謙也って優しくて、優しすぎるタイプだと思うの。
けど無駄な優しさでなく逐一ツボ突いた優しさなので光もたまったもんじゃない。
時々迷走しつつも真っ直ぐ見守ってくれる存在なんだよ謙也は。
あと知らんかってんけど『三角座り』って関西弁なんですね。
調べてびっくりです。体育座りの事ですよ。
Guilty or Not guilty17
家に戻って二人でカレー食って、風呂入って、いつもみたいに俺のベッドの横にすっかり光専用になった布団敷いた。
聞く態勢にならんと言い辛いかな、それとも何でもない風にしてた方がええんやろか。
一人でオロオロしてたら布団に三角座りしてた光がじーっと俺見てる。
「えっ…何?」
「何、て。こっちの台詞やわ。小便前の犬かーゆうねん。部屋ん中ウロウロしよって」
「そっ…そんなんちゃうわ」
俺は慌てて光の前に腰下ろした。
あんまりじっと見ん方がええんやろか。
悩みながら視線彷徨わせてる間も光はじーっと俺見たまんまやし、どないせえっちゅーんや。
「……居辛い?」
相変わらず落ち着きない俺見て光が聞いてくる。
「あー…いや、うん…どないしたら光喋りやすいかな思て」
「あんたそない人にばっか気ぃ遣てたらそのうちハゲんで」
「はっ…ハゲへんわ!」
うちはハゲる家系ちゃうんや!オトンもじーちゃんも侑士のおっちゃんもふっさふっさやっちゅーねん!
俺はもう気にするん止めて光と向き合う形で胡座かいた。
ほな光は膝抱えてた腕伸ばしてきて両手繋いできた。
あ、これで良かったんか。
光は繋いだ手じーっと見ながらしばらくそのまんまやった。
固まったまま5分近く経って、ぽつりぽつりと話し始めた。
「俺……もうずっと眠れんかったんです…」
ぎゅうって握った手に力込めながら、最初に言うたんはそれやった。
「ずっとって……千歳と別れてからか?」
光は黙って首を横に振った。
「もっと前…もっとちぃこい頃から……」
「それって家の所為なんか?」
今度は黙って頷く。
あんな家で育ったら、そら気ぃ病んでもしゃーないわ。
初めて光抱いた日から何べんも呼んでもろたけど、いつ行ってもあの家は冷たかった。
広いし明るいしおしゃれやけど、そんな外側だけしっかりしてていっこも中身がないような気ぃした。
肝心の、その中の家族って存在から光はあまりにかけ離れてた。
あの何でも揃った部屋で光はいつも一人過ごしとったんや。
お兄さんが結婚して独立したんを機に光はあの部屋に移り住んだ。
以来4年近くあの部屋でずっと一人でおったんやて。
「ちっこい頃にね…俺出先でほって行かれた事あるんですわ」
「……え?」
「一人だーれもおれへん場所に。珍しくオカンと兄貴で出かける言うてそれに連れてってもろたんやけど…そこで疲れて寝てしもて。
目ぇ覚めたら真っ暗ん中に一人おって…俺そん時ほんまに捨てられたんや思たんです。
いっこもええ子になれんよって、母親に捨てられたんやって」
嘘やろ。ありえへん。
普通気付くやろ。
わざとやりよったんか?
