光って合コンとか心底どうでもよさそうなイメージがある。
アンジェラス シルキー2
そうして迎えた当日、指定された待ち合わせ場所に行ってまず謙也の目に飛び込んできたのは女子三人から激しい叱責を受ける財前の姿だった。
遠くからその様子を伺えば、彼女らはどうやらこの合コン参加者で白石や千歳を呼んだ事を責めているようだった。
「絶対呼ばんといてって言うたやん!」
「何で呼んだんよ?!あの人らおったらうちらええ笑い者やん!」
おいおい待て待て、それは違うだろう。
謙也は聞こえてくる罵声に思わず心の中でツッコミを入れてしまった。
恐らくはあいつらが、白石達が強引に来たがったに違いない。
先日のあのベンチでの一件を考えれば、異常に過保護な白石が財前を一人で合コンなどに来させるとは考え難く、それは財前に何の落ち度もないのだ。
「もぉええわ。うちら帰るから」
「え…けど……」
財前の引き止める声も聞かず、一緒にいた財前のクラスメイトであろう三人は本当に帰ってしまった。
そもそもこの集まりは友人が白石や千歳と仲良くなる為に設けたものなので、彼女らがいなくても何ら不自由はないのだが、
理不尽な責められ方をしていた財前が不憫になる。
何とかフォローできないものかと一歩踏み出すが、それより一足先に近付く影がある。
「光!」
「あ……」
白石と千歳が二人して高速で一人取り残された財前に近付いていった。
二人共とても高校生に見えない容姿ですれ違う人皆が視線を奪われている。
特に千歳は身長も高く、見事なプロポーションからモデルかグラビアアイドルか、と囁く声も聞かれた。
中身を知らなければモデルとアイドルの組合せに見えなくもないが、性格は最悪だ、と謙也は一人ごてつく。
「どないしたん?何や怒鳴られてたみたいやけど」
「イジメられたんやなかね?」
「あーちゃうちゃう。いつものいちゃもんやから、気にせんといてください」
「そうか…?ごめんな、助けたれんで」
白石に頭を撫でられ、それまでの無表情を崩し財前が微かにだが笑みを浮かべる。
その表情に、謙也は思わず自らの左胸を鷲掴みにした。
今、何か心臓から変な音がした。
初めて見る財前の無以外の表情は笑顔に程遠いものだったが、それでも僅かに動いた口元に謙也は激しく動揺させられた。
その直後合流した謙也の友人達を含め、総勢九名でカラオケへと行く事となった。
だが財前は部屋の隅で携帯をいじっているだけでこの場を楽しんでいるとは到底思えず、
対照的にちやほやと持ち上げる男達に囲まれ白石や千歳はまるで女王様のように振舞っている。
一体何がしたいんだ。
謙也はイライラしながら飲んでいたジュースのストローを噛んだ。
もうあちらはあちらで放っておこう。
本来の目的を思い出し、謙也はさりげなく財前の隣に席を移った。
私服姿は初めて見るが、あまりおしゃれを楽しもうという気がないのか、黒いシャツに黒いジーンズを合わせた暗い印象のもの。
アクセサリーだけはこだわりがあるのか重厚そうな印象のシルバーのネックレスや指輪をつけているが、
流行をふんだんに取り入れた華やかな白石達とは対照的でかなりシックな装いだった。
「なあ」
「えっ…」
酷く驚いたように顔を跳ね上げ、財前は大きく目を瞬かせた。
「あ、ごめん。びっくりさせて…財前さん、やんな?」
謙也の質問に戸惑った様子で財前は一度だけ頷く。
「いっこも歌ってへんやん?カラオケ嫌いなん?」
「……別に…」
目を逸らしながらポツリと答え、また俯いてしまう。
警戒心を剥き出しにされ、めげそうになるが謙也はそのまま話しかけ続ける。
「あ、もう飲むもんないやん。何か飲む?ここ飲み放題やし、よーけ飲まな損やで」
テーブルに手を伸ばし、ドリンクメニューを取って財前に見せようとするが、それより一瞬早く席を立ってしまった。
