WISH!10

§:赤也


柳さんが真田副部長を思いっきり蹴ってくれたおかげで、翌週の予定変更は無し。
無事にデートに行ける事になった。
当日は、もう朝から大騒ぎ。
前にいきなり呼び出された時と違って早起きして準備して、今度こそ絶対先に着いてようって思ってたのに、
ベタにも寝坊をやらかしてしまった。
しかも前の晩楽しみで眠れなかったって、これまたありがちな理由で。
朝から家の中バタバタ走り回ってお袋にも姉貴にもさんざん笑われた。
「今度こそ遅刻して行くなよー」
うるせーよ姉貴!!だいたい前だって遅刻してない!……ちょっと待たせたけど。
前のデートの話はしつこく問いただされて、うっかり話してしまった。
もちろん全部は言ってないけど。
で、最高の出来だった中間のご褒美だってお袋が五千円握らせてくれた。
今度こそ奢られるようなカッコ悪い事してくんなって。
そんで余った金で何かプレゼントでもしてやれって。
……要するにこの金って、間接的に柳さんへのご褒美になってねえか?
でも柳さんにはマジで感謝してるし、何かあげたいってのも事実だし渡りに船だ。
待ち合わせには家を三十分前に出れば余裕だけど、すでにその三十分前までカウントダウンが始まってる。
「あと3分で家出ないと間に合わないわよー」
うるせーよお袋!!そう思うんなら邪魔してくんな!
って睨み返そうとしたところで、ケツポケットに入れてる携帯が鳴り始めた。
この着メロ!!
柳さん専用にしてあるメール着信音が鳴り始めて、俺は携帯取り出して画面を覗いた。
『30分遅れます』
ラッキー!!
もうちょっとゆっくり準備できる!
けど…………何で?
何かあったのか?柳さんが遅刻なんて。
「どうかしたんですか…っと」
すぐに返信して、またすぐ返信がきた。
『少し寝坊した』
……ん?何か様子おかしくねえか?
メールの感じがいつもと違う。
俺は一つ前のメールを見返す。
やっぱりおかしい。
柳さんはメール打つ時でさえ漢数字を使う。
たぶん数字入力に変えるのが面倒だからだと思うけど、ひらがなで打ってそれ変換してるみたいだ。
それに『ます』って。
『遅れます』って。
あの人のメールってビックリするぐらい素っ気無い。
だから一回のメールで済むように『すまん、少し寝坊した。三十分遅れる』って送ってくるはずだ。
そしたら俺もそれに『了解っス』って送って終了。
最初は淋しかったけど、最近それにも慣れてきた。
…やっぱ何かあったのか?
一度は緩めた速度を再び上げて、15分前に着くように駅前へと走った。
待ち合わせに使った駅前は同じような人でごった返している。
この駅は乗り換え駅だから結構な大きさだ。
前に行ったショッピングモールほどでもないけど、いくつか商業ビルが並んでて地元じゃ定番のデートスポットになってる。
まだ来てない…みたいだなー…
俺は駅前にあるでっかいウシだかウマだかよく解んねえ像を囲んでるレンガに腰掛けて柳さんが来るのを待った。
あれ以来メールは入ってない。
あと5分で変更した待ち合わせ時間になるけどまだ柳さんはやってこない。
近く探しに行ってみるかなー…けどここ離れるわけにいかねえし…
俺はきょろきょろと周りを見渡した後、携帯の時計に目を落とす。
あと2分で約束の時間だけど、まだ来ない。
メールも電話もない。
マジで何かあったのかな……心配になってきた。
たぶん逆ならそうでもないんだろうけど。
俺は遅刻常習だし、5分10分ぐらいの遅刻なら皆さして何とも思ってない。
…真田副部長には思いっきり怒られるけど。
