これでようやく8話あたりからあったイライザ問題解決です。長かった…
白石は、実は、ちゃんと謙也を評価している。
してるけど、行動全く伴わない。
結局誰が来ても嫌なんですよ。光はうちらのん!!って思ってるから。
でも根性腐った奴は絶対に許せないので全力で成敗。
アンジェラス シルキー29
お前ら早よ帰れ、お前こそどっか行け、の応酬を繰り返しながら食堂で待っているのだが、待てど暮せど財前がやってこない。
一体どうしたのだろうかと思っていた頃漸く制服に着替えた財前がやってくる。
「光!お疲れ様!お腹減ったんちゃう?」
お疲れさん、と言おうとする謙也を押しのけると白石は笑顔で財前に手を振る。
「ううん。さっき水泳部の子にお菓子もろたから…」
「いけんよ、光。ちゃんとご飯ば食べんと」
「そうやでー折角うちらが育てたった乳に栄養回らんでしぼんだらどないすんの?」
「やぁっっっ!」
背後から手を回した白石が冗談混じりに胸を掴むと、いつもなら軽く流すはずの財前が過剰に反応して喘声のような高い声を上げた。
驚く千歳とその声に真っ赤になる謙也、そして何故そんな風になったかに気付いた白石の笑顔が固まった。
「光あんた……ブラジャーしてへん?」
「えっ?!」
「へ?!」
千歳と謙也に勢いよく振り返られると財前は恥ずかしそうに顔を伏せる。
明言はしなかったが、その仕草にそれが真実であると悟り、謙也はますます顔を赤くした。
それを見た千歳は見るなと叫んで財前を隠すように抱きしめた。
「んっ…ちーちゃん苦しい…」
「見んなアホ!あっち行けや!シッ!シッ!!」
白石も犬を追い払うように手を振り謙也を食堂の隅へと追いやった。
そして財前の顔を覗きながら尋ねる。
「何で?水着家から着てきて忘れたん?」
「う…ううん…それ前にやったからもうせんとこ思て…けど補習受けてる間にどっか行ってしもて…下着…」
「何それ…泥棒?」
「解れへんけど……」
千歳の体に隠れた財前をそのままにして、白石は謙也を引き連れ再びプールサイドへとやってきた。
補習を受けていた生徒はいなくなり、水泳部員だけがプールサイドにいる。
とにかく白石は女子更衣室へもう一度探しに行くと言ってその場を離れようとした。
だが草陰からする声に二人は動きを止めた。
ほんまチョロい、めっちゃええ楽な小遣い稼ぎやわ、と。
何となく不穏な言葉に二人は声のする方へと進んだ。
するとそこに居たのは以前謙也に告白してきた女とその友達数人だった。
会話の内容はあまり上品ではなく、時折財前という名前が入っている。
それに気付くと白石は不自然な程の笑顔を張り付け輪に近づいた。
「おもろそうな話やな…うちにも聞かしてくれへん?」
「きゃっ!えっ?!しっ……白石先輩…忍足先輩?!」
顔を真っ青にしてその場を立ち去ろうとするが、白石と謙也はその道を塞いだ。
「何やったんか、正直に言うてみ」
「あの……その、あ…あたしら…別に何も…ねえ?」
明らかに何かを隠している態度だというのに、この期に及んでそんな事を言う女達を脅すように白石は顔から笑顔を消し、まっすぐに視線で射抜いた。
「今、正直に言うたら許したらん事もないけど…どうする?」
その視線の冷たさに耐え切れなくなった女生徒は、ついに涙を浮かべ白状した。
財前の事を好きだという男子に財前の持ち物を売りさばいていたのだと。
そしてそれがだんだんとエスカレートしていき、ついに下着に手を出してしまったと言って何度も謝る。
今にも爆発しそうな程に怒りのオーラをまとった白石に若干腰が引けつつも、謙也も怒りでどうにかなってしまいそうだった。
言葉だけでなく、こんな事で財前を傷つけていたなど絶対に許す事が出来ない。
まして、その原因の一端が自分にあるかもしれないのだから、その怒りは謙也自身へも向けられた。
結局は何の解決もしてあげる事が出来ず、再びこんな目に遭わせてしまった。
