WISH!6

§:赤也


結局お袋に邪魔されて最後の1枚が出来ないままにタイムアップ。
5時になったから家を出て柳さん家の最寄駅まで急いだ。
っつーか一昨年まではここに住んでたんだよなー…俺。
夢の一軒屋よーってお袋の大号令一つで中学上がると同時に賃貸マンションから今の家に引っ越した。
ここに住んでりゃ今もご近所だったのに!
っていうか柳さんと同小だったって知ったの立海入ってからなんだよなー
家は小学校挟んで正反対だったし、柳さんの家って隣の学区のが近いぐらい外れになるから
集団下校とかの時も地域の行事関係も接点がまるでなかった。
その上同じ学年の奴以外全然知らなかったし。
もし気付いてたら幸村部長や真田副部長より先に出会えてたのに。
二年前の俺のアホ。
そういえば、って出来事も色々あった。
凄く頭のいい子がいるとか、テニスが上手い子がいるとか、噂では聞いてた。
全然興味ねーって思ってた二年前の俺のアホ。
でもまあ…今は一緒にいられるし、一応一番近くにいれるんだし…恋人だし。
改めてそういう単語で考えると、やっぱり顔が緩むのを抑えられない。
危ねー危ねー…これじゃ不審者だよ。
俯いて喜びの波がどっか行くのを待つけど、無理だ。
だってこれから柳さん家に行って…
べっ…勉強しに行くんだからな。
自分に言い聞かせておかねえと…うっかりすると耳元に仁王先輩の囁きが聞こえてきそうになる。
頭を振って欲望と葛藤してると電車の到着を知らせるアナウンスが聞こえてきた。
時間は5時15分。
絶対早い目に来るって思ってから、今日は絶対俺の方が先に行って待つつもりにしてた。
顔を上げると背の高いあの人の姿が見えた。
こっちに気付いて手を振ってくれる。
俺は改札口まで走って近付いた。
「早いな赤也。待ったか?」
「いや、全然!今来たところっス!」
これが言ってみたかった。
……ってどこのオトメだ俺は。
っていうか柳さんどこ行ってたんだろ…
買物かなんかかと思ったけど別にいつものカバン以外何も持ってない。
むー…見せたいものって事は買物じゃないのか?
「どうした?行くぞ」
「あ、ういっス!」
気になったけど話してるうちにそんな事も忘れてて、あっという間に柳さんの家に着いた。
ここに立つのは三度目だけど、何回来ても緊張する……
「そんなに緊張しなくても大丈夫だ。祖父母は旅行に行ってて不在、父も出張中で今日は母と姉しかいないから」
「え?あ、そうなんっスか?」
柳さんの家族って何かすげー厳しそうなイメージしてたからちょっと心配だったんだよな…よかった。
玄関入ると幅のある廊下があって、奥行はないけど広い感じがする。
すげー…和!って感じの家だ。
柳さんに似合ってる。
「どうぞ」
きょろきょろ見回してたらスリッパ出してくれた。
「おっお邪魔します!!」
脱いだ靴揃えて置いてる間に、
先に上がった柳さんは玄関入ってすぐ右手にある部屋のドアを開ける。
「ただいま」
「おかえりなさい」
「母さんは?」
「お買物よ」
あ、これ美人の姉ちゃんの声だ。
リビングなのかな、ここ。
ドアの影になってて部屋の中は見えない。
「来たよ」
「本当に?」
ん?何が?
って考える間もなくドアがめいっぱい開いて美人の姉ちゃんが顔を覗かせた。
「ごきげんよう。蓮二の姉の芙蓉です」
「…こんばんは…えっと、切原赤也っス」
ビックリしたー…いきなり出てこられて。
にっこり笑って挨拶されて心臓飛び出るかと思った。
顔全然似てねえって思ったけど、笑うとけっこう柳さんと似てるかも。
あと髪の毛が柳さんと一緒で真っ黒でサラサラだ。
でも小柄で俺よりまだ更に10センチ以上背が低い。
ふーん…家系的にでっかい訳じゃないんだな…
「あ!こないだはすみませんでした!いきなり訪ねてきて…」
「ううん、いいのよ。いつでも遊びにいらしてね」
はい、もうお言葉に甘えさせていただきます。
って笑顔を返したら…
「ちょっと失礼」
ってえええええ?!
