うちのサイト初のにょた化話。
書いてる感想→楽しい!!
のっけから光が大変に可哀想な感じですが、これからよろしくお願いします 。
謙也達と共にうちの光ちゃんを皆様でめいっぱい可愛がってやってください!
アンジェラス シルキー1
謙也が最初に彼女の存在に気付いたのは、放送室の隣にある空き教室から見える裏庭ベンチだった。
一人ぼんやりとした様子で音楽を聞いていたり、携帯電話をいじったりしている。
何となく印象に残るその姿に惹かれて眺めていると、背後から一つ上の先輩に肩を叩かれた。
「何見てん?謙也」
「え、あー…別に何でもないですよ」
ごまかそうとしたが、先輩は謙也の視線の先をあっさりと見破った。
「おっエンジェルちゃんらのオモチャやん」
「何ですか?それ」
エンジェル、と言われて思いつくのは、恐らくあいつらの事だろうと謙也は顔を歪める。
四天宝寺名物のダーティエンジェルズこと、白石蔵乃と千歳千里。
校内人気の双璧で男子生徒の熱烈な好意と女子生徒の熱狂的な憧れを一身に受けているその人。
だが謙也はどうにも二人が好きになれないでいた。
何をされたわけでもないのだが、生理的に受け付けない何かが彼女たちにあるのだ。
特に白石とは現在四年連続同じクラスという嫌な記録を更新中。
先生も生徒達も騙されている。
エンジェルなどではない。奴らは悪魔の化身なのだ。
彼女らの性根をよく知る謙也は常々そう思っていた。
そんな奴らのオモチャとは一体どういう訳なのだろうか。
「中等部三年の財前光。地味ーで冴えへんのに何でかあの二人に気に入られてるらしいてやー…いっつも構われてるみたいやけど一種いじめやで、あれ。お陰であの子は二人狙とる男どもの橋渡しにええように使われてるし、熱狂的なファンの女どもには総スカン食うとるし… 何よりあの美人でスタイルもええ二人に挟まれてんやで?ええ笑いもんやん」
確かに彼の言う通り、中途半端に伸ばされた真っ黒な髪を等閑に二つに縛り、重そうな黒ブチメガネをかけていていかにも根暗そうなイメージがある。
制服もサイズが合っていないのかぶかぶかで、その上に袖も裾も伸びたセーターを着ているのだ。
あれでは地味で冴えない、ダサいやつというレッテルを貼られても仕方がない。
否、実際かなりダサい。
しかし先輩が去ってからも、謙也は何故か視線が外せないでいた。
それ以来妙に彼女が気になり、目で追う日が続いた。
大抵は放送委員達の溜まり場ともなっている件の空き教室から眺める事が多い。
特に目を引く容姿をしているわけではなく、むしろマイナス面ばかりが気になって仕方ないというのに気になって仕方ないのだ。
そして観察していて解った事は三つ。
あの先輩の言っていたように、白石と千歳に大変気に入られているようで、よく三人でいる姿が確認できた。
次に洋楽が好きだという事。
時折聞いている音楽を口ずさんでいたのだが、いつも英語の歌詞ばかりだった。
そして友達が極端に少ないという事。
誰か特定の人と行動を共にしている事がないのだ。
時折談笑する姿も見受けられるが特に親しいといった様子ではなかった。
そんなプチストーカーと化した謙也だったが、決定的に財前を意識し始めたのは、昼休みにいつものベンチで昼寝をしている姿を見た時だった。
今日もいるだろうかという微かな期待を胸に、用事で職員室に行った帰りにわざわざ裏庭を通ったのだが、姿が見当たらない。
いつもならば廊下から暗い雰囲気漂う背中が見えるというのに。
今日はここにいないのだろうかと少し残念に思いながらベンチに近寄る。
すると荷物を枕に丸くなって眠る姿が謙也の目に飛び込んできた。
日頃表情を遮っている大きなメガネは外されていて、その下に隠れた存外に整ったその顔容に驚かされる。
閉じられた瞳を縁取るまつげは頬に濃い影を作るほどに長く、メガネで普段は見えない鼻筋も綺麗に通っていた。
薄く開かれて一定リズムを刻みながら寝息を漏らす唇も綺麗な赤で美しい象りをしている。
色白で陶器のような肌もシャープさの際立つ顎も、微かに丸みを帯びた桜色の頬も、かなり高レベルと言えよう。
いや、それどころではない。
あの白石、千歳と並んでも何ら遜色はないだろう。
なんてもったいない、と謙也は心の底から叫びたかった。
「あれ?謙也やん。何やってんの?」