この事を知ったらきっとまた傷付いてしまうだろうと思い、眉を顰め俯く。
「あ…あの、あの…ご…ごめ…なさ…い、せんぱ…」
「うちらに謝ってもしゃーないやろ。とりあえず、光の下着返しや」
震える手で女生徒は自分の鞄を開け、おずおずと半透明のショッピングバッグに入った可愛らしい水玉模様のブラジャーを差し出す。
白石はそれを黙って受け取ると、もう一度睨んだ。
「その売る相手って奴んとこ連れてってや」
「はっ…はいっ」
すっかりと怯えきった表情の女生徒達は、何度も白石達の表情を伺いながら校舎へと向かう。そして待ち合わせ場所だという教室へと入った。
中にいた大人しそうな男子生徒は約束通り女生徒がやってきたものだと明るい表情で座っていた椅子から立ち上がったが、
静かに怒りをたたえる白石に気付き、顔をこわばらせた。
白石は無言でその男に近付くと、何の前触れもなくいきなり拳を右頬にぶち込んだ。
大きな音を立て、机や椅子を巻き込みながら床に倒れる男子生徒を見て、女生徒達も謙也もその一瞬の出来事に目を点にした。
そんな様子も関係なく、白石は更に男子生徒に詰め寄り襟を締め上げた。
「根性腐った事しやがって……男やったらなぁ、裏でコソコソせんと真正面から勝負せぇや!!!」
「ひっ!!」
「あんたに誰か好きんなる資格なんかないわ!ましてや光狙いとか…冗談は顔だけにしとけや!!」
「しっ…白石落ち着け!」
もう一発殴る体勢になる白石の腕を慌てて掴んで謙也がそれを止めるが、思い切り振り払われ謙也も床に転がってしまう。
そして顔を上げた瞬間頭上で骨の砕けるような音がして、すぐ隣に顔から血を流した男子生徒が倒れこんだ。
「ちょ…だ、大丈夫か?」
憎むべき相手のはずが、あまりにあまりな有様に思わず謙也は手を差し延べる。
だが白石は更に追い討ちをかけるように、床に転がる男子生徒の襟を掴んだ。
「15年で人生終わらせたないんやったらもう二度と光に近付くなや」
「あ…は、ハイッ…!すっすいませんでしたっっ」
ガタガタと震えながら切れて血に染まった唇を必死に動かし返事をする男子生徒から視線を教室の隅に移す。
そこには同じように震えて怯えた様子の女生徒達が手を取り合い固まっていた。
「あんたらもや!!無事ここ卒業したいんやったらこれ以上光に近付くんやないで。今度光に何かしたら二度と人前出れん顔にしたるからな」
「はいっはいっっ!」
流石に可哀想だと思えてしまう程に顔を涙でぐちゃぐちゃに濡らし、女生徒達は何度も頷く。
それを見ると漸く白石も気持ちが少し落ち着いたようで溜息を一つ漏らして男子生徒から手を離した。
「この子らから買うたもん出しや」
「は!はいっっ!…ちょっ…待って…くださ…全部!全部返しますっ」
慌てた様子で体を起こすと、鞄をその場にひっくり返し中から小さな紙袋を出すと白石に差し出した。
それを受け取り中を見ると文房具類やハンドタオル、ノートやヘアピンなどが入っていた。
「これだけ?」
「はいっ」
「ほんまに?嘘吐いたら承知せぇへんで」
「ほっほんまです!!絶対!」
真っ青な顔で必死に訴える姿に嘘はなさそうだと白石はその紙袋を手に教室を出ようとする。
だが一旦足を止め、まだ震えている女生徒に顔を向けた。
「あんたら、ちゃんと金返しときや」
もう恐怖で声も出ない女生徒達は、何度も頭を縦に振る。
それを見届けると白石は教室を出て行った。
謙也も慌ててそれを追いかける。
怒りを全身に纏ったまま無言で廊下を突き進む白石にかける言葉などない。
ただ黙って距離を置いたままついていくが、二人が待っているはずの食堂ではなく校舎裏へと出て行く。
「えっ…白石どこ行くん?」
「焼却炉」
「焼却って…えっ、捨てるんか?財前さんのなんやろ?勝手に捨ててええん?」
「こんな…どんな使われ方されたかも解らんようなもん光に渡せるわけないやろアホ。光に言うんやないで、自分のもん売られてたとか」
