WISH!9
§:赤也
やっと…やーっと地獄の試験期間が終わった。
70点以上は…まあ一応自信はある。
こんなに手ごたえあった試験なんて初めてだし。
チャイムなって今回もダメだったってガックリする事もなかった。
国語とか解答用紙全部埋められたし。
テスト返ってくるの、いつもはユウウツでしょうがねえけど…
今回は楽しみでしょーがねえ。
早く返ってこねえかなー
結果が楽しみだ。
んで、明日は柳さんとデートだ。
頭ん中カラッポにして楽しまねえと。
どこ行くとか全然決めてねえけど…どうするかな。
柳さんはどっか行きたいとこあるのかなー…
ってぼーっと考えてたら教室から黄色い声が上がった。
何となく想像はついたけど…振り返ったら赤い頭と銀色の頭が見えた。
「赤也ー」
丸井先輩にちょいちょい手招きされたから教室の後ろの扉に近付いた。
「何っスか」
「真田から伝言ー明日練習するって」
「はあ?!」
何だって?!
だって…だって明日は部活なしって決まってたじゃん!!
「大会前だからレギュラーだけ練習だってよ」
じょっ…冗談じゃねえ!!
明日の事考えて嫌な試験も乗り切ったってのに。
「その代わり、来週の土曜は試合前でレギュラーは練習休みだっつーからデートは延期だな」
「…本当の本当っスか?!絶対っスか?!もう変更は無しっスよ!!?」
「それは真田に言っとくんじゃの」
仁王先輩に頭ぽんぽん叩かれる。
それもそうなんだけど…
あーでもテストの結果解ってからってのもいいかな。
運が良ければ約束通り……
「何ニヤついてんだ?」
「なっ…何でもないっスよ」
危ない危ない…
あの事この二人に知られたら何言われるか解んねえし。
「んじゃ練習行くぜー」
そうだそうだ。
今日から練習再開。
また柳さんと毎日会える。
そう考えて一週間乗り切るしかない。
部室に行くともう柳さんは来ていた。
とっくに着替え終わってベンチに座って練習メニューを紙に書いてる。
「明日…残念だったな」
絶対試験の出来を先に聞いてくると思ったのに、意外にも柳さんは先に明日の話をしてきた。
それだけ楽しみにしてたって事だよな。
「けどその分も来週楽しみにしてるっス!」
「そうか…では俺もそうしよう。お前の前向きさは見習わねばならんな」
そう言って柳さんは練習メニュー挟んだバインダー持って部室を出て行った。
入れ替わりで部室に入って来ようとした真田副部長が柳さんの顔を見た時、一瞬引いた。
何だ何だ…何か様子が変だ。
けど嫌な感じはしない。
たぶん真田副部長が見せた表情の所為だと思う。
確実に怯えてた。
あの人何かしたのか?
一つロッカー挟んだ向こうに立って真田副部長が着替え始める。
「あれ?その足どうしたんっスか?」
ハーフパンツはいた左足のスネのところが紫に腫れ上がってる。
怪我したっていうより、階段か何かで打ったって感じだけど…
もし足でも滑らせて階段でベンケイ打ったんならその現場を是非見たかったのに。
「何でもない!さっさと着替えてお前たちも早くコートへ行け!!」
えっらい不機嫌になってしまって、ジャージはいてさっさと部室出て行ってしまった。
残された小姑ズと俺とで目が点になる。
その中で、柳生先輩だけが吹き出して笑い始めた。
「…何っスか?」
「あれは柳君の逆襲ですよ。相変わらず愛されてますね、切原君は」
「は?」
全っ然意味解んねえ。
真田副部長の怪我とどう関係があるんだ?
