アンジェラス シルキー5

翌朝は珍しく早くに目が覚めてしまい、いつもはギリギリになっていた朝練に余裕を持って登校した。
同じように朝練に出るであろう生徒達がちらほらと見受けられる中、
謙也が大欠伸をしながら歩いていると校門で待ち構える影にはっきりと目が覚める。
鬼のような表情で立っているのは白石と千歳だ。
何故ここに。
と、いうより間違いなく自分を待ち構えていたのだろう、真っ直ぐに睨んできている。
「お…おはよ」
「謙也、顔貸さんね」
「えっ?け、けど今から朝練…」
「ええから来い」
問答無用という言葉そのままに、謙也は二人に両脇を抱えられるように自教室へと連行された。
そして千歳に襟首を締め上げられると教室の後ろにあるロッカーに勢いよく力いっぱい押し付けられる。
「いっっっ…」
平均より背の高い謙也と比べても更に数センチ上背のある千歳のパワーは男子顔負けなのだ。
そんな馬鹿力で頭を思い切り打ちつけられ、星の飛ぶ視界に鬼の形相の白石と千歳の顔が見える。
一体何だというのだ。
謙也は訳が解らず反論すらできなかった。
「あんた〜〜〜…昨日そのまま帰ったかと思たら光に付いてったらしいな」
「は…はあ?!」
「ユウから連絡きたんや。店に男連れで来たでーってな」
それが何故問題になるのだ。過保護にも程がある。
それに送って行った事に対して感謝されてもこのような目に遭わされる筋合いなどない。
そう思い睨み返すがそれ以上の鋭い視線を向けられる。
「まさかとは思うけど、うちらに近付く為にあの子利用しよとかそーゆうしょーもない事考えてんちゃうやろな」
「はあ?!はあああ?!ありえへんわ!!誰がお前らなんかっ!!」
だいたいその誤解にかなりヘコんでいるのだ。
精一杯の気持ちが伝わっていなかったのだと、昨日あの足で帰宅してショックであまり眠れなかった程に。
「…ほんまやろな」
「当たり前じゃ!!だいたい俺最初っから財前さんの事っっ……っととととと」
思わず口を滑らせかけて、謙也は自分の手で口を塞いだ。
しかしその声はしっかりと二人の耳に届いていた。
ますます鋭くなる視線に突き刺され、謙也は一回り小さく縮こまった。
「最初っから、何ね。ハッキリいいなっせ」
「いやあの……ぐえっっぐるじっ…」
長身の千歳にギリギリと音がしそうなほど首を締め上げられ、謙也の意識は次第に遠退いていく。
もうダメかもしれない、という寸前でようやく解放され、そのままズルズルと床に伸びた。
「で、何。自分まさかー…光狙いちゃうやろな?」
床に倒れ込む謙也の腹を白石が容赦なく踏みつける。
「そっそうやって言うたら…どないやねん」
「こないなるんじゃ」
白石はあろう事か、シャツの上から謙也の右乳首を思い切りつねり上げた。
「いってえええええええええええ!!!なっ何さらすんじゃ!」
「乳首ダイヤルぐらいでやいやい言いなや」
「これ以上うるさいとリダイヤルすると」
千歳が反対側の乳首を狙っている事に気付き、謙也は慌てて起き上がり両手で胸を守りながら急いで二人から距離をとった。
「それより。さっきのほんまなん?」
「なっ何がやねん」
ひりひり痛む右胸に気を取られ、それどころではない。
一体何の話がここに繋がっているのかと涙目で見上げると、意外にも真剣な二人の表情が目に飛び込んできた。
「光の話や。あんた、本気で光狙いなん?」
「お…おぉ…そうやで。お前らなんかどーでもええわ…あの子の事、好きになりかけてる」
はっきりと口にすると、もやもやとしていた心の中が急激に晴れ渡っていく。
そうか、やはり自分は彼女に恋しているのだと納得できた。
「なりかけてるって何やねんな、その曖昧な答えは」
白石達は回答に不満だと謙也を壁際に追い詰めていく。
「せやかて…まだ話したん30分くらいやしっ…」
「そぃで、その30分でどぎゃん思ったとや」
「えっ…思ってたより、めっちゃしっかりした子やなって…もっと大人しいて頼んないんか思とったけど。
せやし何や頭もええみたいやし、思た事はっきり喋って、ええ子やって…思たけど」
どう言えば正解で、この二人を怒らせずに済むかが解らない。
だから感じた通りに話したのだが、二人は顔を見合わせ頷いた。
そして壁際に追い詰めるように押し迫っていた体をようやく離してくれた。
「アホな友達連れとるからあんたもアホや思とったけど、あんたは見る目あるみたいやな」
「あ…アホて…」
「アホやろ。光ん事ダシにしてうちら呼び出した挙句に用なくなったら邪魔もん扱いやて。アホ以外誰がする事やねんな」
「それは…まあ俺もめっちゃムカついたけど……けどダシにされてるて解ってんやったら何でこんな誘い乗んねん!!」
昨日の友人達の態度もかなり問題はあった。
しかしお前達も同罪ではないのかと謙也が責めれば、千歳に思い切り頭を殴られた。