あ、でも最近は遅刻しないように心がけてる。
柳さんが時間にルーズな奴は嫌いだって言うから絶対遅刻しないように頑張ってる。
だから今日はマジで焦った。
駅前の大きな時計がでっかい音を出して正午を知らせる。
約束の時間だ。
来ねえなー……やっぱその辺探しに行こう。
そう思って立ち上がって、周りを見渡す。
「うわっ、すみませ……ん?!」
歩き出そうとした瞬間目の前に立ってた人にぶつかりそうになった。
慌てて身を引いて見上げて目が点になる。
「えっ……」
「おはよう赤也」
「や…なぎさん?!」
目の前にいる人は柳さんだけど柳さんじゃない。
じゃないっていうか…違う人みたいだ。
流行りのカッコっつーか……仁王先輩とかが好きそうな服を着た柳さんが目の前にいる。
「すまんな…いきなり予定の変更をして」
「いや…それは…全然構わないんっスけど……そのカッコ…」
あ、やべっ指差しちまった。
怒られるかと思ったけど、柳さんは不安げに表情を曇らせる。
「…やはりおかしいか?」
「へ?!いや、そうじゃないっス!逆!!めっちゃくちゃ似合ってます!!」
前に会った時のカッコのが柳さんっぽいって思ったけど、今日のカッコはこれはこれですげー似合ってる。
服がモノトーンなのは同じ。
白のロンTに黒のロング丈ベスト重ね着して、黒のジーンズはいてる。
けど中折れハットとか首に巻かれた赤とオレンジのストールとかの小物がいっぱい増えてて雑誌から抜け出たモデルみたいだ。
でも教科書通りってわけでもなくて、パンツに染め付けられた大きな桜の柄や和風の小物類が柳さんっぽい感じがする。
見慣れないだけで…いつもより可愛い気がした。
たぶん不安そうな表情のせいだ。
まだ何か服に着られてる感じがしてるし。
「ど…どしたんっスか…?その…いきなり…」
何でオシャレに目覚めたんだ?
「お前の小説と同じだ」
「へ?」
「俺も…お前の好きなものを理解したかった。服装に関しては無頓着だったが…
…お前がよく部室で仁王や丸井たちとファッション誌などを見ていたのを思い出してな」
って事は……俺の為?!
何かもう…こういうの何て言うんだっけ?
柳生先輩に教えてもらった…えーっと…えーっと…
そう、セーテンのヘキレキ!
ビックリしすぎて上手く頭が回んない。
でも嬉しすぎるのだけは解る。
「…もしかしてここんとこ仁王先輩たちと一緒にいたのって…これの所為?!」
「ああ。お前が柳生に読書の手解きを受けていたように俺もあいつらに色々と教わった」
「じゃ…あの試験勉強の日も…」
「これを買いに出ていた」
やっと納得がいった。
ここのところの謎の行動が、全部。
「この恰好…おかしくはないか?正直に言ってくれ」
可愛い…!!!!
いつも涼しげな顔ばっか見てるから、こんな風にうろたえる姿なんて滅多に見れねえし。
俺が追い掛け回してた頃をちょっと思い出した。
余裕ない感じがたまんねえ…
「〜〜〜〜マジで可愛いっス!!!!」
「あっ…赤也っ」
もうちょっと見てたい気もするけど、白い顔して心配そうに見つめてくるもんだからー…ガマンできなくなった。
思わず抱き締め…いや、抱きついてしまった。
その事でますます柳さんは焦ったみたいだ。
「…場を弁えろ…っ!!」
肩掴まれて力任せに思いっきり引き剥がされた。
チェッ…どうせ皆自分の事でいっぱいいっぱいで俺らの事なんか見てねえし。
って思ったけど、見られてる。思いっきり。
俺は柳さん置いて像の背後に回った。
「仁王先輩っ!!丸井先輩っっ!!!」
