WISH!8

§:ブン太


週明けってただでさえダルいのに、テスト前ってだけで嫌な気分になる。
が!
今日は楽しみが一つあったから早くから登校した。
そしたら俺と同じ考えの奴がもう一人。
銀色の頭がフラフラ歩いてるのが前方に見えるから足を速めた。
「っっス!仁王!」
「おー…おはようさん…」
「珍しいじゃん。お前が遅刻ギリじゃないって」
「お前と同じ考えじゃ」
やっぱりな。
思った通りだ。
「どうする?校門で張るか?」
「やな。教室じゃ聞き辛いし…どうせまだ来とらんやろ」
俺達は今日の標的を待つべく校門を入ったところで暫く待った。
「おっ!来たぜぃ!」
もし同伴登校だったらどうしようかと思ってたけど、いい具合に一人だ。
俺と仁王は同時にその影の目の前に飛び出す。
「おっはよーっス赤也ぁー!!!」
「おはようさん赤也ー」
「うわあああっっっ!!!」
ボーっと歩いてるとこ不意打ちしてやったからか、思いっきり動揺してやんの。
どーせ柳の事でも考えてたんだろぃ。
仁王と俺で両側から肩ガッチリ組んで逃げられないようにして、早速尋問開始。
「どーだったんだよ週末ー」
「どうって……」
「どっちのお勉強してきたんじゃ?」
「は?どっち?」
「試験勉強か?それとも教科書に載ってない事手取り足取り腰取り――…センパイに教えてもらったんか?」
こいつこないだから言う事が逐一オヤジくせぇなー…
まあ聞きたい事には変わんねえけど。
「ん?どした?」
「何だよ、行かなかったのか?」
俯くからお泊りできなかったと思ったら、そうでもないらしい。
「行きましたよ!…もう…愛と欲望の狭間で死ぬかと思いました……」
「ブハッ!愛と欲望って!!」
「って事は俺のやったブツを使う事もなく終わったんじゃの。ご愁傷様」
半べそ状態の赤也の話が微妙に長引きそうだったので、俺達は赤也を部室に連行した。
仁王がいつの間にか合鍵を勝手に作っていたから部室はいつでも好きに使える。
五月蝿いから真田には言ってねえけど、あいつ以外のレギュラー皆知ってる隠し場所から鍵を取り出して中に入った。
そして先週使ったままにしてあった椅子に座って続きを聞きだす。
赤也の話によれば、柳はどこまで本気なのか天然なのか計算なのかとんでもない行動が多かったらしい。
中でも一番困ったのは…
「あの人一緒に風呂入ろうとしたんっスよ?!」
って事らしい。
けど、
「いいじゃん入れば」
何が悪いってんだ?
何でも風呂好きの柳のじーさんの為に広い風呂に改築したから余裕で二人入れるぐらいの大きさらしい、柳ん家の風呂は。
「合宿の時とか一緒に入ってたじゃん」
「同じ事言われましたよ……」
「はっはーん……赤也、お前…ヨクジョウでヨクジョウしよったな」
下らねえダジャレを言う仁王の頭を一発叩いておいて、赤也に向き直る。
「で?」
「あんな状態で一緒に入ったら襲い掛かりますよ!!!」
「バカだ!!」
明け透けに物を言う赤也をからかう事ほど面白い事はない。
俺と仁王は腹を抱えて笑った。
「変な気起こしたら問答無用で追い出すって言うくせに風呂には一緒に入れって…
…無理っスよ!!先輩たち解りますよね?!俺の気持ち!!」
飢えたオオカミの前に美味そうな羊がいる状態だもんなぁ……
にしても柳の奴、何考えてんだか。
「勉強してたら柳さんのお母さんに風呂入れって言われて、柳さんが風呂場に案内してくれたんっスよ…
…んで入ろうと思って服脱ぎ始めたら後ろで柳さんまで一緒んなって脱いでて…」
あー…たぶん深くは何も考えてねえんんだろうな…それ。
丁度大きさ的にも二人入れるし、二人で入ればいいじゃないかって感じで。
「必死になって止めたら微妙に機嫌悪くなっちゃって…俺もうどうすりゃいいか……」
ほんとに何も考えてねえんだな…
ここにきて微妙な温度差が見えてきた。
色々ヤる気満々の赤也と今までと変わらない態度の柳。
何かちょっと赤也が可哀想になってきたぜ…
まあ先輩後輩って期間のが長かったわけなんだし、いきなりそーいう事しろっつー方が無理なんだろうけど。
うーん…それなら柳の気持ちも解る気がするしー……
「ま、焦るな焦るな」
「そうそう。焦って気分でもない柳襲って嫌われたら元も子もないぜよ。あいつの為や思ったら我慢もできるやろ」
うーっと唸りながらも赤也が小さく頷く。
でもこーいうガマンって無茶だよなあ…言ってみりゃ性春真っ盛りのお年頃なわけだし。
特に赤也なんか片想い時代からヤりたいって大宣言しちまうぐらいなわけだし…どうにかしねえとなー…
…って別に自分の事でもないのに思わず真剣に画策してしまった。





