Home Sick Child3



精市は元気そうに見えるが大きな病気を抱えていると弦一郎が話してくれたのは、
ここへきて三日も経たないうちだった。
過保護すぎる弦一郎を、冗談混じりに咎めた事を酷く後悔した。
元々は健康そのもので激しい運動などもしていたらしいのだが、中学生の時にある病気を患った。
それ自体は治ったのだが、その後も連鎖的に体の調子を崩してしまい、
今一番重い症状なのが一年ほど前患った心疾患だ。
日常生活にまで支障をきたす程重症で、常に気を配らなければならない。
弦一郎が精市を大切に想うのはきっとそれだけが理由じゃない。
それは二人を見ていてすぐにわかった事。
そんな滅多に外出しない精市が久しぶりに一人で出かけた先で、出会ったのだ。

あれは夏の入り口。
空は昼の暖かさを忘れ、雨が降りしきり酷く寒い夜だった。
精市は弦一郎が止めるのを振り切ってどうしても行きたいところがあるのだと出かけたそうだ。
その出かけ先、繁華街を外れたせまい路地で途方に暮れていたところを拾われた。

「…大丈夫?」
何かに襲われ、ゴミ捨て場で倒れていたところに表れたのが精市だった。
体中傷だらけの様子に酷く驚いて助け起こそうとしてくれた。
だがもう体に力は残っておらず、ただ人形のようにだらりとぶら下がる腕を他人のもののように眺める。
「冷たっ…いつからここに?病院…あ、救急車呼んだほうがいいかな?」
何を問いかけられても、もう話す気力さえ失っていて、声が出ない。
意識がだんだんと遠退いていく中、やけに印象に残ったのがあの瞳だった。
強い瞳。
あいつとは違う瞳。
力強く優しい瞳。
「幸村、どうしたんだ?」
「あっ真田っ丁度いいところに!手貸して」
記憶にあるのはここまで。
その二人のやりとりを最後に意識を完全に手放した。

しかし次に気がついたのは病院ではなく、二人の住む部屋だった。
後から聞けば、何か人に言えない事情であそこで倒れていたのだと察した弦一郎が判断して病院には連れて行かなかったらしい。
確かに、誰が見ても解るだろう。
体中に出来た痣、切り傷、そして幾重にも刻まれた赤黒いキスマーク。
明らかに相手が女ではないことを克明に知らせる酷い傷跡。
それに気付いた弦一郎が気を使って誰の目にも触れさせないようにここへと連れてきたそうだ。
「あ、気がついた?」
温かいふかふかの布団の中で、次に見たのは病院の無機質な天井ではなく心配そうな綺麗な瞳だった。
「あ… ―――っっっ…」
起き上がろうとしたが体に力が入らず再びベッドへと体が沈んだ。
「ダメだよ無理したら。まだ寝てないと」
「……ここ……は?……君は…」
目の前にいるのはあの男じゃない。
中性的で優しい面立ちの男。
確か最後の記憶の中にいるのもこの男だった。
「覚えてない?商店街の裏路地で倒れてたんだよ?」
「あ…あぁ……助けてくれたのか…ありがと…う…」
「礼なんかいいから。今はゆっくり休みな」
そう言って髪を撫でる掌があまりにも温かくて、そのまま眠りに堕ちた。

あの日精市は弦一郎の誕生日プレゼントを買いに出かけていたそうだ。
どうしても一人で行きたいと譲らなかったのはその所為だったのだ。
それから数日して、ようやく体力が回復した。
手厚い看護のおかげだと素直な謝礼の言葉が、自然と口を割って出てきた。
二人は行くところがないならしばらくここにいればいいと勧めてくれる。
いくら何でもこれ以上世話になれないと断ると、酷く寂しげな精市の瞳とぶつかった。
確かにもう行くあてなんてない。
もう帰る場所なんてないのだから。
その瞳に誘われる様に、思ってもいなかった言葉が唇を割る。
「しばらく…世話になる…」

【続】

 

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