「どういう事じゃ、柳生」
俺らを代表して仁王先輩が聞く。
「先程教室で明日の練習に関して柳君と真田君が揉めていたんですよ。
柳君が明日はどうしても外せない用があるから予定の変更は止めてくれと言って。
真田君は家の事情か何かで嫌だと言っているものだと思ったらしいのですが、切原君と遊びに行くのだと聞いて憤慨して…」
「…まあそうだろうな」
ジャッカル先輩の納得も、ムカつくけど…その通りだ。
けど、そこまでだったら真田副部長が怪我した理由にはならないけど。
「"お前はそんなものと全国三連覇、どちらが大事なのだ"と真田君に怒鳴られた瞬間
"お前にそんなもの扱いをされる覚えはない!!"と彼の長い足が真田君目掛けて飛んで行ってました」
「やるのぉ参謀も」
仁王先輩が口笛でも吹きそうな口振りで感心する。
マジで?
あの人の事だし、練習の方が大事に決まってるって言うと思ってたのに。
「そりゃ真田が悪いよな。それって比べられるもんじゃねえだろぃ」
「そうですよね。私と仕事どっちが大事なのっ、というヒステリックな女性の台詞を思い出しました」
今の柳生先輩のたとえ話解りやすいな。
それにしても、皆柳さん寄りで笑える。
真田副部長には誰も賛同してない。
ちょっとざまあ見ろって感じだ。
冷静に考えれば解る事だし、柳さんも理解してんだろうけど真田副部長の言い方がマズかったんだな。
何せあのロマンチストっぷりだし。
まあ理論派でもあるわけだし、情緒に欠ける言葉とか行動は頭で理解できても納得いかないんだろう。
にしてもあの柳さんがねー…って考えてまた顔が緩んだ。
その瞬間逃すわけがねえ。
仁王先輩に首根っこ掴まれた。
「赤也ー顔に出とるぞー」
「うえっ?!」
首っ!首っ!!締まるっっ!
「まあ何にしても来週まで楽しみが伸びてしまって残念でしたね」
そんな悠長な事言ってないで助けてくださいよ柳生先輩。
後輩が目の前で首絞められて青い顔してんのに…
…この人ほんとに紳士なのか?
週明けから順にテストが返ってき始めた。
嫌なモンからちゃっちゃと片付けたいってのに、時間割の所為で英語が返って来るのは水曜だ。
月曜は数学と理科が返って来た。
数学は71点でギリギリセーフ、理科は79点。
でも今までを考えるとかなりいい点数って言える。
柳さんも褒めてくれた。頑張ったかいあったな。
火曜は国語と社会。
社会は82点。
今までで最高得点だ。
けどそれよりもっと凄かったのは国語。
100点満点で現国と古典が7:3の割合で出題されたんだけど、総合で94点だった。
それも漢字間違いでの減点ばっかで、ケアレスミスだけだ。
もう嬉しくて部活の時間まで待ちきれなくて昼休みに三年の教室まで走っていった。
「切原君!廊下は走らない!!」
途中で背中から飛んでくる厳しい声に足を止めて振り返ると柳生先輩が立ってた。
「すっすんませんっ!」
「何を急いでいるんです?柳君に何かご用ですか?」
「そうっス!!」
「ああ…試験が返ってきたんですね。顔を見れば結果は解りますよ」
そんな解りやすかったかな。
けどこんなのガマンしろって方が無理。
柳生先輩も柳さんに用があるらしいので一緒に教室に入る。
「柳さんっ!」
教室の前の方にある柳さんの席に目掛けて突進。
柳さんの隣の席に座って、大きな声を出すなって怒る真田副部長なんてこの際無視。
昼休みの教室なんて俺なんかの声が大した事ないぐらいにウルサイし。
「赤也…わざわざ来たという事は及第点以上だったという事だな」
冷静に返されると一人喜んでるのバカみたいじゃんか!!