不快な顔隠さんと光見とったら苦笑いされてしもた。
「ちゅーかほんまその方がよかってん……わざとほっていかれるって事は少なくとも俺ん事ちゃんと認識してくれとるて事やし。
けど、ほんまに俺の存在忘れとったらしくて…母親は兄貴と二人遊びにきたんやて思てたみたいで…
兄貴も疲れて車ん中で寝てしもてたんやけど、目ぇ覚めて俺おらんのに気付いてやっと迎えに来てくれたんっスわ」
それまでの二時間ほど、光はただひたすら真っ暗闇ん中で震えて、涙も出んぐらいの恐怖に晒されてた。
ほんでやっと迎えに来た時も、心配した、ごめんやでって謝るお兄さんから引き離して光の顔思っきしどついたんやて、光のオカンは。
折角連れてきたったのに勝手な事すんなて。
お前なんか捨ていってもよかったんや言われて、光は次はない思て必死になってええ子でい続けたけど、親の目に光が映る事はなかったそうや。
「ずっと…忘れてるつもりしてたんやけど…今でも夜中に目ぇ覚めんっスわ……俺はもう全然気にしてへんねやけど、
やっぱ怖かったて思う記憶はまだ体に残ってるみたいで、暗闇ん中おったら何や気ぃ狂いそうになって…
…せやから、寝るん何や怖ぁて浅い眠りにしか就けんで…」
それであんな風にいっつも飛び起きてたんや。
ほんで眠りが浅いよって近くに人おったら眠れんねやな。
「……そんな時…手ぇ差し伸べてくれたんが…千歳先輩やったんです」
繋いだ手が一瞬冷えたように感じたんは、たぶん俺が汗かいたせいやろ。
まさかここに繋がるやなんて思わんかった。
誰と付き合っても別に何も感じんかったけど、千歳は違ぅた。
いつも側で光を守って、光の支えになって、自分否定しまくる光をいつも大事にしとったんやて。
「俺……あんな風に育てられたから、消えてなくなりたかったんですわ…」
「自殺するて事か?」
不穏な言葉に握った手引き寄せて聞いたら緩く首振って否定された。
「いや、あんな親のせいで自殺とか何や癪やから、砂みたいに風吹いたら消えへんかなってずっと思とったんです」
変な願望やな。俺には理解できんかったけど、光はそれぐらい暗い中におったんや。
そんな光の自滅願望みたいなんを、千歳は本気で怒ったらしい。
「光は必要ない人間やない、大事な宝もんなんや言うてくれて大切にしてくれたんです…
何てゆうか、俺ほんま千歳先輩て凄い人なんや思とったから…そんな人にこんなに言うてもらえて、
別にそない自分否定せんでもええんかなって初めてちゃんと自分と向き合えたんです」
そうか。光にとって千歳は始まりの人やったんや。
千歳がおって初めて光は自分を持てたんかもしれん。
千歳がおったから今の光がある。
それまで千歳に対してあった嫉妬が消えて、何や不思議な気持ちになってきた。
俺が好きになった光は千歳ありきやったんや。
けどその本人が光を一番傷つけたやなんて、皮肉やわ。
「俺と先輩の関係、全然気付かんかったでしょ?」
「お…おお、白石に聞かされてほんま吃驚したわ」
「俺が絶対誰にも気付かれたない言うたからえらい気ぃ遣てくれはって…
学校では普通の先輩後輩でおって、ほんで先輩の住んどった部屋でしか会えへんかったから」
そんな閉鎖的な付き合いしとったなら気付かんで当然やな。
光は今うちに通うような感じで半分千歳の部屋に住んでるような状態やったらしい。
去年の七月に付き合い始めてから、千歳が東京に行くまでの半年と少しの間、ずっと。
ただ正確には別れたんは一年前の丁度今頃やったそうや。
千歳の東京進学が確定してすぐの頃やて。
俺の思とった通り、光はあの試合、最後の千歳との幻のダブルスで二人の間にある距離みたいなんを感じたらしい。
その直前、自分ほって退部した時に出来た僅かな心の風穴が裂けるように開いてった。
あの時は「しゃーないっスわ」なんて簡単に納得したように見せてたけどな。
光の生い立ちから考えて、色んな事諦めて、納得せざるをえんかって、それは今も同じなんやって。
仕方ない、そう言う以外になかったんやろ。
そんで東京に行きたいんやって言われて、決定的な差を感じて別れを切り出した。
