チャラく見えて、実は堅実な謙也が好きだ。
……単にへたれてるだけかもしれんけど。
Guilty or Not guilty7
インハイの予選にもなっとる大事なトーナメントが始まった。
うちのチームは今んとこ無敗で勝ち残っとるけど、三回戦以降は強豪揃いで油断ならん。
光には試合あるて教えてへん。
あいつまだテニスに関する事拒否ってる感じやし、応援に来てくれとはよう言わんかった。
「何やー辛気臭い顔して。勝利の女神も逃げてまうで?」
ぼーっとしながらギャラリーで水飲んでたら白石に頭叩かれた。
何すんねんって睨み上げるけど白石相手にそんなもん通用せんのは解っとる。
「逃げたかったら逃げたええんや…全速力で追いかけて取っ捕まえて終いじゃボケ」
「ふーん…ほな俺が先に行って捕まえてこぉーよお」
「は?!」
何の事やって勢いよく振り返ったら、ギャラリーの向こうフェンス越しに光が立っとった。
白石の顔見て嬉しそうに笑ろとる光に光速で近付く。
真正面に立つ白石押し退けて光見下ろしたら不機嫌な顔返された。
「ひっひか…」
「何っスか…今日は謙也さんの応援しに来たんちゃいますよ。試合あるて教えてくれんかったし」
「そっそれはやな…」
「おばちゃんと順也に聞いてびっくりしたわほんま…」
また俺はみごにして三人で遊んどったんかい!
いやいや今はそんな話やない。
「だからな…」
「謙也さんは俺の応援なんかいらんねやろし、気合い入れて白石先輩の応援しますわ」
「ありがとうなー財前応援してくれんやったら百人力やわ」
あかん!空回りしてもぉた!!
にこにこ嬉しそうに白石に向けて言う光がえらい憎そいもんに見える。
「けどなーこのアホ財前に気ぃ使て教えんかっただけやから、今日は応援したってや」
白石の言葉に耳疑うた。
何やて?
ありえんやろ。白石がフォローしてくれよった。
「まあ…先輩がそない言うんやったら…応援したらんでもないけど」
「…そらおおきに…」
何でこんな偉そうに応援されとんのや、俺。
けど光が見てんや思たら俄然力湧いてきた。
次の対戦相手は格上やけど正直負ける気せんわ。
中学ん時みたいに団体戦だけやのぉて個人戦もあるからな、気合い入れていかな。
って思とったんやけど、現実はそんな甘いもんちゃう。
先輩と組んでのダブルスは劣勢、追いついてまた劣勢の繰り返しで後手後手な戦い方になってきた。
やばい。早よペース掴まなこのまま押し切られてまうかもしれん。
そんな俺の心の隙突くようにフェンスの向こうから光の罵声が飛んできた。
「コラァ!何減速しとんじゃ浪花のスピードスター!!気ぃ抜けた試合しやがったら承知せんど!!」
光がこんな風にどやしてくるなんて、ってびっくりして振り返ったら光の隣には試合のないユウジが立っとった。
あいつの仕業かい!!
「謙也さーん。今の俺の代弁やー」
ひらひらと人おちょくるみたいに二人で手ぇ振りやがって…
ムカつく。
とにかく声にしたんは誰であれ光の内なる声には違いない。
俺は両手で顔叩いて気合い入れ直してコートに向かった。
結果、タイブレークの末勝利した。
何やかんや言うて、光の応援が一番効く。
そうや礼言わなと思て振り返ったけど、そこに光の姿はなかった。
次の試合まではまだ時間あったから、俺は光探しに行くと決めた。
一応白石にだけ抜けるって言うてコートを離れる。
先帰ったんか思たけど、流石に誰にも何も言わんでおらんようにはならんやろ。
ちいこい子供やあるまいし。
しばらくウロウロとコート周り走ってたら、大会には使われてないサブコートに見慣れた背中を見つけた。
「光!何やっとんや?」
「ああ…謙也さん。準決勝進出おめでとう」
「おう!お前の応援のおかげやわ」
「ほんまにそう思てんっスかあ?」
ホッとした。
もし何や辛い思いさせてたらって思ったけど、光は無理のない笑顔向けてくれとる。
せやから気にせんといつも通りの態度で返す。
「まあー…お前が直にハッパかけてくれとったらもっと楽に勝ててたやろけどな」
「そない思うんやったら次はちゃんと試合の日ぃ教えて下さいよ」
「もちろんやで。今日はすまんかったな…その、よう声かけたらんで」
「いや…俺もいらん気ぃつかわしてすんませんでした…」
全然いらん事やないのに。
こいつにしてみたら、それこそ人生揺るがすぐらいの事やのに。
俺は何や切ななってきて、笑って頭ポンポンって撫でてやるんで精一杯や。
千歳に対する嫉妬とかそういうんよりも、何や悩んで苦しんでる光見るんが辛い。
けどほんまにしんどい思いしとるんは光なんやし、俺はしっかりそれ見てたらんと。
義務とか責任とか同情とか、そんな難しい事はよぉ解らん。
せやから俺のこの思いは、そういうんちゃうはずや。
「あんたがアホみたいに楽しそうに試合しとんの見て…ちょっと怖なくなったわ、テニス」
「…え?ほっ…ほんまか!?」
アホみたいってあたりがちょっと引っ掛かるけど、それがほんまやったらこれ以上嬉しい事はない。
「また謙也さんと同じコート立てたらええな思いましたわ…テニス部にはよぅ戻らんけど…」
一人であの場所には立ってられない。
そう言うて光は目を伏せた。
オサムちゃんも金ちゃんもこいつにテニス部戻って来い言うてたけど、俺にはもうその酷な言葉は言えんかった。
光の腹にはたぶん、まだあの最後の試合がわだかまりとして残ってるんやと思う。
俺がお膳立てした、千歳との最初で最後のダブルスが。
あの時は結局うちも青学も片割れ引っ込めての無我の境地対決になった。
あの試合、光は怖いぐらい真剣な顔してコート見つめとった。
俺はてっきり試合に出れんかった事怒ってんか拗ねてんか思とった。
今なら解る気がする。
光があの時ほんまは何思とったんか。
あの頃から僅かな歪みの元みたいなもんを感じてたんかもしれん。
いつか千歳が自分をほって離れていく予感めいたもんを。
千歳が悪いとは思わん。
けど一言言えんやったら俺は迷わずこの言葉を選ぶ。
『お前、何でこんな光を一番にしたれへんかったんや』
結局千歳は光やのぉて、親友を選んで東京へと行ってしもたんは、つまりそういう事や。
矛盾は自分で十分感じとる。
俺かて光が好きやし、ゆうたらライバルなんやけど、けど光が元気ないんは嫌や。
光を好きになるって事は千歳との事も家の事も、光を傷つけた全部の存在を認めて受け入れるって事になる。
その覚悟がちゃんとあるんかってはっきりせぇ言われたら、無理やと思う。
無責任に大丈夫って軽々しく言えるはずない。
その言葉を言うてええんは、ちゃんとそれが出来るてはっきりと証明できてからや。
せやないと光を余計に混乱させてまう。
俺がもっとしっかりして、光がちゃんと俺の事認めてくれたら、その時初めて言える。
「俺はお前が一番好きなんや」って。