悪いけど足は俺の方が早い。
急いで逃げようとする二人の背中を引っ掴んだ。
「何覗いてんっスか!!!っつーか何でここにいるんっスか!!!」
「そんな怖い顔しなさんな。俺らは俺らで遊んどるだけじゃ。なァ?」
「おーよ。何もお前らの邪魔しよーなんて考えてねえし。安心しろ」
絶対嘘だ。
ぜっっってぇ嘘だ。
完全に面白がってる。
顔がそう言ってる。
「絶っっっっ…対!!ついてこないで下さいよ!!」
「ハイハイいってらっしゃーい」
仁王先輩は笑いながら俺の背中を押し出すけど、釈然としない。
満面の笑みで手を振って送り出す丸井先輩も胡散臭くて仕方ない。
不安だ。
けどこんなところで時間をロスするわけにはいかないから、
俺はもう一度ついてくるなと念を押してから柳さんの元へ戻った。






§:ブン太


物凄い目で睨みつけてくる赤也を見送って、やれやれと思わず溜息が漏れた。
「やーっと行ったかー…」
「参謀のガンコにも困ったもんじゃのう……」
「俺らが似合ってるっつってんのに…なあ?」
「ま、不安な気持ちは解らんでもないけどな…」
仁王の意見に激しく同意。
いきなり今までと違うカッコしろっつってんだから戸惑わない方がおかしい。
でも今日だけじゃない。
今日の為の買物からして大変だった。
服装に無頓着そうだとは思ってた。
センスがないとかでなく、無難にまとめすぎてるところがあるから折角の機会だし冒険させてやれ、
と思って色々提案してやったのに、尽く意見を却下された。
「絶対似合わない」の一点張りで。
けど今までよりちょっと変わった程度じゃ何の為に年玉貯金崩させたかわかんねえじゃん。
だからほぼ柳の意見無視って俺と仁王で勝手に話を進めていった。
そんな中で唯一自分で欲しいっつったのがあの桜柄のパンツだ。
たまたま入ったショップで染色してくれるサービスがあって、そこで一目惚れしてしまったみたいだ。

「それ買っちまったら予算オーバーじゃん。他の服買えねえぜ?」
「…しかし…」
名残惜しそうだなー…
デザインサンプルの挟んであるファイルをじっと見てる。
それを横から覗く仁王も援護する。
「まあ普通のデニムよか似合いそうやがの」
確かに。
この大きな枝垂桜の和柄は柳に絶対似合うし個性的だしポイント高ぇよな。
俺だって金あったらこの龍の柄のやつ欲しいし。
「折角やし、注文したらどうじゃ?気に入ったんじゃろ?」
「でも他どーすんだよ。靴とか小物とか」
「今回は見送りっつー事で。俺らの手持ち貸すか…あ、そうじゃ。いい考えがある」
「何だよ」
仁王は携帯を取り出し、ニヤニヤ笑いのまま一旦店から出て行った。
…何だ何だ?
柳も不安そうにその背中を見ている。
へえ…こんな顔もできんだな、こいつ。
赤也と付き合い始めてからだんだん人間界に近付いてきてる印象がある。
前は平坦としてて俗世捨てた坊さんみたいな感じだったけど。
今は何か迷子の仔犬みたいだ。おもしれぇー。
しばらくしたら仁王がまた戻ってきた。
「他のモンの調達は俺に任せて。参謀、それ気に入ったんなら買いんしゃい」
「…仁王?」
「何で?」
理由を問いただしても、一向に口を割らない。
けどまあ…いつものふざけた感じじゃないから柳も納得したみたいで、注文する事に決めたみたいだ。
店員と相談しながら柄決めてる柳見ながら次の事を決めていく。
勝手に。
「靴はどうする?これだったらスニーカーよりブーツとかのが良くね?」
「参謀、お前さん足何センチじゃ?」
「26センチだ」
小さっ!俺と一緒じゃん!!