「このまんま一緒におっても…そのうち先輩の枷になるん目に見えとったし、先輩優しいよってほっとかれんで俺に構ってくれるんも…
せやから俺から別れるって言うたんです。一人ほっていかれて平気な顔出来るほど強ないし…そうかゆうてあの人について行けるか言われてもそんな根性ないし…
結局弱いまんまで何も変わらんかったんです、俺。ちょっとは強なれたような気ぃしとったけど……それも千歳先輩が側におってくれたからやって気ぃ付いた」
このままずっと寄りかかったまんまおってええはずがない。
光の決心は固くて千歳が何ぼ言うても別れるって聞かんかった。
せやから千歳は一つだけ条件だして別れる事を渋々受け入れたんやって。
二月に上京するまでの間は恋人としてやなくてもええからずっと一緒におってほしいて。
その間に光の気持ち変えられるかの賭け。
結局千歳はその博打に負けて光への気持ちを中途半端に引きずったまんまの上京になってしもたんや。
何というか、ちょびっと同情してしもた。ごめん千歳。
けど別れた後なんやし、横取りちゃうよな。光も浮気ちゃうよな。二股ちゃうよな。
って、何でこんな事気にしてんや俺。
ないない、ないわ。今は光の心配したるとこやろ。
「ずっと…先輩は俺の事めっちゃ大事にしてくれて…ほんで、ほんまに好きやったんです」
光の言葉に他所いっとった意識が急激に現実に戻った。
握ったまんまやった手ぇに力篭って、一瞬光泣くんか思った。
俯いてるしこっちから顔は見えへんけど。
「ほんまに…好きで……せやから、嬉しいて、ほんまに…けど………何やろ…そんな風に思いたなかったけど、やっぱり俺、捻くれてんかな…
…俺なんかやっぱ…誰かに一番大事にされるような価値ないんやって…そう思て…」
光の声が詰まった。
あの光が泣いてる。
顔は見えんけど、肩は震えてるし言葉の続きが出てけえへんし、握ってくる手が何か堪えるみたいに力篭ってる。
「光?」
「っ…見んなアホ!」
顔覗き込もうとしたら手ぇ振り払われた。
その腕で顔隠して泣いてるとこ見られんようにする。
俺はその腕掴んで光の体を引き寄せて力一杯に抱き締めた。
「見てへんよ。顔見えへんし。この方がええやろ?」
光の顔胸に押し付けて頭撫でたった。
ほな光もすぐに背中に腕回して抱きついてきてくれる。
ああもう。ほんま可愛い。光は俺の宝もんや。
そんな子がこんなにしんどい思いすんの嫌やわ。
光の嫌な思いとかくっついたとこからこっちにも流れてけえへんかな。
「謙也くん…」
「ん?」
「…謙也くん…けんや…く…」
「光?どないしたんや?」
ぎゅって寝間着握って動かんようになった。
心配なったけど、深呼吸してるんに気付いて気持ち落ち着けようとしてんのが解った。
しばらく抱いたまんまでおったらやっと落ち着いたんか、光はまた喋り始める。
「先輩は、そんなんちゃうって、思ってた…ずっと優しかって…あんな大事にしてくれてた人と別れる言うたん俺やし…けど、けど……
やっぱり、何や置いてけぼり食らったような気持ちになってしもて…そんな気持ちになるて…ほんま、先輩とおってええわけないんやって…」
もう泣いてないみたいやけど、今にも泣きそうな声絞り出してて俺まで泣いてまいそうや。
「せやから…え…?…謙也…くん?」
何かに気付いて体離した光が、びっくりした顔して冷たい手で俺のほっぺたにひたって触ってきた。
え、何、光何でそんな顔してんの?
って思ったけど、その理由はすぐに解った。
目の前の光の顔がだんだん歪んでくる。
「謙也くん…何泣いてん」
「……光が…泣きそうやったから…」
あかん。涙止まらんようになってきた。
光はさっき俺がやってたみたいに頭抱えるみたいに胸に抱き締めてくれた。
「…ごめんな…」
「え…?」
「こんな…前に好きやった奴の話なんか聞かされて…気分悪いでしょ」
気分悪い?
ああ、そうか。
普通はそうやんな。元カレ元カノの話なんか聞かされたらそうなるやんな。
けど全然そんな気ぃ起これへん。
ただ、光の思てる事知れたんが嬉しい。
こんな風に俺に話してくれたんが嬉しい。
せやのに、俺の口は上手い事喋りよれへんし。ほんまアカンわ、俺。