「何ね、その勝手な言い分ば。呆れてものも言えんばい」
「はあ?」
「どうせうちらがこの話ノらんかったら光のせいにして、昨日かてうちらが盛り上がらんかったらまた光のせいにすんねやろ」
「それに光はあぎゃん場所苦手ばい。もしあの場でうちらが盛り上がっとらんばってん、光が何させられるか解らんったい」
その言い分はどちらも正論だ。
もし昨日カラオケ店でこの二人が少しでもしらけた空気を出せば、一人盛り上がっていなかった財前が槍玉に挙げられていただろう。
あの場はこの二人が楽しんでいたからこそ、逆に財前は一人蚊帳の外でいても誰も文句は言わなかったのだ。
それを見越しての行動だったのかと謙也は二人を少し見直した。
だがそれにしても慣れすぎやしないか。
あまりに役割がはっきりしていてこの二人の行動には抜かりがなかった。
そう思い問いかければ声を合わせて25回、と謎の言葉を投げかけられる。
「は?」
「25回や25回!!光ダシにした合コンの数や!!昨日で記念すべき25回目やってん!!自分らみたいなアホが前に24組もおったんや!」
「ついでに言うなら、外堀から攻めようとして光に優しい態度で近付いたアホは謙也ん前に11人おったと。
一人にさせたら昨日のお前んごたる抜け駆けする奴がおるけん、一人にさせたくなかったとや」
「昨日光と別れた後メール入って、どこでご飯食べてんのて場所聞いてきたからおかしい思てん。あの子門限八時やのに。
そしたら忍足先輩が駅まで送ってくれて優しいにしてくれましたって連絡入って…ああまたこのパターンかって思たんや」
それで昨日別れ際にあんな事を言っていたのかとようやく理解できた。
理解は出来たが二重にショックだった。
昨日の自分の精一杯の気持ちが全く通じていなくて、過去にあったそんな馬鹿げた似非好意と同じように思われていたとは。
だがそれと同時に、何度もそのような目に遭っていたという事実に胸が痛んだ。
まるで自分の存在を無視され、いいように使われるなど決していい気はしないだろう。
否、傷ついているはずだ。
あんな風に事務的に手際よく合流できるよう手配できるほど数を重ねていたのかと、胸どころか胃まで痛くなる思いだった。
「謙也」
「なっ何やねん」
再び壁際に追い詰められて白石に睨まれ、虚勢を張るように謙也も負けじと応戦するも迫力負けしてしまう。
美人というのは何故こうも迫力満点なのだろう。
うっかりと目をそらしてしまった。
「あんた、いつもの軽いノリなんやったら今のうち手ぇ引きや」
「………は?」
「せやから、試しにちょぉ付き合う?みたいな軽ーいノリで光に近付くなー言うとんねん」
「そっそんなんちゃうわ!」
いつも受け身ばかりで適当だった事は認めるが、今回ばかりは違う。
これだけ厄介な目に遭っていれば、いつもならば面倒はごめんだと逃げている場面だが、全くそんな気は起こらない。
むしろもっと関わりたいとすら思ってしまっている。
「…本気やねんな?」
「もっ…もちろんや」
先程逸らした視線をもう一度白石に戻し、睨みつける。
暫く睨み合いが続いたが、白石が溜息を吐きながら呟いた。
「……まあええわ。光にちょっかいかける事を許可しましょう」
許可って何だ、と叫びそうになる衝動を抑える。
そんなに何度も同じような目に遭っていれば、二人が警戒して財前を全力で守ろうとするのも理解できる。
その原因が自分達にあると解っているのだから尚更だろう。
「正面きってうちらに喧嘩売ってきたんあんたが初めてやしな。その根性認めたるわ」
「はは…そらどーも……」
どうにかならないのか、その女王様気質は。
謙也は表情にその言葉が出ないよう必死に平静を保とうとした。
だが白石の言動に再び心を引っ掻きまわされる。
「けどもし光傷つけたり変な事したらー……」
「どっ……どないなんの…?」
少し体を離し、何をするかと思えば謙也の立っている足の間に見える壁を思い切り蹴った。
ミシという音を立てるほどに。
それはあと数センチ上ならば間違いなく謙也の股間を直撃していた場所だった。
真っ青になり白石と千歳の表情を伺えば、再び鬼の形相で謙也を睨んでいる。
「あんたのちんこ引っこ抜いて、犬の餌にするからな」
「なっ…なっ……」
「よぉ覚えときやー」
そう言い残し、二人は荷物を持って朝練へと行ってしまった。
謙也はというと、情けなくも壁に背中を預けたままずるずると床にへたり込み、しばらくは茫然と動けないままで、
折角早い目に登校したというのに朝練には10分も遅刻してしまった。

光を口説くのは認可制です。
そして乳首ダイヤル、リダイヤルは某気象現象グループ内の某ユニットの人達のネタです。
コンサート中、向かい合って乳首ダイヤル!乳首リダイヤル!!って抓り合ってて死ぬ程笑った。

go page top