Home Sick Child4
随分大人びて見えるが二人は同い年だった。
精市は体のことがあるから当然働いていない。
弦一郎は大学には行かず様々な仕事をしているらしいが、その中心は企業相手の筆耕役。
職業柄、在宅勤務も可能なのでいつも家にいる。
そんな弦一郎が珍しく出勤する日、精市のお守りを任された。
身元を一切明かさないにも関わらず信用してくれたのだと柄にもなく喜ぶ自分がいた。
二人には何も話せないでいた。
信用していないわけではない。
その全く逆で、過去の一切を明かして二人を失うのが怖かったのだ。
いつも真っ直ぐな精市の瞳が、弦一郎の瞳が曇る事をきっと直視できないから。
それでも精市は友達だと、初めて出来た友達なのだと笑いかけてくれる。
「いってらっしゃーい」
新婚さんごっこだ、と車に乗って走り去ってしまった弦一郎に向けていつまでも手を振っている精市を家の中に促した。
玄関に入ったところで勢いよく振り向いたかと思えば唐突にこんなことを言い出す。
「さてと。五月蝿いのも居なくなった事だし…」
「何をするつもりなんだ」
「誕生日のパーティ」
「誰の?」
「真田の。今日はあいつの誕生日だ」
何を言い出すのかと思えば、である。
「帰って来たところをびっくりさせようよ。ね?いい案だと思わない?」
断っても無駄だと、大きな瞳が語っている。
しかし最後の足掻きと、盛大にため息を吐いた。
「弦一郎に怒られても知らんぞ。責任は自分で取れ」
「解ってるって」
気付けば半ば強制的に敢行されることとなった誕生日パーティーとやらの手伝いをさせられるハメになってしまった。
げんなりと溜息を吐くのも我知らずと部屋の飾りつけを大張り切りでやっている精市の後ろ姿を見て、
淡い過去の記憶が呼び起こされる。
「今日は何の日でしょう!」
解っていたがあえて何も答えない。
「聞いてんの?ねぇってば!!」
不満そうに覗き込む瞳。
「……聞いているよ」
黙っていてもどうせ何度も尋ねられるのだと簡潔に返答する。
「じゃぁ答えてよ。今日は――…」
「お前の誕生日だろう?」
目を落としたままの文庫を取り上げられ、不機嫌な表情を向けると満面の笑みとぶつかった。
「当たり!」
「だから何だ?」
「何かないわけ?ホラ大切な恋人の誕生日なんっスよ?」
「……もうめでたい年でもないだろう。今年でいくつになったんだ」
「いーっしょ?別に。好きな人に祝ってもらえるんならいくつになっても嬉しいもんだって。
って事で今日は俺の言う事聞いて下さいよ、誕生日なんだし」
半ば呆れ顔も関係ないのか勝手に話を進めていく。
お前は誰――――…?
「――――蓮二!」
「え?」
「ちょっとー聞いてる?さっきから呼んでるんだけど」
白昼夢でも見ていたのだろうか。
目の前にあいつの幻影が見える。
でも実際、目の前には不思議そうな顔をした精市。
「すまん…寝てた…」
「目、開けたままで?珍しく開眼してると思ったら…蓮二ってもしかして寝る時目開けて普段閉じてるのかい?」
伏し目がちなのを揶揄っているのか、本気なのか。
判別つかない笑顔で精市が言ってくる。
「あ、そうだ蓮二って料理できる?俺は真田に危ないからって包丁持つなって言われてるんだけど」
それは弦一郎が正しいような気がする。
危なっかしくてこんな奴には間違えても刃物なんて持たせてはいけない。
凶器になりかねないではないか。
弦一郎は純粋に精市の心配をしているのだろうが、こちらとしては周りへの危害が心配だ。
「作っても構わないが…俺は和食しか作れないぞ」
「それでいいんじゃない?あいつがオードブルとかバースデーケーキを頬張る姿って想像できないし」
「それもそうか」
メニューを考え、買い物に出ようとすると精市がついて来ようとする。
弦一郎に外出は避けるようにと言われている為、何とか止めようとしたがどうしても行くと言ってきかなかった。
それは全て弦一郎の為。
あの衝撃の出会いの夜。
精市はある店へ弦一郎の誕生日プレゼントを買いに出たらしい。
薄汚れた雑誌の片隅に載っていたシルバーのネックレス。
アクセサリーの類など一切付けない相手へのプレゼントには些かおかしい気もするが、シンプルなそれは弦一郎にも似合いそうだ。
しかし生憎その店には置いていなかった為、取り寄せてもらっているらしくそれを取りに行きたいと言う。
「だったらついでに取りに行ってやる」
「ダメダメ。最初から最後まで自分でやりたいんだ」
止めるのも聞かず、すでに靴まではいて玄関で手招きをしている。
弦一郎に怒られるのは俺なのだから、と心の中で毒づきながら、その嬉しそうな背中を追った。
【続】