§:柳生


試験前という事もあり、微妙に殺伐とした空気が校内を取り巻いていますね。
そんな生徒の群れの中でも冷静な彼の背中が前方に。
「おはようございます、柳君」
教室へ入ろうとするところを後ろから肩を叩くと、驚いた面持ちで振り返ります。
「あ……ああ…柳生か…おはよう」
おや?
珍しい…柳君がうわの空とは。
「どうしました?」
「……少し寝不足でな…」
これまた珍しい。
データの整理でもしていたのでしょうか?
「…そうだ、頼みたい事があるから次の20分休みに時間をくれないか?」
「すみません…20分休みは化学室へ移動なんです。昼休みでも構いませんか?」
「ああ、お前の都合に合わせる。すまないな。では昼食を取った後…一時頃にA組に行くよ」
「解りました」
彼が私に頼み事など…一体何なんでしょう?
気になりますが昼休みになれば解るでしょう。
私はいつもより少し早めに昼食を済ませ、柳君が来るのを待ちました。
ですが柳君が来るより前に、ジャッカル君がやってきました。
「悪ぃヒロシ、古典のノート貸して!」
「構いませんよ。どうぞ」
「ちょっと書きそびれた訳があってさ…」
こうして私のノートを借りに来るのは彼だけではありません。
丸井君や仁王君など試験前はいつもの事。
真田君は他人のノートに頼るなど言語道断と貸すわけもなく、
柳君は自分にさえ解ればよいと速記に近い表記をしている為他の人が読解する事は叶いません。
だからいつも私にその役が回ってきます。
しかし今回は彼らだけではありませんでした。
「すまんな柳生」
「ああ、柳君」
ジャッカル君がやってきた5分後、約束通り柳君がやってきました。
「あれ?柳…」
「何だジャッカルもか」
私のノートを見て自分の教科書に訳を書き込んでいたジャッカル君を見て、柳君が変な事を口走ります。
も、という事は……
「え?君もノートを借りに来たんですか?」
「聞きそびれていた部分がないか気になってな」
「はあ…珍しいですね……あ、もしかして先程寝不足だと言っていたのは」
「試験勉強だ」
シケンベンキョウ……
彼の口から初めて聞いた単語ですね。
一夜漬けという単語は仁王君や丸井君の専売特許ですし…
少なくとも過去二年、私は彼が定期試験の前に寝る間も惜しんで勉強をしているなど聞いた事がありません。
私は戸惑いながらも言われるままに柳君に各教科のノートを差し出しました。
「……何かあったんですか?」
「事情があってな……五教科総合490点以上を取らねばならんのだ」
「490点?!」
ジャッカル君と私の声が重なります。
五教科平均98点。
彼ならば不可能ではないんでしょうけど……しかし何故急に?
「その…事情というのを……聞いてもよろしいでしょうか?」
ノートを書き写す手を一瞬止め、逡巡した後口を開きます。
「…赤也に…大見得を切ってしまった…」
「……はい?」
大見得とな?
「あいつが勉強を教えてくれと言うからその替わりに全教科70点以上を取れという条件を出したのだが…
無理だと思っていたんだ。あいつに70点以上など」
「はあ…まああの英語の点数ではねえ……」
しかしそれが大見得とどういう繋がりに?
「だが予想外に頑張っているのであいつにばかり頑張らせるのも酷だと思って」
「それで君も目標点を定めた、と?」
「そういう事だ」
そう言って柳君は再びノートを書き写す為に手を動かし始めます。
これは他にも理由がありそうですが……深く突っ込まないようにしましょう。
土日に何かあったのでしょう、きっと。
「しかし490点は言い過ぎたな……実力考査は春休みの課題の中から出題されたから傾向と対策が取り易かったが…
中間考査となると範囲が広い所為で出題傾向が絞りにくくて少し参っている……」
大見得とはそういう事でしたか…
何だかんだと言って切原君にいいところを見せたかったという事ですね。
溜息をつきながらも手は休める事無くノートを書き写していく姿に彼の本気を感じます。
こんな彼に少し興味が湧きました。
前言撤回です。
もう少し突っ込んで聞きたくなりました。
「週末の勉強会はどうでしたか?」
コート上で熱戦を繰り広げている時ですら冷静な柳君がこうして熱くなるなんて。
ジャッカル君も書き込む手を止めて興味津々の目で彼を見ています。
「俺は楽しかったが?」
……冷静に返されてしまいました。
口調からは楽しさなど微塵も感じませんが…楽しかったのでしょう。
しかし…俺は、と。
切原君はやはり勉強ばかりで楽しくなかったのでしょうか?
「赤也はやっぱ勉強ばっかで楽しくなかったのか?」
