせすぎなのだ。
欲しいとせがむ物は何でも買い与えている。
だが精市はそれを当然のように受け入れるのでなく、いつも感謝しているようだ。
ただそれを口にも態度にも出さないのが精市。
鈍感な弦一郎がそれに気付くはずもなく、しかしそれでも彼は構わず精市に尽くしている。
弦一郎と精市の関係。
それは不思議、の一言では言い表せない。
とても微妙な関係。
初めは恋人同士なのだと疑わなかった。
しかしそれは弦一郎に否定されてしまう。
「…幸村は俺とそんな関係を望んでいないだろう」
しかし精市は違った。
「あいつが"そんな関係を望んでいない俺"を必要としてるなら、俺はずっとそのままでいればいいんだ」
珍しく寂しそうに笑うその姿が痛い。
初めて一緒に行った買い物。
大事そうに手に包まれた誕生日プレゼントへ目を落としながらぽつりぽつりと語ってくれた。
「あいつとは元々中学の同級生で、クラスは違ったけど部活が同じだったからその頃から仲が良かったんだ。
一緒に世界を目指すんだって毎日テニスやってた。ずっと一緒に居て、それが当たり前で…
だからあいつにとっては恋人っていうより家族への思いに近いのかもな」
精市は寂しい時、辛い時、嬉しい時哀しい時、いつだって側にいてくれた弦一郎に家族以上の気持ちを抱いているようだが。
弦一郎にそれを否定されてしまっている為、その気持ちは一生封印したままでいるらしい。
「メニューは?」
「そうだな…弦一郎の好きなものは?」
「あいつ?何だったっけ…あ、そうだ。焼肉だ」
「…肉…か……」
「蓮二苦手そうだね。脂っこいの」
まだ主婦たちが夕飯の買い物に出る時間ではないのだろうか、比較的空いた店内に精市の笑い声が響き渡っている。
ショッピングカートに身を預け、だらだらと歩きながら次々と食材を買い込んでいく。
そして精算を済ませて店を出る。
まだ日の高い時間だから体力を消耗してしまうと、精市に帽子をかぶせて歩き始めた。
自分は弦一郎に譲ってもらった蛇の目の影を歩く。
「暑いー暑いー……」
歩き始めてまだ三分も経っていないだろう。
真っ白な肌がジリジリと焦がされてゆく午後の強い日差しに精市が文句をたれ始める。
「だから家で大人しく待ってろと…」
「それは嫌だ」
「だったら文句言わずにさっさと歩け。心頭滅却すれば、というだろう」
そう言っただけで精市の口が減るわけがなく、家に着くまでだらだらと文句を聞かされ続けた。
「誕生日おめでとう!!!」
玄関のドアを開けた途端抱きすくめられる体。
縛り付ける腕はこの世でだった一つだけ。
「……覚えてたのか」
「当たり前っス!世界で一番大切な人の誕生日っスよ?!」
後ろから抱きしめられているため顔は見えない。
だが声の調子でご機嫌だと伺える。
「…愛してます……」
不意に腕に力を込め、そんな事を囁く。
本当の事を早く教えてください
お前は本当に愛していたのですか?
この薄汚れた体を、心を。
「蓮二」
また夢を見ていたのか。
精市が目の前で肩を揺さぶっている。
「あ…」
「料理、見てなくていいのか?」
「すまない!あー……鍋が…」
決して狭くは無い台所だが、その中は香ばしい臭いが充満している。
見れば鍋の中身が完全に焦げていた。
「最近ボーっとしてる事多いよ蓮二」
「……大丈夫だ…」
口から出る、形ばかりの大丈夫などもう聞き飽きてしまったと精市は呆れた。
「誕生日おめでとう真田!!」
玄関で待ち構えていた精市は弦一郎がドアを開けると共にクラッカーを派手に鳴らした。
その音にしばらく放心していた弦一郎だったがすぐに嬉しそうに顔を綻ばせた。
精市に手を引かれ、入ったリビングは綺麗に飾り付けられている。
「これを…二人で用意してくれたのか?」
「まあね。どう?感動した?」
「ああ…ありがとう。いくつになっても嬉しいものだな。誕生日を祝ってもらえるというのは」
「今年は蓮二もいるしな」
作り直した料理を運ぼうとキッチンとダイニングを行き来していると、精市の優しい声がした。
精市にとって一番大切な人の生まれた日を共に祝う事を許されたのだ。
弦一郎は飲み物を用意している精市の目を盗み、こっそり耳打ちをしてくる。
「悪かったな。幸村のワガママに付き合わせて」
いつもそれを聞くのは弦一郎の役割。
叶わない今、一番にその役を回してくれたのだ。
嬉しくないはずがない。
「いや、俺も楽しかった」
それは紛れもない本心だった。
あの日、雨が降る中一人で買い物に出た精市を心配した弦一郎は近くまで迎えに出ていたらしい。
そして雨の中で倒れた体と格闘している精市を見つけた。
弦一郎が精市を嫌えるはずがない。
こんなに真っ直ぐで、こんなにも深く愛されているのだから。
どうすればそんなに純粋に相手の事を想えるのか。
それだけが知りたかった。
【続】