WISH!1

§:ブン太


大願成就を目の当たりにしたのは人生初の事だった。


あの柳が。
あの頑なだった柳が。
どう頑張っても絶対無理だろうって思ってた柳が。

ついに赤也に陥落したらしい。

何がどうなってそうなったのか、柳は絶対教えてくれないし、赤也はデレデレと惚気るだけで話の筋が全っ然読めねーし。
まあ何にしても良かったんじゃねぇの?
赤也すっげー頑張ってたからな。
その情熱勉強に向けりゃお前百点満点連発できるだろぃってぐらい。
ま、男同士つっても本人達全然気にしてねーし俺らも気にしねーし気にするような事でもねーし。
レギュラー陣皆で祝福してる今日この頃。
…祝福っつーか面白いおもちゃ見つけたって感じ?
真田は今一つよく解ってないらしいからダブルスの四人でからかいまくってる。
ヒロシなんて紳士だって事忘れてんじゃないかってぐらい前のめりに面白がってるし。
いや、本人は真面目なつもりなんだろうけど。

ビックリしたのは二人の変化だ。
普段は…まああんまり前と変わらない。
だってずーっと赤也が柳にべったりだったのは前からだったし。
あ、でもあれは流石に参った。
練習中の話だ。
心肺機能見る為に持久走後に脈取ってたんだよ。
俺らは自分で自分の手首掴んで計ってたのに、計算なんだか天然なんだか、
赤也がどこ触って計るか解んないっつーから柳が計ってやってやんの。
しかも首の動脈で。
おいおい普通に手首でいいじゃねえかよってツッコミ入れた方がいいのか何とも微妙な空気が流れる。
柳は素の顔で普通に何でもないって感じだから思わず、これもしかして普通の事か?って勘違いしそうになっちまった。
けど赤也が猫みたいに肩とほっぺで柳の掌挟んで喜んでるのを見て我に返った。
これは異常な光景なのだと。
時間がきて柳の手が首から離れてちょっと拗ねたようなつまんなそうな顔を赤也がする。
俺らダブルス陣で二人の動向見守ってたら、柳がとんでもない事言いやがった。
「赤也」
「何っスか?」
「人間の心拍数は一生で数か決まっているらしいぞ」
「え?そうなんっスか?じゃあスポーツ選手とかヤバいんじゃないんですか?」
「科学的な立証があるわけではないが、一般的に短命だと言われているな」
何だ、ただのトリビア披露かとほっとしたのも束の間。
「だから…俺も早死にするやもしれんな。ずっと赤也の側にいたままではドキドキして心拍数が上がりっぱなしだ」
それ聞いた瞬間ジャッカルも俺も飲んでたスポーツドリンク思いっきり吹いちまった。
真田の顔目掛けて。
ごめん真田。
流石に悪かった。
でも今はお前の説教聞いてるヒマなんてねえんだ。ちょっと黙ってろ。
そう思って怒髪天を、状態の真田をジャッカルに押し付けた。
仁王とヒロシも流石に度肝抜かれたのか固まったまま動かない。
何の惚気だそれは!!
っつーか柳ってこんなキャラだっけ?
最初は四六時中べったり張り付いたままの赤也を離す為の計算なのだと思った。
けど平然とした顔で言い放つもんだから本気なんだと解った。
だいたい赤也も赤也だ。
一瞬驚いて固まってたくせに、その言葉を理解したのか
「柳さんの側離れんのは嫌っス!!けど早死にすんのはもっと嫌だーっっ!」
って…
…お前らちょっと死んで来いって本気で殺意を覚えてしまった一件だった。