俺は必死になって開いてんだか開いてないんだか解らない目の前に答案用紙突き出した。
「みっ…見て!!見て下さいよ!!」
一瞬目を見開いた後、目に見えて解るぐらいに柳さんが笑った。
「……凄いじゃないか!」
俺の手から答案用紙ひったくって食い入るように見る。
俺だって最初信じられなかったし、柳さんはもっとなんだろうな。
「俺っ…今までハッキリ言って問題の意味とかよく解ってなくてテキトーに答えたりしてたのとかあったんだけど、
小説読むようんなってから文章何かいてるかとか解るようになって問題スラスラ解けたんっス!!」
「小説?お前…小説を読んでいたのか?」
やべぇっっっ!!!
勢いで思わず言っちまった。
こっそり勉強するつもりしてたのに!
「…いやそのー…」
「切原君は君が好きだと言う漱石を切欠に短い作品などを読むようになったのですよ」
げっっ
柳生先輩があっという間にバラしちまった。
「君が好きだというものを理解したいんですよ。ね、切原君」
余計な事まで言われてしまった。
「あー……ハイ…」
「そうだったのか」
俺の点数見た時より嬉しそうな顔されて、ごまかせない。
恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!!
けど本当の事だし、そのお陰でこの点数が取れた。
柳さん好きにならなかったら小説なんて授業以外で読もうなんて思わなかっただろうし…
「俺…柳さん好きになってよかったっス!」
「場を弁えんか!!!」
あ、ここ教室だった。
忘れてたや。
真田副部長の怒鳴り声にかき消されて周りには聞こえなかったみたいだけど。
「柳さんは?490点取れそう?」
「今のところはな」
机の中から何枚か紙を渡されて、それ見て目玉が飛び出た。
満点の答案用紙なんて初めて見た。
俺がこんな点数で喜んでるのが馬鹿馬鹿しいような高得点をたたき出してるし。
国語が満点、社会が98点、英語が98点、理科が97点。
「明日の数学の授業で全て返ってくる」
って事はー……あと何点足りないんだっけ?
一生懸命頭の中で計算したけど出てこない。
そんな俺の様子を見てた柳さんが察してくれて先に言ってくれる。
「あと97点だ」
「自信はあるんっスか?」
「愚問だな」
…だよな。
ファーストキス口約果たせるまでまでお互いあと一教科。
運命の日は、明日だ。
§:蓮二
全く以って油断をしていた。
名前の横に大きく書かれた真っ赤な点数に愕然とする。
あと一点。
あと一点だった。
完璧だと思っていた答案用紙には三角が2つ。
正解ならば5点の問題から二点ずつ減点されて96点。
答えは合っているのだが、途中に使った公式が教科書に載っていないものだから、というのが理由の減点だった。
当たっているのだからその過程はいいではないか、と思ったが解き方を問う問題なのだから仕方ない。
しかしこれで口約は果たせなかった。
思わず頭を抱えて机に突っ伏した。
赤也はどうだったのだろう。
昼休みに教室で待っていたが、国語のテストが返ってきた時のように嬉しそうにやって来なかった。
放課後、暗い気持ちを抱えたまま練習に向かう。
途中柳生に会って部室まで連れ立った。
顔に出しているつもりはなかったが、雰囲気を察したのだろう、結果については何も聞いてこなかった。
部室のドアを開けた途端、目に入ってきたのは部屋の隅で膝を抱えて座り込む赤也とそれを囲む丸井とジャッカル。
遠くで眺めている仁王や弦一郎も渋い顔をしている。
どうだったか、など言葉にせずとも解り易い結果だった。
「あ…柳」
俺と柳生が入った事に気付いたジャッカルの声に赤也が顔を上げ、転がるように近付いてきた。
「柳さんごめん!すんませんでした!!」
「な…何がだ?」
いきなり物凄い形相で肩を掴まれ、何に謝っているのだろう。
何か謝られるような事をしたのか?
