実はこの回を書きたくてここまで頑張ってきたのだ。
珍しく下品でないガールズトーク可愛いよ。うっへっへ。
アンジェラス シルキー31
トイレの個室の中で声を殺して泣く財前をどうする事も出来ず、千歳は扉に向けてただひたすらに優しく声をかけ続けた。
白石の腕の話題が出ると多少機嫌が悪くなる事はあるが、こんな風になった事は一度もなかった。
「光、光。もう泣かんでええけんこっから出てこんね。こんまんまじゃ光の事ぎゅーってしてやれん」
どんなに辛い目に遭って落ち込んでも、優しく包み込んでやれば安心した笑顔を向けてくれていたのだ。
その手段を絶たれてしまった千歳はとにかくここから出て来るようにと何度も声をかけたが光が出てくる様子はない。
ほとほと困り果てていると、背後から千歳、と声がした。
「白石…光が天岩戸に隠れてしまったとや」
「もう…しゃーない子やなぁ」
それまで緩くノックしていただけの千歳とは違い、白石はいきなり大きな音を立てて強く扉を叩く。
「光?うちやったら気にしてへんから。つい勢いで口滑らしたとか思わんでええよ」
息を詰まらせる音がして、少し動く気配はあるが、やはり出てくる事がない。
白石は首を傾げもう一度扉を叩こうとした。
だがその手は千歳に遮られる。
「何?」
「……それだけが、原因じゃなかとよ」
小声で光には聞こえないようにそっと囁く千歳に、白石は顔を歪めた。
「あー……やっぱそうか…」
「やっぱ気付いてたとや?」
「まあな。あんま考えたなかったけど」
光があんな風に怒っていた原因には一つ気づいていたが、あまり考えたくはなかった。
思い違いだと思いたかった。
だが親友も同じ事に気付いてしまっていたようで、疑惑は確信になってしまった。
白石は千歳に肩を貸すように言うと、トイレの扉の上から顔を覗かせた。
「光!!ええ加減出といで!!」
「ひっ!!…く、蔵ちゃ……何してんっっ」
驚きで涙も止まったのか、光が酷く驚いた表情で天井を見上げる。
それを確認すると白石は扉の上に乗り上げた。
「あんたがいつまでも我意な事言うからやろ!ちょぉそこでじっとしときや!」
「うわっっあぶな…!!」
洋式便器の蓋に飛び降り、床に足を付くと白石は目を白黒させる光を思い切り抱きしめた。
「アホやなぁもう…」
「くらちゃ……」
「とにかく出よ。話はそれから」
鍵を開け、財前の肩を抱いたまま個室から出ると、途端に千歳は力一杯抱き締めた。
苦しいと身動ぎするが、ホッとしたように体から力を抜く様子に安心して、そのままトイレを出てすぐ前にある音楽室に連れて行く。
誰もやってこない特別教室棟なので施錠されていなかったのが幸いした。
千歳は中に入ると教室の隅に積み上げられていた椅子を一つ取り出し、それに財前を座らせる。
少し遅れて教室に入ってくる白石に目を向けると、何も言わず財前の前に立ちはだかった。
「どないしたん、いつもやったら不機嫌なるだけやのに」
そう尋ねるが財前は俯いたまま何も言わない。
しばらくは黙ったままだったが、このままでは埒が明かないと白石は優しく財前の頭を撫でた。
そして遠回しに言わず、逃げ道を塞いだ。
「そんなにショックやった?謙也があんな事言うたん?」
「え…?」
「いつもやったらそんな奴…うちの腕の事何や言う奴は問答無用で切り捨ててたやろ?それやのに、謙也には面と向こてあんな風に言うて、
光があんな風に言うてまで謙也とはまだ友達でおりたかった?あれ怒ったんはうちの事考えてちゃうやろ?謙也があんな風に言うたんがショックやったんやろ?」
何も答えなかったが、顔を真っ赤にして再び俯く事にやっぱり、と白石は深い溜息を吐いた。
「もー…しゃぁない子やでほんま…」
白石は俯いたまま動かなくなってしまった財前の顔を覗き込むようにしゃがみ込み、泣きそうに歪んだ顔を見上げて微笑んだ。
「光、正直に言い。ほんまはもう謙也の事友達やと思てへんねやろ?」
その言葉に動揺して肩を思い切りびくつかせ、体を硬くする。
だが、まだ頑なに首を振って否定しようとする財前の姿に、それまで大人しく話を聞いていた千歳も財前の前に膝を付き顔を見上げる。
「素直にならんね、光」
頬を優しく撫でられ、張り詰めた思いを抱えきれなくなった財前は目の前の千歳の体に抱きついた。
そしてよしよしと二人に頭を撫でられ、ようやく口を開いた。
「こんな気持ちになりたないのにっ…」
「うん」
「も…嫌やこんなん…っ……うちもぉ蔵ちゃんとちーちゃんと付き合うー…っ」
「こらこら…現実逃避せんの。ちゃんと自分の気持ちに向き合わんと」
そう口では言うものの、無防備に抱き付いてくる姿があまりに可愛くて白石は何度も顔中にキスを落とす。