「……すいません…ちょっと失礼します」
「えっ、ちょっ…」
そのまま携帯だけを握り締め部屋を出て行ってしまい、残された謙也は何か気に障る事でもしたのだろうかと慌てて後を追おうとするが友人の大きな声に阻まれる。
「白石さんからリクエスト入りましたよ謙也くーん!」
「ええっ?!」
そして友人達にマイクを押し付けられ、全員ではやし立てられ、出るに出られなくなってしまった。
ノリの良い謙也としては場の雰囲気を悪くしたくないし、自分や財前とは違い友人達は存分に楽しんでいるのだ。
ここは一曲歌って場を収めるしかない。
出て行ってしまった彼女を気にしながらも、謙也は一曲歌った。
場は大盛り上がりになり、これで十分だろうとマイクを離そうとするが、続けて友人の入れた曲のコーラス部分までをも任され、気付けば三曲も立て続けに歌わされてしまった。
その間、財前が戻ってくる事はなかった。
トイレにしては長すぎる。
「ちょぉごめん!トイレ行ってくるわ」
絡んでくる友人達からようやく解放され、部屋を出て周囲を見渡すが、あの地味なくせに目を引く姿は見えない。
荷物は部屋に置いてあるから帰ってしまったとは考えられない。
それにそう広くない店内で行く先など限られているだろう。
謙也は受付フロント前にある待ち合い用の椅子の並べられた場所へ行った。
案の定、そこに財前がいた。
部屋にいた時と同じように携帯をいじっている。
「あ、よかった。ここにおったんや」
「え、あ……」
近付く謙也に財前は驚き、身を硬くして携帯を閉じた。
「遅いから心配したんやで」
「……すいません…」
「あ、いや、悪い事してんちゃうんやし謝らんでええやん」
謙也は笑いながらさりげなく隣に座るが、財前はますます警戒するだけだ。
どう言葉をかければよいものかとほとほと困り果てていると、今度は財前から話しかけられる。
「あ…あの……うちの事は気にしやんでええんで…部屋戻ってください」
「え?けど…」
「……ほんまに、気ぃ使わんといてください…」
全身から出る拒絶の意思に負けてしまい、謙也は後ろ髪を引かれる思いで部屋に戻った。
相変わらずの馬鹿騒ぎに若干辟易しながらも、怪しまれない程度に何曲かを歌った。
その間にいつの間にか財前は戻ってきたが、結局彼女は一度もマイクを持たないままに制限時間は過ぎてしまった。
そして店を出た後、二次会と称して皆で晩ご飯を食べに行こうかという流れになった。
カラオケ屋の前でどの店に行こうかと話し合っていると、団体の隅にいた財前に白石が尋ねる。
「光は?門限いける?」
「あ…うちちょっと寄りたいとこあるからご飯食べに行ってたら間に合わんかも」
財前は右腕にはめた綺麗な腕時計を見ながらぽつりと答える。
蝶をモチーフにしたブレスレット型の腕時計だけは他のアクセサリーと違い、繊細で女性的なイメージだな、と謙也はさりげなく観察した。
「寄りたいとこ?一人で大丈夫ね?」
千歳の心配そうな顔を見て財前が慌てた様子で手を振る。
「いけるいける。ユウちゃんとこで予約しとったCDもらいに行くだけやから」
「そうなん?けどあの辺あんまり治安よぉないし、うちら一緒に行こか?」
思わぬ展開に男子達は一斉に財前に向け鋭い視線を向ける。
お前一人で行け、という無言の威圧が財前を襲う。
それに気付いた財前はほんまに大丈夫やからと言って挨拶もそこそこに足早に去ってしまった。
何なんだあの厄介払いのような態度は。
謙也は友人達に向け言い放った。
「ごめん、俺もパス!用あるよって帰るわ!」
何故ここで強気に正義感を振りかざせないのだろう。
本当ならばカッコ良く友人達を説教してやりたいのに。
そんな自分を情けなく思いながらも謙也は財前の消えた商店街方向へと走り始めた。