はいはい、ドSドS。
まだ幸せにしてやんないよ。
これからが楽しい相互片思い篇のスタートですよ。ンフフ
アンジェラス シルキー32
白石と共に財前を追いかけた後、トイレの個室に篭城してしまったと聞き、謙也はそれほどまでに傷付けてしまったのかと激しく後悔した。
慌てて謝ろうとしたが、白石にここで待ってろとトイレ前の音楽室の教室後方にある扉から中に押し込められ、積み上がった椅子の影に身を隠す。
絶対に、何が起きても絶対に声を上げるな、動くな、見つかるなと言われ、息を潜めているとトイレから出てきた三人が教室に入ってきた。
椅子を取りにやって来た千歳と目が合い、一瞬声を上げそうになったが千歳は何も言わずに財前の元へ行ってしまった。
それから耳に入ってくる会話は信じられないものばかりだった。
抽象的な言葉ばかりの頃は勘違いかもしれないと自制していたが、はっきりと財前の口から好きだという言葉が出た瞬間、魂が抜けるような感覚に陥った。
白石にはじっとしてろと命令されたものの、それどころではない。
あまりに吃驚しすぎて体は動かない、声も出せない状態となってしまったのだ。
まさか、嘘だろう、財前も自分を好いてくれていたなんてと瞬きも忘れて固まっていると、山積みの椅子の向こう側から白石が顔を覗かせた。
「何ボーッッッッッ…っとしとんねん。気持ち悪い」
「え、あ……え?……あ!!ざ、財前さんは?!」
「あぁ?あんた聞いてへんかったん?千歳ともう出てったわアホ」
「あ……そ、そう………なんや…」
よかった、とホッと胸を撫で下ろす。
今顔を合わせても何も言えなかっただろう。
だが顔が緩むのを抑えられないと手で口元を覆う。
そしてそのポーズのまま謙也はいそいそと教室に入ってくると、壁を背に力なく座り込む。
そんなあからさまな謙也の姿に白石は折角の美しい面容を見るも無残に崩した。
「キモい」
「なっ…なんっ!」
「浮かれてんちゃうで、どアホ」
白石に足蹴にされ、しゃがみ込んだ謙也はバランスを崩し床に転がったがいつもの様な文句も出てこない。
「けっ、けどっ…こんなん、落ち着け言う方が無理やろっっっ!だっ…て、えっっ…さ、さっきの…ほんまに?」
「何やねん。光が嘘言うてるとでも言いたいんか?」
「ちっ違うわアホ!!ま、まだ信じられんから……そ、そうなんや…財前さん…俺の事…あ!!ちょ、財前さんどっち行ったん?防音室戻った?!」
抑えきれない喜びを全身から滲み出し、謙也はおもむろに立ち上がった。
だが即座に白石から膝裏に蹴りを入れられ、再びその場に崩れ落ちた。
「なっ、何すんねん!!」
「こっちの台詞じゃ早漏。あんた、この勢いで調子こいて光に告るつもりちゃうやろな」
「そっ、そうっ…っそれ止めろや!!ちゅーかおもっきし両想いやんけ!!もう邪魔させへんからな!」
「アーホー」
白石は起き上がろうとする謙也の背中を踏みつけ、動きを封じ込めると先程まで財前が座っていた椅子に腰を下ろした。
「別にあんたにいけずしてそんなん言うてんちゃうわ。あんたどんだけ被害妄想激しいねん」
「せっ、せやかて今まで自分らやってきた事…っ!」
「光の為やー言うとんねん。うちらが何でわざわざ光に自分の口で誰が好きか言わせた思とんねん。別にあんたに聞かせる為ちゃうで」
そうなのか、と思ったが、よくよく考えれば二人がそんな事をするはずもない。
冷静になれば解りきっていた事だがふわふわとした思考に阻まれてしまっていた。
漸く謙也が落ち着いたのを見届け、白石は漸く謙也を踏みつけていた足を外した。
「ああやって…自分で自分の気持ち口にしたら、あの子も自覚持つやろ思って」
「自覚?」
「せやないと、また誤魔化し続けんで、あの子。別に先輩なんか好きちゃうって、先輩は友達やから一緒におりたいんやって。
