謙也って自分悪くないのにすぐ謝ったり、トンチンカンな礼言うたりする癖あるイメージがある。
アンジェラス シルキー3
人ごみとはいえ、俊足自慢の謙也がのんびりと歩く財前を捕える事は容易だった。
「待って待って!」
「えっ」
初めて声をかけた時より、更に驚いた表情で財前が振り返る。
いきなり背後から肩を叩かれれば驚いて当然だろう。
謙也は慌てて手を離した。
「あっ、ごめ…またびっくりさせてしもて」
「いえ……あの…何か?」
「いや、用あるわけちゃうんやけど…何や心配なって」
「何がですか?」
「さっき白石言うとったやん?どこ行くんや知らんけどあんまお上品なとこ行く感じちゃうかったし…
せやから送ってったろっかなーって思たんやけど……迷惑やった?」
遠慮がちに言う謙也を見て、財前は首が取れそうなほど横に振る。
「めっ迷惑とか…っ…そんな、あれは白石先輩が大げさに言うてるだけで…ほんまに一人でいけるんで、先輩は皆のとこ戻ってください」
本当にそうなのだろうか。しかしそんな事実は今は大した問題ではない。
謙也にとって重要なのは、先程設けられなかった財前との会話する機会となるかどうかなのだ。
「あ、なあ、俺も一緒に行ってええ?CD屋行くんやろ?」
「え…あ、はい……まあ…」
警戒しているというより、今はどちらかというと戸惑っているようだ。
謙也はもしや、と思い頭を掻きながら呟く。
「俺…もしかして、邪魔…とか?一人で行きたいんかな?」
「そんな事ないです!」
即答され、今度は謙也の方が驚かされる。
「……すいませ…あの、ほんま気ぃ使わんでええんで…」
しかし段々と下がっていく語気に、本当に遠慮しているだけなのだと気付く。
「あーあの、気ぃ使てるとかやなくて…俺が行きたいんやけど、あかんかな?」
更に食い下がる謙也に根負けする形で、財前は首を縦に振った。
「ほな……一緒に行きますか?」
「ほんまに?ありがとうな!」
「それ、こっちの台詞ですよ」
そう言って財前はおかしそうに口角を上げた。
再び謙也の左胸は変な音を立てる。
だが財前はすぐにいつもの何もない表情に戻ってしまった。
「ありがとうございます」
「いっ、いや、全然!全然!!」
これはいよいよ認めざるを得ないかもしれない。
大して話した事もない相手がこんなに気になるなんて、理由は一つだろう。
地味で冴えなくて暗い印象さえあるのに、これほどまでに気になるのは、と考えながら頭二つ分小さい財前を見下ろす。
彼女は小柄でとにかく小さいイメージが強い。
隣に立つと解るのだが、女子にすれば平均的な身長だ。
他の女子とそう変わらないだろう。
しかし肩幅も狭く、腕も足も細い為にコンパクトな印象が強いのだ。
突風でも吹けば飛んでいってしまいそうだ。
本当は顔を隠すような大きなメガネを取ってじっくり顔を見たいのだが、そんな事を頼めるはずもない。
何とか頭の中でCG処理してメガネを外した顔を想像しようとするのだが、なかなか上手くいかない。
「あの」
「えっ何?!」
並んで歩きながらじっと見ていた事を咎められるのかと思いきや、財前は申し訳なさそうに言った。
「さっきは、すいませんでした…気ぃ使わせてしもて」
一体どれの話をしているのだろう。
謙也が首を傾げて考えていると、ぼそぼそと言葉を続ける。
「カラオケ屋で……うち一人でおったから…」
「あ、ああ!いや、あれは…」
気を使っていたわけではなく、明確な意思の元遂行した事なのだ。
だがそれを口にする事はいささか気が引けてしまう。
「あんなとこで一人おったら盛り下がる思て部屋出たんですけど…余計気ぃ使わせてしもたなって思て…一言ゆうて出たらよかったなって…」
「そっそんな事ないで?ほんま、気ぃとか使てへんし!全然!」
とにかく何故か貴方が気になって仕方ないんです、という下心を隠して必死に伝えると、ようやく財前がほっと表情を緩めた。
「…あ、っていうか俺自己紹介もしてへんよな?!」
とりあえず学年は認識されているようだが、まだ名乗っていない。
結局合コンというよりあの二人が奉り上げられる会となった為、慣例儀式の自己紹介がなかったのだ。
名前も知らない男が話し掛けてきてはさぞや気味が悪いだろうと謙也は慌てた。
しかし財前は何でもない様子でああ、知ってます、と言った。
「し…知ってる?」
「はい。テニス部の忍足謙也先輩ですよね」
一方的に眺めているだけだったのに、予想外に相手に自分の存在を知られていて謙也は全身がむず痒くなるような歓喜に震えた。
だがそれは表に出さず、必死にいつもの軽い調子を思い出して言葉を返す。
「もっ、もしかして俺って中学でも有名人なん?!」
「まあ…テニス部自体有名ですし、うちの学校」
ほんの三ヶ月程前に卒業したばかりなのだから、知られていて当然だろう。
あれだけテニス部で派手に活躍していれば彼女の耳に入っていたのかもしれない。
しかし財前の認識はそれだけではなかった。
「せやし、白石先輩とずっと同じクラスですよね。時々話に出てきてたんで」
「げっマジでか?!あいつ変な事言うてへんやろなぁ…」
「変な事かは解りませんけど…白石先輩の口から男子の名前なんかほとんど出てけぇへんから珍しいなあって思てたんです」
「うわぁー…あいつほんま何言うとんねん…」
自分の存ぜぬ場で前評判から落とされていてはたまったものではない。
思わず頭を抱えたが、財前はそれをやわらかく否定した。
「白石先輩めっちゃ男見る目厳しいのにって不思議やったんですけど…今日会うて初めて話して何とのぉその理由解りました」
「えっ」
「優しいです、先輩」
「えっええっ?!」
その高評価に謙也は思わず声を上げて喜んだ。
自分を取り囲む女子に幾度となく言われた言葉だが、これほどまでに嬉しかった事などなかった。
お世辞なのではと思う事も多々あったからだ。
だが財前の様子からして思った事をそのまま口にしていそうだ。
「けっ、けど自分もそうやん。さっきもめっちゃ気ぃ使たりして」
「ああ、あれは…そんなんちゃいますよ。単に自分が場の空気汚すん嫌なだけで…先輩みたいに思いやっての事やないんです」
ほんま自分勝手で嫌な奴なんですよ、と自嘲するが、彼女をいいように利用する男達や白石達に比べるまでもない。
女子にしては口数は少なく、必要最小限の言葉だけを選んで話している印象はあるが、見た目から受ける印象よりはずっと明るい感じがする。
それに選ばれた言葉は全て真実を映しているような気がした。
見え透いたお世辞や聞こえの良い社交辞令もない、取り入ろうともしない。
媚びる事もしない、誰かとつるんで周囲に合わせて日和見になる事もない。
まっすぐと自分を貫いている。
そんな態度が白石達を惹きつけたのだろうか。
如何せん、彼女らを取り囲む人間はそんな彼女と真逆の輩ばかりなのだ。
恵まれた人間も、その人なりの悩みがあると思っていた為、謙也もあまり強い態度に出れないでいた。
単純に何をされるか解ったものではないという怖さもあるのだが、それはさて置き。
とにかくその独特な雰囲気と見た目に惹かれ話しかけるきっかけを探っていたものの、中身を知りますます興味が湧いてきていた。
財前光という人は一体どんな人物なのだろうと。