身長は20センチ近く違うのに…
……それでよくつまづいてたのか。
俺は部活や廊下歩いてる時の柳の様子を頭に思い浮かべる。
何も無いところでよく転びそうになってた。
年寄りみたいに足の筋力が弱いってわけじゃないし、何でだろうって思ってたんだけど…
なるほど納得。
身長と足のバランス悪いんじゃん。
足が小さくて縦にひょろ長い奴って転びやすいって聞いたけど、ホントなんだ。
試合中とかは気合入れてんだろうけど普段はそうそう気張ってらんねえしな。
普段は爪先引っ掛けるたび赤也が心配そうに大丈夫っスか?!ってすっ飛んで行くのが常だ。
そういやこないだなんて真田とそれでくっっだらねえケンカしてたな…
赤也がコート脇で転びそうになった柳を庇おうとしたんだけど、一歩先に隣にいた真田が柳の腕掴んで助けた。
何で真田副部長が助けるんっスか!俺が庇おうとしたのにってキャンキャン食いつく赤也に、
誰が助けようと蓮二が転ばなければそれで良いではないか、なんて言うもんだからますます赤也が怒って。
でもこの時も柳が先に怒ってたな……
あの時は流石に真田が哀れになった。
あいつは良かれと思って助けてやったってのに、赤也には膨れられ…真田の硬そうな腹筋に柳の拳がキレイに入ってた。
ドスッと鈍い音がして、まあ筋肉のおかげで大して痛くないんだろうけど精神的ダメージが大きいだろう。
すんげーショックそうな顔して真田が「何だというのだ!」って喚いていた。
足を蹴って以来、よく手が出てるよなー柳の奴。
今までは一旦考えてからの行動が多かったんだろうけど、赤也に関しては脊椎反射を起こしているような気がする。
特に対、真田。
意外とロマンチストなんだな、と思った。
ロマンチストっつーより情緒に欠ける行動が嫌いなんだろう。
文学少年だし。
柳的にも赤也に助けられたかったんだろう。
「26センチかー…丸井と一緒やの」
「ん?ああそうだぜ。んじゃ俺の貸してやるよ。丁度それに合いそうなの持ってるし」
「あ、届け先うちにしとけよ、参謀」
「…何故?」
申込用紙を書く手を止め、柳が顔を上げる。
「当日はデート前にうちでスタイリングじゃ」
「んじゃうちからもテキトーによさそうなの色々持っていってやるよ」
「何から何まで悪いな…ありがとう」
ほーんと、何でこんな手のかかる奴らのメンドー見てやってんだろ、俺らは。
柳生もジャッカルも、真田も。
ま、何か一生懸命な奴って応援したくなるし。
こいつら盛り上げるとおもしれーし。
……後者理由が90パだけど、結果オーライだよな。うん。

そしてデート当日。
もう朝から大騒ぎだった。
柳と駅前で待ち合わせて仁王の家に行くと、仁王と仁王の母ちゃんが待ち構えていた。
何で母ちゃんまで?って思ったら、仁王の母ちゃんって出版社に務めてて、今丁度メンズ雑誌の編集部にいるらしい。
それで撮影で使った物を時々買い取りで仁王の為に持って帰ってくるそうだ。
「もしかしてこないだショップで電話してた相手って…」
「うちのおかんじゃ。参謀の事は写真で見てたから、似合いそうなモン適当に持って帰ってくれって」
モデルなんて現場で見慣れてるけど、それでもプロの目から見て充分にスタイルがいいって仁王の母ちゃんが褒めてる。
なのに柳はまだ疑心暗鬼なままだ。
お気に入りの桜柄ジーンズはいた時だけ嬉しそうにしてたけど、
小物類やらアクセサリーが増えていく度顔が歪んでく。
「シャツの上にシャツを着るのか?」
「重ね着は基本だろぃ」
「…袖がほつれているが?」
「切りっ放しなのはこーいうデザインなの!糸切るなよ。破れるから」
似合ってんだし、文句言わずに大人しく着りゃいいのに。
理屈屋が悪い方向に向いてるなー…
「ハイ、これつけて」
「何だこれは……どこにつけるんだ?」
「ウォレットチェーンじゃん。腰だよ。ここにつけんの」
財布ぶら下げるわけじゃないからベルト通し部分に引っ掛ける。
