WISH!2
§:ブン太
暑苦しい空気で俺らに嫌がらせしてるかと思えば、右見て左見てるうちにケンカしてやがる。
何なんだあいつら。
部室まだ皆いるっつーの。
ラブラブでもケンカしててもうるせーしウゼェし…迷惑な奴らだ。
「……何ケンカしてんだ?」
丁度隣に立ってたジャッカルに耳打ちすると、おろおろした様子で教えてくれた。
「俺らの所為みたいだぜ」
「はあ?」
何でだよ。
あんなに協力してやってんのに。
って思ったらそれが裏目に出たらしい。
「何で最近仁王先輩とか丸井先輩とばっかりいるんですかっっ!!」
「ばかりという事もないだろう?総合的にはお前と過ごす時間の方が多い」
あーあー…柳が冷静なもんだから余計赤也がカッカしちまうんだろぃ…
「じゃあその時間も俺と一緒にして下さい!」
「無茶を言うな…だいたいお前も最近柳生とばかり一緒にいるではないか。
何か勉強を教えてもらっているようだが?」
「うっ…それは……」
赤也の奴、柳にいいとこ見せたいからって隠してやがるな…
「おい、どうする?止めるか?」
二人の下らねえケンカを一緒に眺めてた仁王が耳打ちしてくる。
こいつ絶対止める気ねえ。
だって顔笑ってるし。
だから俺もニヤリ笑いを返した。
「ほっとこーぜ。面白そうだし」
「面白そうって……いいんですか?」
すぐ横にいたヒロシも会話に参加してきた。
面白がってる俺や仁王と違ってヒロシとジャッカルだけは心配そうに見てる。
「どーせすぐ仲直りするって。ほっとけほっとけ」
と、いう俺の言葉通り。
三分後には仲直りして再びべったり状態。
ほれ見た事か。
こいつらのケンカなんてくしゃみ一発ぐらいなもんなんだって。
しかもその一瞬の不穏打ち消すかのような事をやらかしてくれた。
再び。
柳が。
椅子に座って机挟んで真田とミーティングを始めた柳をすっげー鬼みたいな顔して赤也が睨んでた。
いや、睨んでる先は真田だ。柳じゃねぇ。
よっぽど真田が気に食わねえんだな…
しょーがねえ!俺がいっちょ景気づけてやろうではないか!と思った瞬間。
「赤也」
突然柳が膨れている赤也に向けておいでおいでと手招きする。
今度は一体何が始まるんだって、俺ら四人も真田も固唾を飲んで見守った。
「何っスかー?」
赤也が柳のする事に抵抗なんてするわけない。
けどちょっと不機嫌なまま、てくてくと柳の横まで歩いて行った。
頭でも撫でてやんのか?って俺のチンケな想像は宇宙まで飛んでいった。一瞬で。
椅子を後ろに引くと、いきなり腕ひっぱって自分の足の間に赤也を座らせて何事もなかったかのように再びミーティングを始める。
「えええええ?!」
「ええええええええええ!!???」
着替えてた俺らも目の前でそれを見せ付けられた真田も一斉に叫んだ。
流石に赤也もビックリしたのか勢いよく柳の方を振り返ろうとする。
けど机に置かれた両手でがっちりホールドされた状態で動く事ができないみたいだ。
あ、真田固まってるし。
目の前の光景を上手く処理できてないんだな。
お前の脳内CPUは10年前のパソコンかっての。
お得意の「たるんどる!」が飛んでこねえと思ったら…
それ以上に衝撃的だったみたいだ。
「何だ弦一郎。ぼうっとして…たるんでいるぞ。俺の話は聞いているのか?」
それをお前が言うな!!
お前だ!お前の奇行の所為だ!!
まあ面白いからそのツッコミはしないでおくけど。
こんなうろたえる真田なんて滅多にお目にかかれないしな。
「い…いや、すまん……続けてくれ…」
「赤也も。お前の練習メニューでもあるんだ。よく聞いておけ」
たぶんそれどころじゃねえよ参謀。
喜んでるかと思いきや、赤也もまだ頭ン中処理しきれてないのか目が点状態だし。
つーか部室に椅子は二つだけじゃねえよな?
ちゃんと備品としてレギュラー人数分用意されてるよな?
何で隣の椅子でなく膝の間なんだよ!!意味解んねぇ!
