WISH!4
§:ブン太
昨日は珍しいモンを見ちまった。
理知の塊のようだった立海の頭脳が激情に周りが見えなくなるって現象を起こしてるのを、だ。
何だかんだ言って赤也も愛されてんじゃねーか………って、何で俺が安心しなきゃなんねえんだよ。
けど普段のあの態度を見ていると、時々思うんだよなー…
柳ってほんとに赤也の事好きなのか?って。
いや、まああのラブっぷりだし好きなんだろうけど。
どこかまだ一歩踏み出した部分がないっていうか…
赤也の言う『ぶっちゃけヤりたい対象』として、恋人として好きなのかって疑問が湧いて出る。
「どう思う?」
「さあー?どうかのう……参謀の考えとる事は正直俺なんかより解りにくいじゃろ」
「…確かに。お前は何も考えてねえだけってだけの時あるけど柳は考えた上で見せねーからなー…」
「ピヨッ」
俺と仁王はヒロシに試験勉強を見てもらう為に部室に来ていた。
ジャッカルも一緒に教わる予定なんだけど、ヒロシ同様掃除当番だっつーから先に来てミーティング用の机と椅子を出して用意しておく。
昨日は3Aの教室で教わってたんだけど、同じ様に便乗してくる奴が後を立たなくて全然進まなかった。
だから今日は邪魔されないよう部室を選んだ。
机と椅子の準備が出来て、カバンから教科書を取り出しながら俺は昨日の話を仁王にしていた。
するとどうだ。
同じ考えの人間がもう一人やってきた。
「おっせーよ!早く始めようぜー」
ドアノブがひねる音がしたから、てっきりヒロシだと思って声をかけたけど、ドアの先にいたのは柳だった。
「なんだ…お前達も来ていたのか」
一瞬しまった、って顔したからピンときた。
赤也と待ち合わせだな、これは。
そう思って聞けば、昨日の3Aと同じ現象が図書館でも起きていて、不機嫌になった赤也を宥めるのが大変だったらしい。
何となく想像がついた。
テスト前ってこいつとヒロシの周りって常に人だかりだもんな…
「そんで?赤也は?」
「掃除当番だと言うから先に来た」
「ふーん……」
柳は中に入って俺達から少し離れた席に座った。
ここのところ顔見る度からかってばっかだからなー…
警戒してんだろうけど、そんなの俺も仁王も許さない。
すぐ横の席に俺が、前の席に仁王が座って尋問体勢に入る。
「……あ、なあなあ」
赤也がいないうちに聞きたかった事聞いておこう。
「何だ?」
「勉強、はかどってるのか?」
「だから昨日はそれどころではなかったと…」
「ちっげぇよ!赤也のテスト勉強じゃなくてこっち!」
資料用棚の上に置き去りにされてた雑誌を手に取って見せる。
柳が買ってきた物だけでなく、俺や仁王が家から持ってきたバックナンバーもあるから数はどんどん増えてる。
流行りモノ嫌いの真田はたるんどるって怒ってたけど、柳のモンだって聞いて何も言わなくなった。
単純だから何か高尚な理由があっての事だって考えたんだろうけど、違うし。
まあほんとの理由言っても五月蝿いだけだから言わねーけど。
色事など我々にはまだ早い!たるんどる!とか言って。
お前それ幸村君の前でも言えるのかっつーの。
自分だけちゃっかりサヤに納まっといてそりゃねえよな。うん。
っと、今はあのオッサンの話じゃなかった。
「いや…お前達にも色々教えてもらったがなかなか理解し難いというか……」
そりゃそうか。
今までとは540度…一回転半違う事やってんだしな。
俺もいきなりこいつみたいな生活しろっつっても無理だろうし。
「…普段お前らってどんな話してんだ?」
「大抵は赤也が取留めの無い話題を振って、それに俺が相槌を打つ」
「お前から話は振らねえの?」
あれ?