自分で言うたんやったらもう逃げれんしな…そうでもせんとパンクしてまうわ」
白石の言う通りだ。
はっきりとしないもやもやとした気持ちを声に出して言う事で再確認出来る事もある。
白石は財前にそれをさせたのだ。
「ほ、ほなどないせぇっちゅーねん…」
「光が腹決めて告るまで待ちや」
「はぁ?!……っ!」
どういう了見だ、と勢いよく立ち上がり訴えかけるが白石に睨み上げられ一瞬で身を縮み上がらせる。
「ほんならあれか、財前さんが決心出来んで何も言えんかったら……今のまんま?!」
「それぐらい待てへんねやったら好きとか言うなやアホ」
「う……」
待つ事が性に合わない謙也は一瞬顔を歪めたが、白石の言い分も尤もなので口を噤む。
「今まで、全部受身やったからあかんかってん。告白されて始まるから相手に流されて終わりってパターンばっかしで」
「え、けど…それやったら余計こっちから好きって言うて自信持たせたった方がええんちゃうん?」
「あの子にそれだけの心の余裕ない状態で気持ち押し付けても受け止めきれんやろ。さっきも自分で言うとったやん。自分なんか好きなってもらえるはずないって。
そんな子に何ぼ好きや言うても信じてもらえるわけないやん。あんたが何言うても、光が自分でちゃんとどこ好きになってもらったとか、理解出来な意味ないし」
そこまで考えてこれまで自分の邪魔をしていたのか、と思ったが、絶対にそれだけではないと一瞬見直したがすぐにそれを撤回する。
単純に財前を渡すものかといった理由の方が絶対に割合的に多いはずだ。
「光の決心待ってれんっちゅーんやったら、今すぐ諦める事やな。光はうちらに返してもらうからな」
「あっ、アホか!!何ぼでも待つっちゅー話や!!!」
こんな思ってもいなかった千載一遇のチャンスを逃すはずもない。
謙也はそれまで萎縮していた態度を翻し、白石に向けて噛み付かんばかりの勢いで言い放った。
「ほなせいぜい光のスローペースな決心待つ事やな」
「う、うん…頑張るわ」
「まあ、決心つく前に気持ち冷めるかもしれんしな」
「そっ、そうなん?!」
先刻までの幸せな思いを吹き飛ばす不穏な言葉に顔色を変える謙也を見て、白石は満足気に笑みを浮かべた。
「あの子、気まぐれで我侭なとこあるから好きなもんとか割とコロコロ変わりやるし。今日好きや言うても、あっという間に意見覆しやるからなあ。
それも気付かんような些細な事が原因で好きになったり嫌いになったりやし」
ニヤニヤと食えない表情で言ってくる白石が憎らしい。
だがこんな事で挫けている場合ではない。
財前のあの調子では、これから先が大変だろう事は想像に容易い。
いくらでも待つとは言ったが、これまで以上に道程は険しそうだ。
「しかも顔にも態度にもあんま出ぇへん子やし、何考えてるんか解らんって迷走するん必至やで、あんた」
「う……」
「まあせいぜい頑張るこっちゃなぁ。掴みどころないあの子の好きって気持ちに振り回されながら」
「ちょっ…」
「ひと月…半月せんうちに絶対思う事なるわ。この子ほんまに俺の事好きなん、ってなー」
「ほんま、それ以上追い詰めんといてくれ……」
容赦ない言葉は間違いなく現実になってしまうだろう。
悔しいが誰よりも財前をよく知る白石の言う事に間違いはなさそうだ。
結局、財前の気持ちははっきりと聞いたものの、今までと何ら状況は変わっていない。
否、今折角好いてもらっているというのに、白石の言うように些細な切欠で、今日のような出来事であっという間に嫌われてしまう可能性も否めない分、
今まで以上に気持ちを引き締めなければならないかもしれない。
謙也はがっくりと肩を落としこれからどうしたものかと思考の迷宮に陥ってしまった。