ぎゅーっと赤也の背中に柳が密着してんの見て、単にくっつきたかったのか?って俺の脳ミソは勝手に処理する事に決定した。
赤也と付き合い始めてから絶対柳ってどっか崩壊してきてるよな……
大丈夫か?!って部分2割、残りは8割はこいつらマジ面白れぇって感じ。
当然俺らは面白い事大好きなので張り切ってこれからもバックアップしていくぜぃ。
§:蓮二
俺が思う事を口に出すのも態度に出すのも、今迄の穴埋めや罪滅ぼしというわけではない。
心の中を衒う事無く晒し、真正面から気持ちを伝えてくれる赤也に応えているだけなのだ。
だがそれは何故か部内ですこぶる評判が悪い。
しかし別段悪い事をしているわけではないので、俺は態度を改める気は毛頭ない。
気付けば赤也の気持ちを受け入れてから二週間が過ぎていた。
我がテニス部は、当然の結果だが地区大会を突破し、いよいよ県大会の時期にさしかかっていた。
そしてその前にやってくるのが中間試験。
試験前に問答無用で一週間も部活が休止になるのは迷惑極まりない。
学校の定期試験など授業を聞いていれば解けるものだし、そうでない者は試験前に一週間勉強したところでどうにもならないのだから。
しかし赤也や丸井が試験前に大騒ぎしているのを見ていると、彼らにとっては重要な期間なのだろう。
そんな試験前最後の部活の日。
今日が過ぎればしばらく赤也と過ごす時間が減るな。
そんな事を考えながらデータを集めるべくダブルス陣の練習試合を眺めていると赤也がやってきた。
「どうした?弦一郎にサボるなと叱られるぞ」
「大丈夫っスよ。今試合終わって休憩中なんで」
「そうか」
汗一つかかず平然とした顔をしているのでサボっているものだとばかり思っていたが、そうではないらしい。
また基礎体力が上がったのだな、とデータを更新した。
「あーあ…今日で部活休止とかつまんねぇー…」
「しっかり勉強して追試など受けないようにな。赤点になれば補習と追試で部活休止期間は一週間延長になる」
「わーってますって!っていうか部活出なきゃ学年違うから会える時間減っちゃうじゃないっスか!アンタ淋しくないの?!」
「いや、奇遇だな。今同じ事を考えていた」
「へ?」
陣形とフォームを確かめる為じっと見ていたコートから一瞬目を離し、赤也を捉える。
「一週間も赤也に会えないのは淋しい」
全身から歓喜オーラが出るのを確認して、再びコートに視線を戻す。
「じゃ…じゃあ勉強教えて下さいよ!そしたら一緒にいられるじゃないっスか!!」
「……お前の世話に気を取られて自分の事に手が回らなくなる」
「どうせいつも試験勉強なんて大してしてないんでしょ?!」
その時間に俺が何かをするという考えはないのか。
まとめて部活が休みになる事など滅多にない事なのだ。
迷惑な部活休止期間だが、それを利用しない手もない。
普段出来ない事をまとめてやっているのだ。
久方ぶりに祖母の茶道の手解きも受けたいし、祖父の囲碁と将棋の相手をする約束をしている。
それにずっとサボっている着付け教室にも行きたい。
県立図書館の蔵書数がこの春大幅に増えたと聞いたので、それも見に行きたい。
だが、そのどれもが赤也の願いの前では大した用に思えない。
「…絶対にサボらないと約束できるか?」
「もちろんっス!!」
「では全教科70点以上が目標にできるか?」
こう言っておけばサボる気も起こるまい。
「え……えーっと…」
「確か四月の実力考査では英語の点数は25点だったな」
「何で知ってんっスか!!っていうか知ってりゃ無理って解るっしょ?!」
「できないというのなら―――…」
「やっ…やります!絶対!!できます!!」
できもしないくせに。特に英語は。
しかしその心意気は認めてやろう。
「解った。では教えよう」
「ほんとっスか?!やったあ!!」
「ほら、休憩終了だ。弦一郎が呼んでるぞ」
「げっ…もう終わりかぁー……」
コートの向こうで睨みをきかしている弦一郎を指差すと赤也が嫌そうな顔をする。
「早く行かないと、あと15秒で弦一郎の雷が落ちる確率…」
「あのっあのっ…あともういっこっ!お願いがあるんっス!」
「何だ?」
落雷までの時間がない事は自分でも解っているのだろう。
焦って足をじたばたと踏み締めながら手を拝むように合わせる。
「試験終わってすぐの土曜って試験休みですよね?部活もないんっスよね?だから俺とデートして下さいっ!!」
「……何だそんな事か…」
必死に食らいついてくるのでどんな無理難題を言うのかと思ったというのに。
だが赤也に誤解を与えてしまった。
「そっ…そんな事って…!!」
「ああ、違う。そういう意味ではない」
「じゃあどういう意味なんっスか!」
「俺も同じ事を考えていた、という意味だ」
不服そうな表情が一瞬で満面の笑みに変わり、大声で万歳唱えながら怒り心頭の弦一郎の元へと飛んで行った。
怒っていたはずの弦一郎が面食らって怒鳴らない。
まったく、面白い奴らだ。
「おい柳!ちゃんと見てんのかよ!?」
コート内で妙技を次々決めていた丸井が不満そうに口を尖らせる。
「ああ、見ている見ている」
「ほんとかよ…」
本当は少し漫ろだった。
いつの間にかマッチポイントを迎えていて、直後に試合は終了する。
本来のダブルスの組み合わせでなく、変則的な組み合わせで
どの程度の試合ができるかのデータ収集が目的だったので勝敗はあまり関係ない。
柳生とジャッカル、仁王と丸井という組み合わせでも充分にダブルスとして通用する事が解った。
実戦でも使ってみるか、と思いつつ俺はフォームの修正や陣形の中で気になった動きを順に指摘していく。
一通りの説明を終えて弦一郎に報告に行こうかと思ったとき、丸井に呼び止められる。
「なあ、さっき赤也喜んでたけど何かあったのか?」
「試験休みにデートしようと誘われた」
「へえー初デートか」
「いや、二度目だ」
からかわれてばかりは性にあわん。
ニヤリと笑うと案の定食いついてきた。
「へ?!だって全然休みなかったじゃんか!」
「放課後デートは数に入らんぜよ参謀」
ああだこうだと言い合っている丸井たちを置いて反対側のコートに向かう。
初めてではない。
赤也はどうか解らないが、初めて出かけたあの日もカウントに入れたい。
俺はそう思っている。