アンジェラス シルキー33

夏休みも半ばに入り、ハードになっていく練習でなかなか財前と連絡が取れなかった。
だが昨日、クラスの有志で花火大会をしようという話になり、他の友達は学年の違う彼女を連れて行くというので、勇気を出して財前を誘ってみた。
だが断りのメールが入ってしまった。
それも、ひどく正直なメールが。
『蔵ちゃんとちーちゃんが行ったらあかんって言うから遠慮しときます。折角誘ってくれはったのに断ってばっかりですみません』
その文面を見て謙也は撃沈した。
両想いだと解って少し強気に攻める事が出来るようになった。
だが相変わらず片思いをしていた頃と変わらない白石や千歳優先の態度に、白石の宣言していた半月も待たずに感じていた。
「……ほんまに俺の事好きなんか…?」
あの言葉は幻だったのでは、と。
財前は確かに好きだと言ってくれていたはずだ。
だがちょっと待て、と少し前のメールをフォルダーから呼び起す。
財前からのメールは全て別フォルダーに分けていたのでそれはすぐに出てくる。
『すみません。今生理中なんでプールはちょっと無理です。折角やけどまた今度誘ってください』
これは確か部活休みの時にプールに行こうと誘った時のものだ。
一瞬誤字で、掃除でもしているのだろうかと思った。
いや、思いたかった。
しかし前後の文からして、その特別事情で正解なのだろう。
こんな風にデリケートな部分までも赤裸々に話してくれるのは心を許してくれているからだと思いたい。
だが反面、男として意識されていないのではとも思った。
実際その通りなのだろう。
財前は自分がどんな風に、どんなに邪な目で見ているかなど知らないからあんなに無防備な態度でいられるのだ。
「あーもう!!めっちゃ会いたい!」
寝ころんだベッドの上でゴロゴロとのた打ち回っていると、階下の母親に五月蝿いと怒鳴られてしまった。
謙也は今まで告白されていた子と適当に付き合っていた頃にはなかった感覚に襲われていた。
相手の事を考えるだけで切ない、今何をしているのか、誰といるのか、気になって仕方ない。会いたくてたまらない。
願わくばその体に触れたい、などと邪な事を考えた瞬間、枕元に置いた携帯が震え始めて飛び起きた。
「ぶっ……びっ、びっくりした………な、何や……し、白石?」
このタイミングで電話がかかってくるなんて、どこかで見られているんじゃないかとありもしないというのにキョロキョロと周りを見渡してしまう。
そして早く出ろと何度も鳴る着信音に恐る恐る通話ボタンを押した。
「も、もしも―――」
『遅い!早よ出ぇや』
「す、すまん…」
出るや否や大声で怒鳴られ、理不尽に思う暇もなく反射的に謝ってしまう。
『せっっっっかく光と遊びに行くん誘ったろ思ったのに。もう止めや、止め。うちらだけで遊びに―――…』
「おおおおおおちょぅ…ちょっ、ちょちょちょちょっ…待っ…待てアホ!」
『アホォ?』
「ちがっ!違うっ!ごめん!すみません!!あああ遊びに行くって、どっどこに?!」
『光の家。っていうかうちはもう来てんやけどな。暇してんやったら遊びに来てもええけど?』
思わぬ誘いに、暑さで頭がおかしくなったのかと思ってしまった。
まさか白石がこんな風に誘ってくれるなど思ってもいなかった。
何か罠があるかもしれないと一瞬警戒したが、それでも財前に会えるならそれも構わない。
とにかく一緒にいられる時間を増やさなければ、この長期休暇の間にどんどんと心が離れていってしまう気がする。
そう思い謙也は迷わず行くと返事した。
今日は実家の方にいると言われ、急いで身支度を整えると家を飛び出した。
電車に乗って僅か10分程の距離ではあるが、財前の家は駅から少し離れていた。