答えが返ってこない。
「柳?」
何だどうした?って思ったら、俯いてぽつり。
「…俺の話など…赤也にはつまらないだけだろう」
あまりに予想外な言葉に椅子から転げ落ちそうになった。
で、仁王が俺より先に俺がうっかりやりそうになった行動を起こした。
「可愛えのー参謀!!」
机から乗り出して柳の頭抱えるとぐりぐり撫で回した。
俺は赤也に遠慮してしなかったってのに…
「仁王やめろっ…」
慌てて手を振り払う様子に普段の冷静さなんて微塵も感じない。
こいつも人間っぽい行動するんだな…
いや、当たり前なんだけどさ。
「そんな事なかよ、参謀。赤也やったら嫌な話題振られたらちゃんと嫌って言うじゃろ」
「そうそう。だいたいあいつお前の声聞きたいってだけでうろうろ後ろついて回ってたっつってたし、
何喋ってやっても嬉しいんじゃねえの?」
「…そうなのか?」
あ、浮上した。
ほんと面白ぇー
データマンって肩書きの所為で機械っぽいイメージあったけど、ちゃんと生身の人間に見えてきた。
「あ、来週どうすんだよ。デートすんだろ?どこ行くとか決めたのか?」
「いや、まだ何も考えていない」
このままだと赤也に一日振り回されて終わるな…
「前はどこ行ったんだよ?」
「前?」
「言ってたじゃん!2回目だって」
「ああ…買物だ。俺が買いたい物があったから赤也に付き合ってもらった」
これはまた意外な……答えが返ってきたぞ…
てっきり赤也がワガママ言って引っ張りまわしたもんだとばっかり思ってたけど。
ん?待てよ…という事は柳から誘ったって事か。
赤也の舞い上がりっぷりが目に浮かぶぜ。
「買物しただけ?」
「赤也に連れられてゲームセンターにも行った」
「ゲーセン?!お前が?!」
もっと意外な言葉が出てきた。
柳がゲーセンって…ありえねえだろぃ…ダメだ想像つかねえ……
「意外と楽しめたぞ?」
「あ、そう…」
それはよかったな……
っつーか仁王が会話に参加してこねえって思ったら、雑誌読んでやがる。
けど話は聞いてるのか読んでるのは情報誌。
デート場所見繕ってんのか…
って思ったらラブホ特集見てやがる。
「それはまだ早ぇだろぃ」
俺はその情報誌取り上げてパラパラと他のページをめくる。
金かけずに楽しい場所ってなかなかねえよなー…
「……それから…会話より困った問題があるんだが…」
ぼそっていきなり何言い出すんだ。
すんげー思いつめた顔して言うから相当困ってるんだな。
「何?」
「食事だ」
ああ……納得。
物凄い納得。
「どうにもあいつの食の好みにはついていけん」
食いモンの好みまで正反対だからなー…こいつら。
「他は譲歩できるが……食事だけは無理だ」
ファーストフードはまだ飲み物とかデザートだけ頼んだりって感じでやり過ごせたらしいんだけど、
引っかかったのはラーメン屋らしい。
こいつが背あぶらチャッチャのギトギトラーメン食ってるのも餃子食ってるのも想像つかねえー……
ゲーセンで遊ぶ様子より想像つかねえ。
「んじゃ違う店行けばいいんじゃねえの?」
「しかし…赤也が食べたいと言うのだから聞いてやりたいではないか」
つまり『柳さん!ここのラーメン超美味いんっスよー』って言われて断れなかったんだな。
ラーメン鉢目の前に固まるこいつと嬉しそうに啜る赤也が目に浮かんだ。
「そんな事言うとったら参謀の好きなモンが食えんじゃろ」
「そーだぜ。赤也にばっか合わせてねえでたまにはお前に合わさせたらいいんじゃねえの?」
納得いかねえって顔で悩んでる。
「あーもう…お前その保護者視線改めねえと痛い目遭うぜ!」
「何?」
「赤也可愛がるのも甘やかすのもいいけどさ、お前も赤也に甘えろよ」
「俺が?」
全く考えてもなかったのか珍しく開眼してビックリしてる。
「一方的に甘やかすなよ。お前は赤也の母ちゃんじゃねえんだし、言ってやったらいいじゃん。ワガママ」
「俺は別にあいつをそんな風に見ているつもりはない。ただ赤也が好きだという物を知りたいし、理解したいと思っているだけで…」
「あー解った解った!」
多少の引っかかりは感じるけど、好きな奴に歩み寄りたいって気持ちは解った。
要するに赤也が好きだっつーラーメン食ってみたいんだな。
赤也の願い聞いてやりたいーみたいな事言ってっけど、そうなんだろう。
「んじゃ俺がお前でも食えそうなあっさりしたラーメン屋リサーチして
それとなく赤也にリークしといてやっから。それならいいだろ?」
「…ありがとう丸井」
………やっぱり。
「……中身改革はなかなか難しいみたいやし…まずは形から入ってみるか?」
俺に情報誌を取り上げられた仁王は次にファッション誌を眺めてたらしい。
この春の流行り特集した記事を柳に見せる。
「これを?俺が?」
「おーそれいいじゃん!」
「似合わんだろう…」
本人は顔顰めてるけど、俺はそうは思わない。
こいつムカつくぐらい背ぇ高いし細身でスタイルいいし、着飾れば絶対映える。
「いつもと違う参謀見たら、赤也もホレ直すぜよ」
「確かに。あいつ単純だからなーギャップに弱いらしいぜ」
「そうなのか?」
あ、食いついた。
「お前のデータにもねえだろ?俺がお前の代わりに調べといてやったぜぃ♪」
どうせそういうデータなんて取ってないだろうって思って、
こないだ赤也と同じ2Dの平部員とっ捕まえて聞き出してやった。
ダチの間でどんなやつがタイプだーって話は絶対してると思ったからな。
「そうじゃ…明日参謀も連れてくか?」
「あ、だな!お前も来いよ」
「どこに?」
「明日こいつと春夏モノ見に行くんだよ。一緒に行こうぜ」
制服とジャージ姿以外にあんまり私服って見た事ねえけど、無難な感じの物しか持ってなさそうだし。
「買物か?試験前に?」
「一日ぐらいいいじゃん」
俺は積みあがった雑誌の中からファッション誌の最新号を引っ張り出してめくる。
さーて…どんなのが似合いそうかなーっと……
「しかし…」
「んだよーまだ何かあんのか?」
「明日も赤也の勉強を見る約束をしている」
「なら5時には解放してやるからそれからお勉強しろよ」
まだ何か考えてるみたいだけど、全部お前らの為なんだっつったらやっと頷いてくれた。
だから俺と仁王は明日の計画を立てるべく、頭を突き合わせて雑誌の研究を始めた。