WISH!3

§:赤也


無茶だ。
絶対無理だ。
でもやるって言ったからやるしかない。
全教科70点以上かー…
こんな事なら真面目に授業受けとくんだった。
毎回同じ後悔してるけど今回はいつもどころじゃない。
とりあえず国語と社会は問題集の中からしか出題されないから答え覚えりゃ80点はカタい。
理科は今回の範囲が生物で助かった。
教科書覚えてどうにかなる範囲で。
これが物理とか言われたら全然解んねえし。
問題は数学と、特に英語。
柳さんに教えてもらってもどうなることか…
柳さんが何だかんだと忙しいらしくて結局昨日は自分でどうにか勉強しなきゃなんなかった。
勉強教われないっていうより会えない方が辛い。
けど今は兎に角やれる事はやらねえと!!
そう思ってクラスで一番頭いい奴からノート借りて購買行ってコピー取りまくった。
つーか授業中によくこんな書いてられるよなぁ……
綺麗に書かれたノートをぱらぱら捲ってると頭上からそれを取り上げられる。
「あ゙あっ?!」
誰だよ?!と見上げてビックリした。
「やっ……」
柳さん…!!!
心の中で絶叫して固まった。
何で?!と、思ったら財布持ってて何か買いに来たんだと解った。
会いたい時に会えなくて、何でこのタイミングで…!!!
「え…えーっとー………」
「70点の壁は思いの外高かったか?」
「…ハイ……あ!けど絶対頑張るっス!」
柳さんはノートの表紙を見て一瞬眉顰めた後、俺にノートを返してくれた。
「……あの?」
「…まあ努力は認めてやろう。それがたとえ他力本願でもな」
…あれ?
何か不機嫌になった?
柳さんはそのまま自分のノート買って購買部から出て行ってしまった。
やっぱ他人のノートに頼ろうとしたのが悪かったのかな…
うーんって唸りながらノートとコピー用紙持って歩いてたら、後ろから思いっきり頭を叩かれる。
「ってぇーっっっ!!!」
「あーかやっ!何やってんだよ」
明るい声にその犯人が誰だか解った。
「丸井先輩!痛いっスよ!いきなり叩かないで下さい!!」
「さっき柳ともそこですれ違ったけど、会えたのか?」
「えっらいとこ見られちゃいましたよ…」
俺の持ってる物見て、それが何か解ったみたいだ。
「声掛けたのに無視られたけどよー…お前何かしたのか?珍しく不機嫌っぽかったぜ」
「やっぱ人のノートをコピったやつに頼ろうとしたのが悪かったんっスかねー…」
「俺もよく柳生とかのノート借りるけど別に何も言われねぇぜ?違う理由あんじゃねえの?」
丸井先輩は俺の手の中にあったノートを引っ手繰ってぺらぺら捲る。
そして表紙に目が行った後、ガムぷうっと膨らませて笑った。
そういや柳さんの様子おかしくなったのも同じように表紙見た時だったような…
「……お前このノート誰に借りた?」
「へ?クラスで一番頭いい奴っスけど…」
「友達?」
「いや、全然。試験前になったら皆こいつに集ってるんで俺もそれに便乗したっつーか…」
「これだよ」
丸井先輩がノートの表紙に書いてある名前を指差す。
これが何だってんだ?
「柳も可愛いとこあるじゃーん」
「だから何なんっスか?!」
「ヤキモチ妬いてんだろぃ」
ノートの持ち主が明らかに女だって解る、子で〆られた名前。
それに過剰反応したって事?!
「ノート借りるぐらい仲良いクラスメイトの女子がいるって勘違いしたんじゃねぇの?」
誤解です柳さ―――――――ん!!!!!
けど…けど…ヤキモチって……
やっべ…ムチャクチャ嬉しい。
「赤也ー顔ニヤけてんぜー」
丸井先輩にほっぺた思いっきり抓られてぐりぐり回されて。
でもまだ顔の緩みが止まんねえ。
「早く追っかけて誤解解いてこいよ」
「うぃっス!」
俺は丸井先輩からノートを受け取ると廊下を全力疾走して三年の教室に向かった。