駅からバスに乗り、更にバス停からも少し距離がある。
だが部活で鍛えている謙也にとっては何の問題もない。
むしろ逸る気持ちを抑えるには短すぎる距離ともいえた。
そして駅前で買ったケーキを手に財前宅の前に立った。
緊張して震える指でインターホンを押すと、中から足音がして玄関が開いた。
「えらい早かったな」
「えっ……何でお前が…」
財前の家の人が出てくるものとばかり思っていた謙也は、出迎えた白石の姿を見て脱力する。
「皆出掛けはったから。上がれば?」
「お、おう…おじゃまします…」
ここは一体誰の家なのだと聞きたくなるほど、白石はまるで自分の家のように振る舞っている。
だがあれだけ仲が良いのだから、それも納得かもしれない。
謙也は言われるままに玄関のドアを潜った。
「余所ん家であんまジロジロ見なや」
これが財前の住んでいる家か、と感動しながらキョロキョロと見渡していると白石に咎められてしまった。
「す、すまん。あ、これお土産にケーキ持ってきたんやけど」
「光に直接渡しぃや。うちに渡されても困るし」
「せやな。あの、財前さんは?」
「部屋におる。宿題やってやるわ。うち飲むもん持ってくるから先行っといてや。階段上がって正面の部屋やから」
こうも大人しい白石に何か裏があるのではないかと疑ってしまう。
呼ばれて来たものの、半径3m以内は近付くな、二人きりになどさせるかと言われると覚悟していた。
ようやく白石にもこの真剣な思いが通じたのだろうかと弾む心を抑えつつ、教えられた部屋の前に立ち扉をノックすると、はーい、と若干間延びした声がする。
「おじゃましまーす…」
そっと扉を開け、中を見るとそこには財前がいて、真っ赤なキャミソールにお揃いのショートパンツというほぼ下着姿で床に伸びていた。
「えっっ、先輩?!」
「うわっっご、ごめん!!」
一瞬何が起きたか解らず、だが見てはいけない姿を見てしまった事は解る。
謙也は急いで目を、というより体ごと逸らし、視界に財前を入れないようにした。
「え、何で…蔵ちゃんに会いに来たんですか?」
「いや、ちゃうねん!!えっと、俺も何でここおるんか……遊びに来ぃって白石に言われたから来たんやけど」
「そうなんですか?」
「え?聞いてへんかったん?!」
反射的に振り返ってしまい、再びほぼ下着姿の財前が目に入ってしまう。
赤い着衣に白い肌が目に飛び込み、いてもたってもいられなくなった謙也は思わず部屋を飛び出した。
目の前の階段に力なく座り込んでいると、大きな盆に麦茶やお菓子、お皿等を乗せて持ってきた白石と目が合う。
「何やってんの」
「えっ、いや……ざ、財前さん何やえらいカッコしとったから」
「は?!」
聞くや否や白石は謙也を押し退けるようにしてバタバタと足音高く財前の部屋に消えて行った。
しばらくすると両手を塞いでいた盆は部屋に置いてきたのか先程より身軽になった白石が部屋から出てくる。
「服着るように言うてきたからもうちょっとそこで待っとけアホ」
「う…うん。あ、っていうか千歳は?お前らいっつもセットやのに今日はおらんのか?」
「あの子今東京行ってやるから。そっから実家戻ったりしてお盆明けるまでこっち帰れへんいうて、
それで光が寂しがってやったからあんた呼んだんやー。光ビックリさせたろ思て黙ってな」
「あ、そういう事なんや…」
サプライズのつもりがこちらが驚く事になった、と謙也は先程の情景を思い出しニヤけそうになる顔を抑えるので必死だった。
空調の効かない部屋で汗に濡れてしどけなく寝転がる姿はエロス以外に何者でもない。
「ちょっと!光で変な妄想してんちゃうやろな!」
「なっ、しししししてへんわ!」
邪な方向へ思考が走ろうとしていたが、白石に耳を引っ張られ我に返る。