俺と仁王、そして監修と衣装提供に仁王の母ちゃんが面白がっ…いやいや、柳の為に次々着付けていく。
柳も何をどうしていいのか解んねえもんだからされるがままだ。
こんなの赤也に知られたらエライ事になりそうだぜ……
柳さんに触んな!!ってすんげー勢いですっ飛んできそう。
けど…ま、これもあいつの為あいつの為。
「それ払い下げやけ、参謀にやるわ」
「いいのか?」
「俺使わんし。和柄やけ、そのデニムに合うじゃろ」
「ありがとう…」
けどケツに当たるのが気になるのかしきりに腰を見てる。
「んじゃ次はこれ」
「……マフラー?」
「ストール」
何でこの時期にマフラーなんだよ。
ボケてんのかと思ったけど、天然みたいだ。
素の顔でそんな事を言ってのける柳の首に巻いてやる。
仁王私物の赤とオレンジのストールは俺も欲しいぐらいだ。
後でくれって交渉してみよ。
「最後。ハイ、これ被って」
ベルト部分が桜のちりめんになった黒の中折れハットを渡す。
これはB品だからってタダでいいよって仁王の母ちゃんから提供品だ。
それを柳は恐る恐る頭に乗せた。
「おぉーマジでいいじゃん」
「似合うとるぜよ、参謀」
廊下にある姿見で全身を映す。
まだ釈然としないって顔をしてる。
似合ってるっつってやってんのに。
仁王の母ちゃんなんてすんげー気に入りようで勝手に写メってるし。
「…おかしくないか?」
「おかしくねえよ。似合ってるって」
そんなに信用ねえのか?俺達。
仁王はともかく俺は嘘もペテンもねえのに心外だ。
まあたぶん思い込みのせいで冷静に自分が見れてねえんだろう。
「はい、荷物持って。遅刻したら赤也心配するぜ」
こいつどこ行く時も15分前集合基本らしいし、そのパターン知ってんなら赤也も遅刻せずやってくるだろう。
鏡の中の自分見て、まだ眉間にシワ寄せたままの柳を玄関まで追い立てる。
一瞬顔をしかめて、玄関先に座り込んでブーツをはきはじめた。
「あー違う違う。中に裾入れんの」
されるがままの柳の足引っ掴んで最後の仕上げとばかりにブーツの中にジーンズを入れてやる。
くそっこいつ足長ぇな。ムカつく。
俺のブーツなのに違う物に見える。
脹脛まで丈あるのに、そっから先なっが。ムカつく。
「そんじゃ、いってら〜♪」
駅まではすぐだし、仁王の家でスタイリング予定にしてたから赤也との待ち合わせもここの駅にしてあるらしい。
一人で行けるだろうと手を振って見送る。
が、玄関を出ようとしたところで柳が立ち止まる。
「…どしたんじゃ?」
「忘れ物か?」
「やはり着替える!」
「はあ?!」
何で?!
俺と仁王は目を白黒させたまま顔を見合わせる。
「だからおかしくないっつってんじゃん!お前が思い込んでるだけだって」
「しかし…」
あーもう時間ねえっつってんのに。
頑固っつーか…こんな訳わかんねえ駄々こねる柳とか珍しいよな。
「柳ー…もう赤也来ちまうぜー」
「しゃーないのう…参謀、ケータイ借りるぜよ」
「…何やってんだよ?」
「んー?赤也にメール。遅れるって入れといてやるんじゃ」
2回やり取りをして仁王は柳のカバンにケータイを戻した。
待ち合わせ時間を30分延ばしたらしい。
それでもこの様子からして駅に着くまでの間にまだ悶着ありそうだな…
仕方ねえから俺と仁王で無理矢理駅前まで連れて行った。
駅前にあるよくわかんねえ像の前で待ち合わせらしいんだけど、柳はさっきから物陰隠れたまま動こうとしない。
しゃーねえから仁王が見張り役となって赤也が来るのを見てくれている。
「赤也来たー?」
「まだじゃ。参謀ー腹決まったか?」
仁王の声にも無反応で、壁に向かって突っ立っている。
こんな落ち着きねえ柳初めて見たぜ。
「……もう帰る」
「はあ?!」
ついに究極の一言を吐きやがった。
あんなに楽しみにしてたデートじゃねえか!
何でこんな本末転倒な事になってんだよ!!
「だって…こんな……もし赤也の不評を買ってしまったら…
いや、それは構わんのだが…あいつに不愉快な思いはさせたくない!」
だって、って!