§:蓮二


生まれて初めて嫉妬という感情が心に芽生えた。
思い返せば弦一郎を思っていた頃も、精市に対してどうこう思う事もなかったし、
まして弦一郎が俺も知らない誰かと話していようと知った事ではなかった。
なのにさっきはどうだ。
赤也に俺の知らない影を見た瞬間、心の中にどす黒い感情が渦巻いた。
まあそれも一瞬の事で、今はそんな自分を冷静に分析してしまっている。
だが一瞬でもそんな感情を持った自分に酷く驚いた。
そんなものとは縁遠いものだとばかり思っていたからだ。
あれやこれやとせんの無い妄想をしていても仕方ない。
そう気持ちを切り替えて廊下を歩いていると、前方に大きな背中が見える。
「弦一郎」
少し足を速めて丁度教室に入ろうとしているところを呼び止めると、弦一郎は一度開けた教室のドアを閉めて廊下に出てくる。
「蓮二…教室移動か?」
「いや、購買部に行っていた。お前は?」
「根津先生に呼び出されてな…」
「赤也の担任に?何か問題でも?」
立海の教師は赤也の悪行に対しては必ずといっていいほど弦一郎に頼る。
何か悪さをすれば必ず弦一郎の耳に入るのだ。
その方が直接叱る手間も省け、赤也も格段によく言う事を聞くからだ。
今回もそうかと思いきや、意外な表情を返される。
いつもならば怒り心頭状態であるはずの弦一郎が複雑な表情を浮かべている。
「いや…逆だ」
「…何?」
「最近授業は真面目に聞いているし今日は解らないところの質問にまで行っていたらしい……」
「いい事ではないか」
赤也の奴、本気で70点以上を目指す気らしいな。
「ああ…俺もそう思いたいのだが………あまりの豹変ぶりに逆に心配になったらしい。
各教科の担当教師が順に相談に来るそうだ……
だから何か悩みでもあって態度が変わったのであれば心配だから相談に乗ってやってくれと頼まれた」
良くも悪くも目立つ奴だ。
どちらに寄っても心配の種になるとは。
「お前何か知っているか?」
「ああ―――…」
「やっ柳さん!!!」
声がすると同時にいきなり背中から飛びつかれて驚いた。
どうしてここに赤也が…追いかけてきたのか?
「あのっ…あの誤解です!!」
「は?」
「これっ…クラスの奴に借りたのは確かだけど…全然っ…仲いい友達とかそんなんじゃないんで!!」
なるほど。
俺の僅かな変化に気付いて言い訳をする為に追いかけてきたのか。
それは嬉しいが、しかし……
「赤也、解ったから」
「ほんとっスか?!よかったー…」
「本当に良いとはいえないがな…」
「ふへ?」
赤也の死角になっていた壁に指差すと見る見る顔色が青くなる。
「げっ!真田副部長…!!」
「赤也!!!人様のノートに頼り勉強とは…このたわけ!」
弦一郎の空気にもヒビが入りそうな大声で廊下が一瞬凍りつく。
「勉学に目覚めたかと思い見直してやったというのに…たるんどる!」
「ひぃっっ!」
頭を殴ろうと思い切り振りかぶった拳骨を見て赤也が身をすくめる。
「弦一郎!」
俺は慌てて赤也を庇うように抱き寄せその腕を掴んで止めた。
俺が間に入ったのに気付いた弦一郎は寸止めして腕を下ろす。
「蓮二?」
「赤也に無理をさせるような事を言ったのは俺だ。今回は大目に見てやってくれ」
「柳さん…」
「お前がそうして甘やかすから―――…」
「ほら、もうチャイムが鳴る。教室に戻れ」
納得がいかないとまだ苦言を呈する弦一郎に、俺は赤也の背中を押して帰るように促す。
「は…はいっス!」
少し後ろめたい様子だがこれ以上五月蝿く言われるのも嫌なのか、そのまま教室の横にある階段を下りて行く。
やれやれとその背中を見送り、弦一郎に視線を戻した。
「全く…事情も知らずいきなり暴力に訴えるな」
