アンジェラス シルキー8

昼休みに少し話をする。
それだけの関係ではあったが少しずつ距離は詰めれたと確信していた。
だが相手の気まぐれなど予想外で、そろそろ連絡先ぐらいは聞いてもいいだろうかと考えていた矢先に財前は隠れ家に来なくなってしまった。
そうなれば白石か千歳を介して連絡をする以外にない。
謙也は昼休み終了まで10分を残し教室へ戻ると、胃の痛い思いをしながら白石の前に立った。
「何?また光絡み?」
次の授業の準備をしながら白石は謙也にチラリと視線を寄越し、すぐにまた机に視線を戻す。
「最近な、財前さん昼休みに会えんねやけど…もしかして学校休んでるとか?」
「いや、来てるよ。今日も会うたし」
「え…ほな何で…」
「知らんうちに嫌われたんちゃう?」
可能性として考えていた一番嫌な事をあっさりと言うな、と睨みつける。
だがもっと痛い言葉を投げかけてくる事を予想していた相手は意外にも謙也を安心させるように柔らかい表情を見せた。
「と、言いたいとこやけど…あの子、言いたい事言いで思た事そのまんま口に出すとこあるから…黙って離れていくような真似はせん思うで?嫌なら嫌ってその場で言うし」
「そうなんや…」
「ただし、それは相手側に問題があった時な。自分に何や問題あったら何も言わんと身ぃ引くとこあるから」
「……って事は…」
財前自身に何か思うところがあるという事だ。
しかしそれを確認しようにも偶然を待つ以外に方法がない。
「なあ!財前さんって何く…」
「教えたれへん」
せめてクラスが分かれば教室を訪ねられた。
だが白石は謙也の言葉を最後まで聞かないうちにそれを拒絶する。
「お前みたいな目立つ奴が光んとこ行ったらどないなるか。余計な詮索されて光の迷惑なるやろ」
「あ……」
そこまで考えていなかった。
自分の意思とは関係なく名前ばかりが勝手に歩き回るテニス部所属なのだ。
そのお陰で女の子には騒がれて、決して悪い気はしていなかったが、このような事になると厄介だ。
むしろ迷惑と言ってもいい。
何を贅沢な事を、自惚れるなと言われるかもしれないが実際そうなのだから仕方ない。
そして同じ理由なのだと思いつく。
彼女らが互いのクラスを行き来している事がないのは。
学校一の人気者が校舎を越え中等部の教室にやって来るなど、悪目立ち以外何者でもない。
しかしどうしたものかと頭を抱えていると、ドスッと腹に拳が入れられる。
本気で殴るつもりはないのか、衝撃だけが謙也の体に伝わった。
「な…何?」
「光が、何で一人でおるか解る?」
「何でて…」
「別に友達がおらんわけやないんやで、あの子。せやけどそれ以上に一人でおるんが好きやの」
それは友達が多く、常に人の中心にいる謙也には理解出来ない感覚だった。
誰かと一緒にいる方が楽しいし、寂しくない。
「まあ光は千歳と一緒で芸術家肌やからな。うちらみたいな理系の人間には解らん感性があるんやろ」
確かに白石の言う通り、音楽に造詣の深い財前は時折謙也の理解の範疇を超えた言動を起こす。
それは千歳にも言える事で、白石の言葉は尤もだった。
「せやからあんたもあんまり空気読まんと無闇に光に近付くんやないんやで。まあ邪魔やったらはっきり邪魔って言うやろけど」
それはそれでかなりショックだろう。そうならないように少し自重しようかと思った。
だが謙也の軽い決意など、相手を見てしまえばあっさり崩れてしまう。
翌日昼休み、五時間目の授業を受けるのに音楽室へ向かう為特別教室棟を友人達と歩いていると、防音室から出てくる財前の姿が見えた。
謙也は反射的にそれを追いかける。
「財前さん!」
「え?あ……どうも」
ぺこりと頭を下げる表情はいつもと変わらず、特に変わった様子はない。