そして目に見える変化はそんな行動だけじゃない。
何考えてるんだか、赤也が。
あの赤也が。
いきなり小説とか読み始めた。
部室で難しい顔して小さい本読んでるからてっきり何かのシリアスな漫画読んでるんだと思ってた。
けど実際は薄っぺらいながらも小説。
現国の教科書とかでなく、文庫本サイズの小説。
熱でもあるんじゃねえか?
俺は赤也の前の椅子に座ってしかめっ面の赤也を眺める。
「お前何読んでんの?」
「なつめそーせき…」
発音が漢字で言えてないあたり絶対理解できてない。
「けど漢字は難しいし文章何書いてんか全っっ然解んねぇし…」
…案の定だし。
「漱石の何を読んでるんですか?」
すぐ側にいたヒロシが赤也の横の椅子に座って表紙を覗く。
「吾輩は猫である、ですか。これでしたらうちに妹が昔読んでいた児童文庫版がありますから、明日にでも持ってきましょう。
それなら文体も優しくて漢字にふりがなもついていますし、文字も大きくて読みやすいですよ」
「マジっスか?!ありがとうございます!!」
「しかしどうしていきなり…読書を始めようなんて思ったんですか?」
そう。それ。俺もそれを聞きたい。
「昨日柳さんが本読むの好きだって話してて…そんで色々話してくれたんっスけど、俺全然理解できなくて」
ああ、柳ってすんげー本の虫だったな。
どんだけ読むんだよってぐらい図書館の本とか借りまくってたし。
「だからとりあえず柳さんが一番好きっつってたそーせきの本だけでも読もうと思って図書館で借りてきたんですけど…」
「切原君!!!」
「…はい?」
ちょっ何で泣いてんだよヒロシ…
思いっきり引いた様子の赤也と俺なんてお構いなしにヒロシはポケットからハンカチ取り出して、そっと涙を拭ってる。
「感動しました!恋はこうも人を変えるものなのですね!!」
「は…はあ…」
「いいでしょう!私が全力で協力いたしましょう!!ええ!君の為に読みやすい小説を探してまいります!」
「ほんとっスか?!」
「もちろんです!きっと文学に目覚めた君に柳君も見直しますよ!」
「俺頑張るっス!!」
……こうして何か妙な組み合わせの文学同盟が出来上がった。
けど確かにヒロシの言う通りだ。
たかが恋。されど恋。
その変化は赤也だけではなかった。
翌日の部室で、赤也と同じ椅子に座った柳が何やら難しい顔をして本を読んでいる。
見れば机の上にも何冊か積みあがってた。
敵校のデータ整理でもしてんのか、と思って近付いてすっげー驚いた。
その山は絶対こいつには縁遠いだろうってファッション誌や音楽誌、ゲーム雑誌で出来てたから。
昨日の流れでだいたいの予想はついた。
一緒にいた仁王は昨日の事を知らないのでフツーに驚いてる。
「何読んでんじゃ参謀。熱でもあるんか?」
あ、それ昨日俺が赤也に対して思った。
だよな。それが正しい反応だと思うぜ。
「柳…もしかしてさー…それ赤也の為?」
「ああ……昨日一緒に帰っている時に嬉々としてゲームの事などを話してくれたのだが…さっぱり理解できなくてな…」
「…そんで雑誌買い込んでお勉強か」
こいつら揃いも揃って何やってんだか。
我が立海大の誇る頭脳がこんな俗物に成り下がるとは。
恐るべし恋の力って感じか?
「俺は赤也の見ている世界を知るのは楽しいが……赤也はどうなのだろうな」
心配しなくても必死こいてお勉強してますよー奴も。
まああっちは全然楽しそうじゃねえけど。
ジャッカルも国語苦手なもんだから、赤也の負けず嫌い引き出す為にも一緒にヒロシに色々教わるらしい。
楽しかないだろうけど、柳の好きなものを理解したいんだって一生懸命になってる。
「だからせめて赤也がつまらない思いをしないようにと思って…こちらから歩み寄る努力を……」
「愛いのー参謀…!」
話に感動したのか仁王が柳の頭をぐりぐりと撫でる。
ヒロシといいこいつといい……まあいいんだけど。
俺も柳のこの変化には感動したし。
「ほんっと…恋を知った参謀は斯くも変わりきだな。いいぜ!俺らが協力してやるよ!!」
「ああ。任せんしゃい」
赤也の方はヒロシに任せて、俺と仁王は柳をプロデュースする事となった。

 

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