だが後ろからする声に飛び上がり驚く。
「しっ…白石」
慌ててベンチから離れると、そこに眠る人物を見て白石は急いで駆け寄る。
「…あんた光に何かしたんちゃうやろなっっ!」
「なっ…何もせぇへんわ!!」
「ほな何でこんなとこおんねんな」
白石の意見は尤もで、わざわざ踏み入れなければ偶然通るような場所ではないのだ。
謙也は必死に言い訳を考えた。
「そっ…それは、誰かおんなぁって思て…倒れてんちゃうかて心配なったよってに…」
謙也に疑念を抱いた瞳を向けた後、白石は財前に覆い被さるように覗き込む。
まるで愛しいものを慈しむような柔らかい表情を浮かべ、そっと頬に触れる。
その様子はまるで恋人同士のようだと謙也は思わず見入ってしまった。
「何?」
「あ、いや…」
不躾に視線を送っていると、思い切り睨まれてしまった。
「倒れてんちゃうよ。寝てるだけやからもう心配ないやろ。あっち行ってんか」
「は…はい……」
美しい顔に迫力ある睨まれ方をされてしまい、それ以上何も言えず謙也は黙ってその場を立ち去る事となった。
そしてその日以降、謙也がベンチに財前の姿を見る事はなくなってしまった。
恐らくはあの悪魔が、白石が何か危険を察知して財前があの場所へ行かないように仕向けたのだろう。
だがこのもやもやとした気持ちが何なのか、はっきりとさせたい。
そう思っている謙也に一人の使徒が現れた。
顔も名前も知らない中等部の女生徒。
その人物に手紙で呼び出され、指定された場所へ行ってみれば案の定の告白だった。
一年生ながらテニス部の準レギュラーとして活躍している謙也にはこの手の話が非常に多い。
容姿の派手さ、対照的な優しさ、そして分け隔てなく明るく接する謙也はいつも生徒達の中心的存在だった。
当然のように彼女は途切れなく存在して、今はたまたまフリーだった為にこのような要件も増えていた。
真っ赤な顔で告白をされ、誰か好きな人がいるんですか、と聞かれた瞬間、謙也の頭を過ったのは何故かあの日の財前の寝顔だった。
このタイミングで思い出すなんて、どうかしている。
これではまるで財前に好意を抱いているようではないか。
いつもならば、少しでも好みのアンテナに引っ掛かれば「ほな試しに付き合ってみる?」と軽い調子で言うのだが、とてもそのような気分にはなれない。
頭から離れないのだ。あの作り物のような寝顔が。
そして謙也は丁重に断りを入れた。
わりと可愛い子だったのになあ、と思いながらも泣きながら走り去った名前も知らない女生徒に少しの罪悪感も感じなかった。
いよいよその空中浮遊した気持ちに決着をつけろ、と神の思し召しがあった。
それは財前をあのベンチで見かけなくなってから、すでにひと月近く経った頃。
委員会繋がりの友人の何気ない一言がもたらしたものだった。
「そういや日曜やー…中等部の子らと合コンすんねん」
「へぇ、珍しいやん。中学ん子とか」
いつもはオネエサマ方に遊んでもらうねん、と喜んでいるのにと謙也は不思議がる。
「いや、白石さんら呼んでもらう為のデコイやねんけどな」
「はあ?」
「ほら、いっつも一緒におる、えーっと…あ、そうそう財前光!あの子のクラスメイトでや、誘ってきたん。
そんで財前メンバーに入っとったら高確率で白石さんら来るて聞いたから、財前も一緒やったらええよってOKしてん」
あの先輩の言っていた事は本当だったのかと謙也は何故か腸が煮え繰り返る思いだった。
財前の人権を無視した扱いに、友人といえども怒鳴りつけそうになる。
しかしこれはチャンスかもしれない。
あれからベンチで見かけなくとも何度か校内ですれ違う事もあった。
だがこちらが一方的に眺めていただけで相手は自分の事など知るはずもない。
だから声をかける事がためらわれていたのだが、合コンとなれば話は別だ。
堂々と知らない者同士で話す事ができる。
「な、なあそれってまだ空きある?!」
「はあ?何、お前もエンジェルズ狙いなん?」
「あーちゃうちゃう。そうやのぉて、ほら俺彼女と別れたばっかやし、可愛い子おらんかなー思て」
「ふーん…それやったら外野は自分に任すわ」
何の疑いもなく合コンメンバーに入る事に成功した。
あとは当日、如何様にして彼女に話し掛けるかだ。
謙也は日曜日を指折り数えて待ちわびた。