やはり嫌われたというのは勘違いだったのだろう。
「最近この上、来ぇへんねんな?」
「…すんません…ここんとこずっと昼はこれの練習しとったから」
財前は肩にかけた細長いハードケースを一瞥する。
「何それ?楽器?」
「…サックス」
「へぇーサックスとかやってんねや!すごいなーえっ、もしかして吹奏楽部?」
「中学は吹奏楽部ないんで…趣味みたいなもんです。時々軽音の練習混ぜてもろてるから…ここも使わせてもらってるんです」
確かにここは軽音部のテリトリーだ。
放課後は部活で使っているから昼休みにしか練習できないのだろう。
「な、明日もここ来るん?」
「え、はい…あ、もしかしてずっと階段のとこ来てくれてはったんですか?」
「あーまあ…なあなあそれよりやー明日俺もここ来てええ?聞かしてや、サックス」
その言葉に財前は一瞬表情を明るくしたのだが、直後謙也の背後からする声に表情を曇らせる。
「謙也ー何やってんの?」
「忍足くーん!中学生ナンパしちゃいけませんよー」
丁度防音室の前にある音楽室に入るところだったクラスメイト達が声をかけたのだ。
軽い調子で言われ、冗談と解っていた謙也もそんなんちゃうわと軽く言い返す。
明るい笑い声を上げながらクラスメイト達が音楽室に入るのを見届けると、謙也は返事を貰おうと財前に向き合う。
しかし財前は青い顔をして失礼しますと言って謙也から逃れるように足早に立ち去ってしまった。
「あっちょっ…!」
謙也の止める声も聞こえているはずだが、財前は振り返る事もなく中等部の校舎へと消えていってしまった。
どうする事も出来ず呆然としていると、背後から物凄い衝撃を頭上に受ける。
「なっ」
「何やってん」
持っていた音楽の教科書を縦にして頭を叩かれたのだ。容赦のない白石に。
「いっっってぇ……財前さんおったから声かけたんや」
「ほんで、光は?」
きょろきょろと辺りを見渡すが、そこに財前の姿はない。
白石はどこに行ったのだと謙也を睨む。
「……逃げられた」
「逃げた?!あんた光に何したん!!」
謙也の首を締め上げるように襟を掴み、壁に押し付けた。
いつもならば怯む場面だが、謙也も負けじと睨み返す。
「なっ何もしてへんわ!!意味解らんで俺も困っとんじゃ」
「けどあんたが何かせな逃げへんやろ?!」
「そっ…そうやけど…」
「はよ思い出せや。あの子に何してん?言わな親指と親指の間潰すで」
「どっ…どこ……ってここ?!」
一瞬の間を起きどこを示すか気付き、顔を青くして謙也は股間を手で押さえた。
「えーっと……最近ずっとここでサックスの練習してるて聞いて…明日聞きにきてええ?って聞いただけやけど…」
「ほんで?」
「それだけ」
「それだけで何で逃げるんよ」
それが解らないから困っているのだ。
しばらく睨み合いが続いたが、本当に心当たりはないのだという謙也の言葉を信じ、白石は首を絞めていた腕を緩めた。
そしてポケットから携帯電話を出すとメールを打ち始める。
「財前さんに聞いてくれるん?!」
「はあ?素直に話してくれるわけないやん」
「えっ…あ…そうなんや」
「こういう事は、あいつに任せる、っと……」
「あいつってもしかして…千歳?」
その質問に答えはなかったが、そうなのだろう。
何にせよ、謙也には何もできない。
この場は二人に任せ、授業を受ける為に音楽室へと入った。

光にギターをさせるかベースをさせるかで迷ってサックスにしてみた。
とにかくドラムと相性のよい楽器をさせたかったんだ。
親指と親指の間ネタ使うのって2回目ですね^^

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