だってって言ったぞオイ…
どこの駄々っ子だこれは。
立海の理知は遠く彼方へ消えちまってる。
あ、そうか。解った。
いつもと違う自分に慣れないだけじゃないんだ。
いつもと違う自分を赤也に見せて、もし万が一にも赤也の不評買って気持ちが冷めたらって不安になってやがるな、これは。
コンサバ脳ミソな柳らしいぜ。
つーか初デートに服装で失敗したくない女子かお前は。
冒険心も好奇心もあるんだろうけど、それを実行してしまってそれが負に働いたらって、そこまで考えちまうんだ。
赤也の片想い時代の時と全然変わんねえなー…何事に関しても変わってしまう事を恐れている。
この辺の心の壁の打破は赤也に任せるとして、とりあえず今は待ち合わせ場所まで引き摺り出す方が先決。
「赤也なら絶対大丈夫だって!」
「そうそう。赤也ならたとえお前さんが襤褸着てても大好きだって宣言するぜよ」
「襤褸と同等だというのか?!」
「あー違う違う。そういう意味じゃなかよ」
ついに仁王までもが頭を抱えた。
おもしれぇー!仁王が他人に振り回されるなんて。
やっぱ今日の休み、この一件に噛んで正解だったぜ。
珍しいオフを他人の為に潰すのもなーと思ってたけど、来てよかった。
「あ、赤也来ちまってるぜ」
「何っ」
柳が焦った様子で赤也の姿を探す。
絶対赤也より先に着きたかったんだろうな。
物凄い葛藤があるんだろう、ますます落ち着きがなくなる。
像の前のレンガに腰掛ける赤也のカッコをここからチェックする。
あいつはいつもと変わんねえ…いや、ちょっといつもより落ち着いたカッコしてるかな。
モノトーンの上下にアフガンストールで色味アクセントつけてるだけ。
あっちも柳意識してるって事か。
「ほら柳、赤也待ってるぜ」
「う…ん…」
もたもたしてる間に、ついに待ち合わせの時間になってしまった。
駅前の大きな時計が鐘の音鳴らし始めた。
「赤也も似た様なカッコしてんじゃん!どっからどう見たってお似合いだお前らは!!行ってこーい!」
威勢よく背中を叩いてやると、ようやく重い足取りで赤也の方向けて歩き始めた。
何で楽しい楽しいデートなのにあんな暗いんだよ!!
折角協力してやったんだし、もっと楽しそうにしろ!!
「おい仁王!つけるぞ!」
「はいはい」
面倒臭そうにしてるけど、仁王だって気になるみたいだ。
珍しく素直についてきた。
二人にバレないようにこっそり像の後ろに隠れる。
くっそー…周りがウルサくて何喋ってるかまでは解んねえなー……
赤也もビックリしてるみたいだけど、すんげー嬉しそうなのは判る。
顔見りゃ判る。
「あ、抱きついた」
大成功だな。
これで柳も納得いくだろうよ。
「逃げるぞ丸井!!」
「は?」
「赤也にバレた!」
げっ!!すんげー勢いでこっち目掛けて走ってきてる!
俺と仁王は慌てて踵返したけど、赤也のスピードには敵わなかった。
あっという間に捕まって、絶対ついて来るなと念を押された。
ちぇーっっ…
けど嬉しそうに人ごみに消えて行く二人の背中見送って、何か一仕事終えたって感じ。
折角出てきたんだし、俺らもついでに買物に出かける事にした。
「しっかし…面白いのぉ」
「赤也が?」
「参謀」
あいつらと逆方向に歩き始めて数分。
仁王が面白そうに口を開いた。
「あいつ、自分の体裁やのおて真っ先に赤也の気持ち気にしよった」
「あー…そういえば」
自分がどう見られるか、カッコ悪かないかって方気にするより赤也がどう思うかばっか気にしてた。
「自己中やないけど自分時間で生きてプライド高ぅて結構ナルシーなとこあると思ってたが…」
「恋を知った参謀は斯くも変わり、だな」
面白い。
まずは改造計画第一弾終了。
次は何をしてやろうか。
これで味を占めた俺達は次の段階を思い浮かべてほくそ笑んだ。

 

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