「ううー…だって蔵ちゃんとちーちゃんのが好きやし」
「そらそうやわ。うちらの光がそう易々と他の奴に取られてたまるかいな。けど…その次は?うちらには負けるけど、光のここ…誰かおるんちゃう?」
抱きついてくる体を少し離し、胸に手を当てると財前は少し躊躇った後、小さく頷いた。
だがそれ以上何も言わなくなってしまった光を促すように背中をぽんぽんと叩く。
「ひーかーるー?」
「っ…やっぱしうち蔵ちゃんと付き合うー…っ」
再び泣きそうな顔で抱きつく光を受け止め、白石は苦笑いを漏らす。
「こらこらこらこら、話戻ってる。うちらは光大好きやし、光もうちらの事大好きなんは変わらんけど…うちらは光の事女の子として一番幸せにしてあげられへんねん。
どんなに好きで好きで好きでたまらんっていうても…悔しいけど、幸せにしてあげられへん」
「蔵ちゃん…」
「せやから、うちらが世界一大好きで大事に思てる光がどんな奴選ぶんかちゃんと見届けたいねん」
教えて、と千歳と二人財前の前に跪き、泣きそうに歪む表情を見つめる。
暫く逡巡した後、財前は口を開いた。
「う……うちの事…ちゃんと、…見てくれてて……蔵ちゃんとか、ちーちゃんやなくって…ちゃんと、うちの事…見てくれた」
「うん」
「皆に優しくて、けど、うちにも優しくしてくれて…最初は、変な人やって、うちなんかと…仲良ぅしたいなんか言うて…
…けど、それが…嬉しいって、思うようなって…」
「それで?」
「でも、もう、誰か好きになんかなりたないから……気付かんふりしててんけど…でも、優しぃにされる度…どないしてええんや解らんようなって、
いつもみたいに…こんな風に優しくしてもらえるんは蔵ちゃんやちーちゃん目当てやって思おうって、冷静にいてようって…友達やって…思うようにしようって…
…けど…いつもやったら……蔵ちゃんらと一緒におる相手に、うちの二人に近付くなって思うのに……っ…」
「…うちらに嫉妬してもうたんや?」
言葉を詰まらせ、二人の視線から逃れるように顔を背ける財前の後を受けて言葉を繋げると、戸惑い気味に頷いた。
「嫌やこんなん……蔵ちゃんとちーちゃんだけ好きでおりたい…っ」
「うちらは嬉しかばってん、光はもうそれだけやなかっちゃろ?」
千歳の優しい声に再び視線を戻し、財前は唇を噛みながら首を横に振る。
「……嫌や…」
「ひーかる」
「っ…好きちゃうわ!忍足先輩の事なんかっ…!」
「…はっきり言うたな」
「え?」
思わぬ白石の言葉にそれまでの思いつめた表情を崩し、財前はぽかんと二人を見下ろす。
「うちら別に誰の事って言うてへんで。光は今何て言うた?誰の事思い浮かべながらさっきの話しとったん?」
「……あ…」
余計な事を言ってしまったと慌てて手で口を押さえる財前を見て白石と千歳は顔を見合わせた。
財前はゆっくりと立ち上がる二人を恐る恐る様子を伺うようにきょろきょろと視線を彷徨わせる。
顔に向けて伸びてくる包帯に巻かれた白石の手に一瞬肩をビクッと震わせるが、それを慰めるように肩を撫でられ二人の顔を見上げた。
「蔵ちゃん?」
「悔しいなぁ……いつか謙也なんかにうちらの光取られるやなんて」
「そ、んな……ありえへん…先輩が、うちの事…好きになんかなるはずないわ」
「何言うてんの。光は可愛いし誰より強い子やのに、好きにならん人なんかおらんよ。もっと自信持ちや。
誰かに好きになってもらいたいんやったら、まずは自分に自信持たな。自分なんか自分なんかって気持ちでおっても誰も振り向いてくれへんで?」
「う…ん…」
不安げに頷く姿を見かねて千歳も手を伸ばし財前の頭を撫でた。
「だーいじょうぶ、光。謙也はアホでどスケベでどうしょうもない奴ばってん、今まで光に付きまとっとった奴と違ってちゃーんと光んこつ見とるけん、
すぐに光んええとこに気付くけんね」
「……うん…」
「もーそんな泣きそうな顔しな!笑って笑って!」
白石は悔しさと嬉しさを滲ませた声でそう言いながらぺちぺちっと軽い音を立てて薄い頬を叩く。
「光は、誰が好きなん?ちゃんと言える?」
「うち…は……っ…せ、んぱい…忍足先輩が、好き…や」
「そっか。ほな頑張れる?謙也に振り向いてもらえるように」
財前は不安げな表情を消し、微笑みながら頷いた。
「蔵ちゃんちーちゃん…ありがとぉ…うち、頑張るわ」
「ん、ええ子!あーもう!!可愛いなぁ!やっぱしあんなアホに渡すん勿体無いわ!」
「心配せんかって二人が一番好きなんは変われへんで?これからも」
当然だ、という態度でそう言い切る財前が可愛くてならないと白石と千歳は奪い合うように財前の体を抱き締める。
だが財前の所有を巡り子供のような小競り合いをする白石と千歳を呆れながら仲裁した。