「試験!テスト!!…英語…70点取れなかった……」
「そう…そうだったのか…」
「あんな一生懸命教えてくれたのに…ほんとごめんなさいっっ!!」
不覚にも感じ入ってしまった。
俺の手を煩わせた事への謝罪と、そこまでさせておいて結果を出せなかった不甲斐なさを嘆いている。
その先にあった口約への期待が崩れ去った事を先に嘆くと思っていたのだが。
「いや、いい。謝るな赤也。俺も…約束を破ってしまった」
「へ?え?えぇっ?!だって……」
「あと1点足りなかった。総合489点だ」
呆ける赤也の顔が心に刺さる。
失望させてしまった。
大見得を切って、普段しない努力などをしてみたものの力及ばずだった。
「…やっぱ柳さんはスゴイ……俺には一生そんな点数取れないっス」
「そんな事はない。お前もよく頑張った。それで、何点だったんだ?」
「…67点っス」
「充分だ」
毎回赤点、もしくはギリギリセーフを繰り返していた事を考えればすごい進歩だ。
赤也がおずおずと遠慮がちに差し出す答案用紙に目を落とす。
過半数が丸で占められた赤也の英語の答案用紙を初めて見た。
それだけでも十分感動に値する。
「おや?」
答案用紙と解答例の書かれたプリントを見比べていた柳生が何かに気付いたらしく声を上げる。
「どうした?」
「ここの解答、合っていますよ」
柳生の指差す方を見ようと、部室にいた誰もが赤也の答案用紙を覗き込む。
「どこだ?」
「この…問3の筆記問題、解答例はinになっていますがonでも意味は同じです。切原君の解答で当たっています」
しかしこの問題が合っていたとしても2点プラス。
69点で口約には届かない。
他にも間違いはないかと探したが、解答の間違っている問題はそこだけだった。
だが、
「ん?これ……得点計算を間違えとるぜよ」
「何?」
仁王に言われ、問一から順に得点を足していく。
すると、仁王の言った通り、
「本当だ……69点になる」
これまでの赤也の点数を思えば規格外の出来の良さに、教師も余程慌てていたのだろう。
加算法と減算法、両方で確認するが、やはり何度計算しても69点になる。
「そうすると…先程の誤答の追加分と合わせて合計71点……になりますね」
「ってことは…やったじゃん赤也!!五教科70点以上達成!!」
「え?え?へ?!」
あまりの急展開に当の本人がついていけてないらしい。
赤也は間抜けな声を上げて自分を囲む先輩たちの顔を見比べる。
「何故すぐに確認しなかった?」
弦一郎の言う通りだ。
点数や解答に対する質問やクレームは試験の返されるその時でしか教師は受けてくれない。
もしその場で確認していれば、得点の間違いだけでも訂正されていたはずなのに。
「点数見て落ち込んでそれどころじゃなかったんっスよ!とっ…とにかく俺っ一回聞いてきます!」
そう言って赤也は答案用紙を引っ掴み、職員室へと走っていった。
五分後、かける言葉も無いほどに落ち込んで戻ってくる赤也を皆で迎える。
しかし様子が少しおかしい。
「どうした?訂正はやはり受け付けてもらえなかったのか?」
「……って…言われた……」
落ち込んでいるというより、不機嫌な色が濃い。
「何?」
「書き直して持ってきたんだろうって言われたっス」
「何だって?!」
赤也だけではない。
室内にいた誰もが不条理を感じる言葉に不満を露にする。
「点数の間違いは…訂正してくれたんっスけど……柳生先輩の言ってた問題は…」
「阿呆な教師やのぅ…マジで書き直して持って行く気なら解答例写すじゃろ」
仁王の言う通りだ。
これは職員室に赴き一言言ってやらねば気がすまない。
そう思い立ち上がろうとすると、一足先に動き出した人物がいた。
「…弦一郎?」
無言のまま赤也が手に握っていた答案用紙を引っ手繰り、部室を出る背中を皆一様に呆けた顔で見送る。
「あの…もしやと思いますが……」
「あいつ抗議しに行ったんじゃねえのか?」