「しかし…!」
「根津先生には赤也は恋の病で頭がおかしくなったとでも言っておけ。ではな」
「恋?!」
背後で素っ頓狂な声がするが、それを無視して自分の教室に向けて歩き始めた。
そういえば、今日の放課後から赤也に勉強を教える事になっている。
昨日は勘弁してもらい、先に自分のやりたい事を済ませた。
これで心置きなく赤也と過ごせるというわけだ。
しかしその間にも自主的に勉強をしているとは驚きだった。
70点など無理だと頭から決めてかかるのも悪い気がしてきた。
ならばこちらも気合を入れて教えなければ。
そう思い、掃除が終わってすぐに図書館へと向かった。
赤也は掃除当番ではなかったのか、すでに席について難しい顔をして教科書を睨んでいる。
集中しているようなので邪魔しないよう声をかけずに隣の席に着く。
だがすぐに気配に気付いたのか顔を上げた。
「あ!」
「しっ…」
大声を上げそうな口の動きに先手を打ち指で声を制する。
図書館は試験前という事もあり、中高の生徒で溢れ返っている。
今声を上げれば一斉に非難を浴びるだろう。
「解らないところはないか?」
「解らないところだらけっスよ…」
声を潜め、頭を抱える様子に言葉にならずとも解ってしまった。
「あ、そうだ、さっき!ありがとうございました!!」
「何がだ?」
「真田副部長の鉄拳から庇ってくれて…」
そういえばそんな事もあったな。
「けどもうあんな事しないで下さいね。柳さん怪我したら大変っスよ…」
「お前はいいのか?」
「柳さん殴られるの見てるぐらいなら俺が殴られます!」
「何だそれは…俺だって赤也が殴られるところなど見たくない」
俺の言葉にえらく感動している様子だが、根本を解決しろと言っているのだ。
「だから殴られずすむよう素行には気をつけろ」
「解ったっス」
「では始めるか」
赤也の教科書を受け取り、解らないと言う問題の説明を始めた。
だがどこから話を聞きつけたのか、同じクラスの奴、他のクラスの奴が俺を頼りやってくる。
その度に手を止め、機嫌の悪くなる赤也を宥める。
下校時間いっぱいまでいたが、結局大して進められなかった。
図書館を出て駅までの道のり、無言のまま歩く赤也が不機嫌なのは火を見るより明らかだ。
「……すまん赤也…」
「いいっスよ別に」
と、口で言っていても態度にも顔にも全部出てしまっている。
完全に拗ねている。
「明日からは部室にしよう。図書館より出入りは少ないだろうし…」
「……あーあ…」
「赤也?」
赤也は声に出るほどに大きな溜息を吐く。
「テスト前っていっつもあんな感じなんっスか?いっつも皆ああやって柳さん頼って来るんっスか?教室でも?」
「そうだな…ノートを借りに来る奴もいるが大抵はそのまま返してくる」
俺は他人に貸す事など考えず自分さえ解ればいいといったノートの取り方をしている。はっきり言って走り書きのような状態だ。
その上縦書きのものばかり使っているので、ノート目当てではなく直接解説を求めてくるのだ。
面倒なので一まとめに教えたりするが、こうして一対一で教えるなど赤也にだけだと言うが納得してくれない。
「明日…」
「うん?」
「明日からはずっと俺だけに教えて下さい。誰が来ても無視って下さい」
年下扱いを受けるのは嫌だと言っているくせに、こういった時赤也は酷く幼く見える。
「解った」
「土曜の昼からも」
「ああ、解った。赤也の為だけに時間を割こう」
そう言うとようやくいつもの笑顔に戻ってくれた。

しかし翌日、早速約束を破る事となってしまった。

 

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