いきなり髪の毛わしゃわしゃ触られて面食らう。
「すごいわ!ほんとにくるくるパー!」
「くっ…くるくるパー?!」
何だいきなり!!
「ちょっ…何っスか?!」
「私、こんな凄い癖毛初めて見ましたわ」
「は?!」
パニック起こしてオロオロしてると柳さんが苦笑いしてお姉さんの手首を握って止めた。
「姉さん。初対面なのに、はしたないですよ」
「あ、そうね。ごめんなさい」
「い……いえ…」
何だったんだ今の…
呆然としてると柳さんに腕を引っ張られる。
「部屋にいるから夕食が出来たら呼んで下さい」
「解りましたわ」
では失礼、ってお姉さんはまた部屋の中に戻っていった。
美人だけど、お嬢様だけど……ちょっと…じゃないな。
だいぶ変わり者みたいだ。
っつーかビックリして土産渡すの忘れたし!!
引っ張られるまま廊下歩いてたけど、慌てて足を止める。
「あっ…あの柳さんっ」
「何だ?」
「これうちのお袋からなんっスけど…渡すの忘れてて」
「ああ…そんな気を使わなくても」
気ぃ使うっつーか…庶民の見栄です。
ほんとつまんないモンですみませんって思いながら紙袋差し出した。
「俺の部屋は二階に上がってすぐの扉だ。先に行っててくれ」
そう言い残して柳さんは一旦さっきの部屋に入ってしまった。
勝手に入っていいのかなー…
とりあえず二階に上がると部屋が3つ並んでるのが見えた。
すぐの扉って事は…これかな。
俺は階段の正面にある、左から2つ目のドアをそーっと開けた。
ビンゴ!
見慣れたテニスバッグが見えた。
今はテスト期間中で制鞄使ってるから部屋に置いてあるんだな。
柳さんの部屋って和室イメージあったけど、意外な事にフローリングの洋間だ。
正面に出窓があって観葉植物が置いてある。
綺麗に掃除されてるっつーか…物のねえ部屋だなー……
勉強机とパソコンラック、ベッドしかない。
あとは部屋の真ん中にローテーブルが置いてあって座布団が置いてあった。
ん?何だあれ…本棚はないけど部屋の隅に雑誌だけ積み上げてある。
テニス雑誌かな。
っていうかあんだけ本読みまくってるのに何で本棚ねえんだ?
玄関と同じようにきょろきょろ見回してたら柳さんが戻ってきた。
「赤也、オレンジジュースでよかったか?」
「あ、何でも!お構いなく!」
「突っ立ってないで座ったらどうだ?」
部屋に置かれてた座布団勧められて、俺は慌ててその上に座った。
柳さんは正面に座ってローテーブルに持ってきたお盆からグラスを乗せて俺に勧めてくれた。
緊張してさっきから喉カラッカラだったから遠慮なくそれに口をつける。
「さっきはすまなかったな」
「何がっスか?」
「姉だ。世間知らずな所為か少し変わっていてな…」
「はあ…」
確かにそんな感じだ。
柳さんの話からしてもっと大人しいお嬢さんイメージあったんだけどな…内向的っつってたし。
「この間お前がうちに来てからずっと触りたかったらしい」
「…この髪っスか?」
「うちは俺のような髪質の人間ばかりだから癖毛が珍しかったようだな」
「お姉さん綺麗な髪してましたもんね」
あれ?不機嫌になっちゃった?
普段はほとんど表情変わらないんだけど、その分機嫌悪くなるとすぐ解る。
一瞬眉顰めて、またすぐいつもの表情戻る。
何気なく言ったっていうか、柳さんの事ありきで褒めたつもりしたんだけど…
「あの…柳さん?」
「さっき…」
一瞬言葉を止めて、はにかみながら、
「…さっきはお前に触る姉さんにうっかりとヤキモチをやいてしまった」
そんな事言うもんだから飲んでたオレンジジュース喉に引っかかって思いっきりむせてしまった。
それでさっき俺の手引っ掴んで部屋まで引っ張ってこうとしてたのか?!