ナイスシンクロ率ですジャッカル君。
今まさに私もそれを聞きたかったのです。
「…赤也は………楽しかったと言ってくれた」
何だか含みのある言い方ですね…
だな…
ジャッカル君と視線をかわし、思わず目で会話。
「口では楽しいと言っていたが少し様子がおかしかったから…それが気になってな」
いや、あれだけ浮かれ上がっていて…楽しくないわけがないでしょう。
まあ切原君の心のあるところなどだいたいの想像はつきますが……
「その…まさかとは思いますがー……」
「赤也の奴、お前に何かしたとか?」
「何かとは?」
それを聞きますか。
ジャッカル君も思わず口篭りました。
「…襲われでもしたか?」
直球で聞きましたね……しかし、まあそういう事です。
「保健体育は今回の試験範囲にないだろう?」
…どこまで本気なのかまた冷静に返されてしまいました。
彼の事です…煙にまかれたのかもしれませんね…いつもと同じ顔なので量りかねますが。
「赤也に俺を無体するような度胸があると思うか?」
「いや、はあ…まあ……」
それはその通りです。
あれだけ必死になって手に入れた柳君に嫌われるような事をするとは思えません。
しかし、だからこそ辛かったのでしょうね。
金曜のあの様子からして、それはもうやる気満々で自宅を訪問したのでしょう。
勉強ではない方のやる気を出して。
紳士たるもの他人の睦言になど関心を示すべきではないのでしょうが…好奇心が勝ってしまいました。
「様子がおかしいとは…具体的にはどのように?」
「俺の着替え一つにも動揺していた」
ご愁傷様です切原君…
きっとギリギリの理性で踏ん張っていたんでしょう。
「少し離れた場所から見ていた頃より…今の方が赤也の事がよく解らない」
これぞまさに恋の病ではありませんか…
だよな…
再びジャッカル君と目で会話をかわしましたが、俯いたままの柳君は気付きません。
「だから裸の付き合いでもと思って一緒に風呂に入ろうと思ったのだが……断られた」
よく耐えました切原君!!
今ここにいない彼に心から花束を贈りたい気分です。
私もジャッカル君も切原君の心境を察し、思わず口元目元を押さえ涙しそうになりました。
「…風呂なんて合宿の時でも一緒に入っているというのに」
この人ほんとに解ってないんですかね?
みたいだな…他の事には敏い癖に恋愛になると一気に疎くなるってんじゃねえのか?
ジャッカル君との目での会話も板についてまいりました。
「ま…まあ今までの友人や先輩後輩としてでなく恋人ともなると気恥ずかしいのでは?」
「裸がか?そんな事を言っていては部室で着替えも出来ないではないか」
「いや、まあそうだけどよ…赤也にしてみりゃ目の毒なんじゃねえのか?」
ジャッカル君の意見も尤もです。
好きな人の裸を前にして冷静にいられるほど彼は大人ではないはずですから。
しかしその言葉をどう解釈したのか、柳君は酷く落ち込んでしまいました。
「…やはり男の体では駄目だという事か?」
…はい?
今のお話、どう歪曲解釈すればそうなるのでしょう?
柳君は口の中で何やらブツブツと言っていますが、聞こえませんね…
何か思い当たる節でもあるのでしょうか?
「もし…俺の所為で何か赤也が不愉快な思いでもして嫌われたら…」
「や、それは絶対ありえません」
おっと、思わず口を挟んでしまいました。
「何故そう言い切れる?」
むっと表情を歪めて詰め寄られ、些か動揺してしまいます。
よもや彼がこのような子供じみた表情を見せる日が来るとは……
切原君の事は自分の方が良く解っていると言いたいのでしょうが、外野だからこそ見える景色もあるのですよ。
「きっと君が切原君から離れてしまった後も思い続けますよ、彼は。切原君が君を嫌うなんて事はありえません。
むしろ逆を考えた方がよろしいのでは?」
「逆?」
「切原君は君に嫌われないよう必死になっていますよ」
大嫌いな読書に勉強。
全ては君のためではありませんか。
まあそれは柳君の知るところではありませんが。
今まではただ必死に気持ちを掴む事ばかりになっていた彼が、今はそれを掴み続ける苦しみに晒されているのです。
振り向かせるよりも、その後捕らえ続ける事の方がずっと大変なのですから。
しかしそれも切原君の取り越し苦労のようですね。
「そんなの…俺とて同じ事だ……」
少し拗ねたような表情で俯く姿に、今度はジャッカル君と苦笑いをかわしてしまいました。
我が立海大の誇る参謀殿をこんな風に翻弄できるのは、きっと彼だけなのですから。

 

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