言いよどむ柳生の後をジャッカルが続ける。
「面白そうだし見にいってこよ!!」
好奇心旺盛に目を輝かせ、弦一郎の背中を追う丸井を更に追い、皆で連れ立ち職員室へと急いで向かう。
やはり、というか赤也の担当である英語教師を前に弦一郎が何やら訴えかけていた。
しかし去年赴任してきたばかりの若い教師は間違いを認めたくないからか、頑として受け入れようとはしない。
そして普段の授業態度が気に入らないからか、赤也が一方的に悪く言われ、ついに堪忍袋の緒が切れた。
「そもそも先生が採点間違いをしなければこのような事にならなかったのでしょう。まずは己を省みるべきではないのですか」
冷静を欠いた言い分だと分かっていた。
だが言わずにはいられなかった。
しかしそれは俺だけではなかったようだ。
「赤也はそんな汚ぇマネしねえよ」
「だよな。っつーか赤也が書き直すとかそんなセコいマネするわけねーじゃん」
「だいたいそんなもん思いつきもせんやろ。そこまで性根は腐っとらんぜよ。誰かさんみたいにのぅ」
思わず口をついて出たジャッカルに、
丸井が後頭部に両手をあて、バカにするように見下ろしガムを膨らせながらのうのうと言ってのけ、
更に仁王が教師の顔を覗き込み射抜くように睨む。
教師に向かって何て口のきき方を、と咎めるのかとかと思いきや。
「そうですね。そんな考えを持っているからこそ、他人をそんな目で見てしまうのでしょう」
柳生も同調した。
「先生。もし赤也がそんな真似をしたならば俺は問答無用で殴って制裁します。そんな事は俺が許しません。
だが赤也は絶対にそんな不正をする奴ではありません」
弦一郎は手にしていた答案用紙を教師の机に叩きつける。
バアン、と大きな音に室内が静まり返った。
「これは赤也の不正ではない。先生の間違いです」
中学生とは思えないその威圧的な態度に、英語教師の顔色が青く変わる。
そして不穏な空気を感じた三年の学年主任でもある古参の教師が助け舟を出してくれ、その場は丸く収まった。
結局赤也を疑った事を謝ってはもらえなかった。
だが間違いの訂正はしてもらえた。
釈然としないがこれで赤也は胸を張り英語の素点が71点だと言える。
「よかったな、赤也」
職員室を出て、先程のやり取りを斜め後ろから呆然と眺めていた赤也の肩を叩く。
「あ…ありがとうございました!!俺のせいでこんな…」
「お前の所為ではない。皆お前の為にやったんだ」
所為、と為、では随分と意味が変わってくる。
今回は赤也がやらかした事に対する尻拭いとは訳が違う。
「こんな事でダメになるなんて許せねえよ。だってお前すっげー頑張ってたもんな」
赤也の頭をぽんぽん叩きながら言う丸井の意見に皆が頷く。
「その通りだ。何事も努力に勝るものはない。今回の事もお前の頑張りからすれば当然の結果なのだから、お前が気にする事ではない」
弦一郎の言葉に赤也の顔がくしゃりと歪んだ。
皆に半泣き状態を見られたくないのか顔を背け、ぎゅっと腕にしがみ付いてくる。
いつもは生意気な口ばかりをきいていたが、このような不測の事態にどう応じればよいか解らず途方に暮れていたところを助けられたのだ。
このように庇われ、今は初めあった濡れ衣に対する怒りは消えていることだろう。
「赤也」
「…はい」
「よく頑張ったな」
腕に掴まったまま、顔を伏せた赤也の頭を撫でる。
「約束、守ってくれてありがとう」
赤也の首が縦に僅かに揺れる。
「俺は…守れなくてすまなかった」
今度は激しく横に振られた。
たった一点だが、約束は約束。
「百万回の一回目は…お預けになったな」
悪戯っぽく言ってやれば、ようやく赤也は小さく笑った。
残念だが、少し先に伸びただけの事。
たぶん、あの日の縁側のようにまたすぐに機会は訪れる。
「百万回って何のだよ?」
敏く聞きつけた丸井に問われたが、笑みで煙に巻いた。
それは赤也と二人だけの秘密だ。