「大丈夫か?」
すぐ隣にきて背中擦ってくれるのは嬉しいんだけど、逆効果だ。
あまりの近さにますますパニック起こしそうになる。
「あんな事、仁王や丸井たちもいつもやっている事なのにな。この間からお前が姉の事を褒めてばかりだから…」
「な…なっ…」
「普段は初対面の相手とは話もできないんだが…やはり姉弟だからかな。姉もお前を気に入ったようだ」
この姉弟マジで心臓に悪すぎる!!特に弟さん!
こんな顔の近くでそんな拗ねたような顔して言わないでほしい。
マジで勉強そっちのけでどうにかしそうになる。
「あっあのっ…お姉さんの事褒めたのは柳さんのお姉さんだからっつーか…
この人がアンタのお姉さんなのかって思ったら何か感動したっつーか
姉弟そろって美人だなーと思って…あのっ…だからお姉さん単品で見ても何とも思わないんで安心して下さい!!」
あ、やべっ
単品ってモノじゃねえんだから…焦って言葉間違えた。
っつーか俺何言ってんだ?!
「変な奴だな。姉さんはともかく俺に美人はないだろう」
引っ掛かるのそこかよ。
「でも…嬉しい。ありがとう赤也」
あああもう!!ほんと、ぶっちゃけ今すぐ押し倒したいです。
また耳元に銀髪の悪魔と赤髪の鬼がブンブン飛び始めた。
それの言葉に耳を貸さないようにしねぇと…
そんな事したら絶対追い出される。
でも…キスぐらいは、って思ったのに。
「では始めるか」
って切り替え早っっ!!
何でもなかったようにさっさと俺の正面に座りなおす。
制鞄からノートやらペンケースやら出し始めるから俺も荷物の中から勉強道具を出した。
「今日渡した問題はできたか?」
「それがとんだ邪魔が入りまして…まだ2枚しか出来てないんっス……」
「邪魔?」
お袋に邪魔された経緯を話したら柳さんは可笑しそうに笑った。
「そうだ…試験前だというのによく外泊を許してもらえたな。ああ言ったものの気になっていたんだ」
「あー最初はダチの家に行って遊ぶもんだと思って反対してたんっスけど行き先が柳さん家って判った途端態度変えて
"お母さんも行きたいわー"とか言い出して…こないだうち来てちょっと喋っただけですっかり柳さんファンっスよ、うちのお袋。
家に連れて来い連れて来いってウルサイの何のって……」
「そうだったのか。ではお言葉に甘えて今度は赤也の家にお邪魔しようかな」
「マジっスか?!」
是非来て下さい!!って思ったけど…ちょっと待てよ。
「あーでも……すっげーうるさそう…お袋もだけど姉貴も。絶対柳さん取られる」
そう。
絶対そうなる。
あんたは学校でいつも会ってんだから家に来た時ぐらいお母さんと喋らせなさいとか言って柳さん独占されそうな気がする。
「取られるって…俺だってさっき姉にお前を取られそうになったぞ?」
「何か俺ら…家族に振り回されてません?」
「そのようだな」
うちの場合ちょっと過剰な気もするけど、俺の好きな人が家族に好かれるのは嬉しい。
まあ柳さんが嫌われるようなヘマするわけないだろうけど。
俺は気をつけねえとなー……
お姉さんはまあ…大丈夫そうだったけど。
「赤也、聞いてるのか?」
「はっ…はいっ!聞いてます聞いてます!!」
すみません聞いてませんでした……
じーっと見つめる目は疑ってる。
バレバレだったか………
「…出来ていない一枚をやるんだ。その間に解答済みの分を俺が採点するから」
「りょーかいっス」
俺は問題を解きながら上目で柳さんの顔を盗み見る。
つーか…着替えないのかなー…
いや、今目の前で着替えられたら絶対理性吹っ飛ぶから勘弁して欲しいけど。
ほんっと綺麗な髪してるよなー……
肌とかもキメ細かくって触り心地よさそーだし…
あー触りてー…
………。
…っとヤベっ
煩悩に飲まれそうになった。
今日は勉強勉強勉強…勉強勉強勉強!!