本当は頭の中は財前の先程の姿でいっぱいだったが、そんな事を知られては命が危ない。
必死に否定すると疑いの目は向けられたものの、それ以上は深く突っ込まれずに済んだ。
今日は千歳がいない分力技で命の危険は避けられそうだが、白石も相当の攻撃力を誇るのだから油断ならない。
何があっても隠した下心が漏れないようにしなければと気合を入れ直した。
「蔵ちゃん」
「あ、光。着替えた?」
振り返ると財前が遠慮がちに扉から顔を覗かせている。
「うん。先輩すいませんでした…変なかっこ見せてしもて」
「いや、全然!!全然!!」
むしろいい思いをさせてもらいましたなど、つい数十秒前の決心の揺るぐ言葉を飲み込み財前に向き直る。
先刻のキャミソールの上からゆるいサイズのTシャツを着て、太腿が丸出しになったパンツ姿から膝丈のパンツ姿となっている。
少し残念だが、あのままの恰好では目のやりどころに困っただろう。
「どうぞ、入ってください」
「お、おじゃまします!」
先程は驚きで部屋の中など見る余裕はなかったが、改めて財前の部屋を見渡す。
些か味気ない、どちらかというと男の部屋のようにシンプルな室内だと思う。
女の子の部屋ってもっと花柄フリルに溢れていてぬいぐるみなんかが置かれているんじゃないのか、と少しがっかりさせられる。
だがこちらの方がクールな財前に似合っている気がすると謙也は思った。
エアコンは嫌いだと言っていたが、気を使ってくれているのか冷房が少し効き始めている。
それに伴い少しずつ冷静さが戻ってきて、手の中にある箱の存在を思い出した。
「あ、せや。これケーキ。こないだ行こう言うとって行かれへんかった店で買うてきたんやけど…」
それまで申し訳なさそうに眉を下げていた財前だったが、ケーキの箱を見るや否や表情を明るくさせた。
本当に甘い物が好きなんだなとデレデレ眺めていたが白石に思いきり睨まれてしまい目を逸らす。
「うわぁ、こんないっぱい…ありがとうございます」
箱の中を覗き、破顔させる財前を見て、小遣いは吹っ飛んだがそれも報われたと思う。
財前は家族が多いのと、どのケーキが好きか解らないという事で、あるだけの種類を買ってきたのだ。
「蔵ちゃんどれ食べる?」
「光が先選びや。光がもろてんから」
「えー…選ばれへん。全部食べたいし」
「ほな半分こしよか?そしたら二種類食べられるやろ?」
「ほんまに?ええん?」
目の前でスキンシップを繰り返しつつのバカップルのようなやり取りを繰り広げられ、謙也は疎外感を覚えたが無理矢理空気を裂いた。
「あ、あの!宿題しとったん?」
「え?あ、はい。あともうちょっとで終わりやからさっさと済ませよ思って」
「へぇーえらいなぁ」
「いえ、別に……一応受験生なんで」
「えっっっちょ、え、何、外部行くん?!」
その言葉に過剰反応した謙也は思わず前のめりに財前に詰め寄る。
あまりの勢いに財前が目を丸くして引くのが解り、謙也は慌てて謝った。
「アーホ。そのまんま進むにしたって内申悪かったら内部進学出来へんやろ。宿題なんか最低限やっていかなあかん事やん」
「あ、せやな……ほな四天高行くんや…そのまま」
「当たり前やろ。光がうちから離れるわけないやん」
なあ、と同意を求めると、財前は当然といった表情で大きく頷いた。
折角ここまで仲良くなれたというのに、半年もすれば離れ離れなど絶対にごめんだ。
この際理由などどうでもいい。
白石達のいる場所に財前あり、というのなら白石や千歳の数々の所業とて受け入れる覚悟を決めた謙也だった。

あー楽しい。フフ
さてはて、白石の腹の内はどんなもんかいな、っと。

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