今の俺に余計な事を考える隙与えるとヤバイ。
だから必死になって問題を解いた。
「出来たか?」
「ういっス!」
「早かったな」
物凄い集中しねえと……気ぃ抜くと柳さんばっか見てしまいそうだったからな…
柳さんはすぐにそれを採点してくれて、解説をしてくれる。
英語の発音も綺麗だよなー…とかまた余計な事ばっか考えそうになった。
でもシャーペン持つ指とかも綺麗で……
ダメだ。
我慢できねえ。
俺はテーブルに身を乗り出した。
「赤也?」
「ね、柳さん…キスしていい?」
いきなりやって怒られるのヤだし、一応了承取っとかないと。
でも予想外だったのか俺の言葉に柳さんは目見開いて驚いて固まってる。
どうする?
どう返す?
「……ダメだ」
「何で?!」
「…集中できなくなる」
予想を上回る答えが返ってきて今度は俺が固まってしまった。
「それって俺が集中しないからダメって事?それとも…」
「…両方だ」
俯いて頬染めてそんな事言われたら逆効果だって!!
でも…ダメって言われて無理矢理は出来ない。
うう…生殺しだ。
「そんな顔をするな。嫌だと言ったわけではないんだ」
「ならいつならいいんっスか?」
「…試験、全教科70点以上取れたらな」
「えぇーっっ!!」
何だよそれ!
「あのさ、そういうご褒美みたいなの嫌なんだけど」
「何?」
「一方的にアンタが与えるんじゃなくて、アンタも俺を欲しがってよ!」
何か日本語変な気もするけど…でも…
俺がやりたいっつったから柳さんが与えるんじゃなくて、柳さんもしたいって思ってくれなきゃ嫌だ。
「…そういうつもりはなかったんだが…ではこうしよう。
次の試験、俺も目標点を設定するから、それに達すればお前が俺に与えてくれ」
何かちょっとズレてる気がするんですけど。
「俺だって一方的に与えるだけじゃなくて、お前が与えてくれるもの全てが欲しい」
ダメだこの人には勝てない…
何か今凄い事言われた。
「目標点て…何点っスか?」
「そうだな…総合490点でどうだ?」
頭の中で平均点を計算して、落ち込んだ。
「平均98点って…暗に断ってねえ?それ」
「失礼な奴だな…四月の実力考査では総合482点だった。決して無理じゃない」
この人テニスだけじゃなく勉強もバケモンか。
そんな点数見た事ねえし。
「んじゃ俺が全教科70点以上で…アンタが総合490点以上取れたらキスしていいって事?」
「そうだな」
何か賭けっぽくなってきたなー…ムードも情緒もあったもんじゃないし。
けどそういう思考ってないのかな、この人には。
データマンだし現実主義っぽい。
「490点となると俺も少し気合を入れて試験勉強をしなければならないな」
やる気になってるって事は、キスしたいって事なのか?
あー解んねー……
「別に目標設定450点ぐらいでいいんじゃないんっスか?」
「お前一人に頑張らせるわけにはいかないだろう…」
まあ確かにそうだけど……
「赤也とのファーストキスはそれだけの価値があるという事だ」
「なっ…」
「何せこれからする100万回のキスの最初のキスだからな」
「……何ですか?それ…」
「姉の聞いていた古いアイリッシュバンドの曲にそういうフレーズがあったんだ。
We'll kiss the first of a million kisses…100万回するキスの最初のキスをしよう、と」
前言撤回。
すっげーロマンチストだこの人。
100万回って……凄くねえか?
ああもう…柳さんの流暢な英語が耳から離れない。
「がんばろうな、赤也」
「あ…ハイ…」
そしてまた何事も無かったかのように柳さんは問題の解説を始めた。
でも頭をチラつく100万回のキスのファーストキス口約が邪魔して半分ぐらいしか頭に入らなかった。

芙蓉【ふよう】は蓮の古名です。
そしてハス(芙蓉)は美人を形容する言葉。
兄弟揃って美人を形容されるお名前がいいなぁと思ってみたり。
でも芙蓉さんは超・変人設定。何せくるくるパーですから。
そんで100万回のキス〜はThe first of a million kissesのハレルヤより。
きっと赤也の影響で色んな音楽聴くようになったんだよ、蓮二さん。

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