ぎろりと睨まれ身を縮ませる謙也を見ると、白石は焼却炉の蓋を開け、紙袋ごと放り捨てた。
「何やってんの。戻んで」
「あ、ああ、うん」
ぼんやりと焼却炉を眺めたまま立ち尽くしていた謙也に白石が声をかけると、漸く我に返り慌てて後ろについて行く。
少し機嫌も直ったのか、いつもの表情に戻っている事にほっとしながらも、余計な事を言えば再び不機嫌になってしまうかもしれない。
そう思い黙って後ろをついていっていたが、不意に深い溜息を聞かされビクッと肩を揺らす。
「なっ、何っっ」
「別に。あんたはえらいなぁ思て…こんだけうちらにやいやい言われながらも真っ向勝負で光に向き合うとって」
「えっっっっ!!」
「あんな性根腐ったアホとは違うんやな…ちょっとだけ見直したるわ。ちょっとだけやけどな」
まさかと思える言葉に謙也は思わず動きを止めて目も口も開いた間抜けな表情で白石を見てしまう。
「何やねんその顔。せやからうちらは別に邪魔しとるだけちゃう言うとるやろ」
「ご…ごごごごめん」
その割には行動は全く伴っていないが、今回の事で少しは心象良くなっただろうかと謙也は胸を撫で下ろす。
そして食堂に戻ると二人は明るい表情で談笑している。
思った程ショックを受けていない様子にホッとして近付こうとするが、白石にそれ以上近付くなと思い切り睨まれた。
仕方なく入口近くで手持ち無沙汰にしていると、何やら話していたが、財前が白石から渡された袋を手にトイレへと走っていった。
着替えに行ったのだろうかと想像してドキドキしていると、遠くから殺人視線が白石と千歳から送られているのに気付き、慌てて白々しく窓の外に視線を逸らした。
しばらくすると財前が戻ってきたので近付こうとするが、三人は荷物をまとめて立ち上がった。
ここを離れる事に気付き、謙也は置きっぱなしの荷物を取りに慌てて近付く。
「大丈夫か?財前さん」
「あ、はい。全然…気にしてへんので」
「さよか……あ、ほんで俺に頼みたい事って何なん?」
「そうや、光。うちらに言えんでこいつに頼むって何なん?何させんの?」
やはり前言撤回だ。
邪魔をする気満々の白石が謙也と財前の間に割り込んだ。
「練習…付き合うてもらえんかと思って…サックスの」
「セックスの練習!?何言うてんの光!!!」
「せっ…ええっ?!」
「…どんな空耳やねんな…サックスの練習やて」
慌てふためく白石達をよそに、冷静に財前がツッコミを入れる。
「あぁ…びっくりした……けど、それで謙也なんかに頼んでんやな」
「なんか、って言うなや。なんかって」
白石と肘でつつき合いながら睨み合う謙也を財前は不安げに見上げる。
「はい…あの、構いませんか?」
「もちろんやで!」
そんな嬉しい頼み事ならいくらでも聞いてやる、と意気込む。
しかも白石達は財前に頼まれてコンビニに昼食を調達しに行き、防音室に財前と二人きりになれた。
意気揚々とドラムのチューニングをしていると、サックスを抱えた財前が近付いてくる。
「あの、先輩…」
「何?どないしたん?」
「うち、あの…」
何か言い辛そうにしながらも、伝えようとしている。
今まで財前が自分からこうして強く何かを言おうとする事はなかったので、謙也は驚きながらも言葉を待った。
他の者ならば絶対に早く言えとイライラしてしまうような場面だが、財前相手ではそんな気持ちは微塵も湧かない。
「あの…こういう事……初めてやないんです」
「こういうって…何か物盗られたりって事?」
「はい……蔵ちゃんとちーちゃんと仲ええのやっかむ子多いから。けどそんなん知ったら…また気にする思て…二人には言えんかって……」
「そうなんや…一人でよぉ我慢しとったなぁ」
財前の顔が一瞬歪み、泣いてしまうか、と焦ったがすぐに表情を微笑みに変えた。
強がりでなく、全てを乗り越える覚悟を思わせる強い意思を持つ瞳に謙也はドキリとさせられる。
「けど、時々ちょっと……何か…嫌っていう訳ちゃうんやけど、一人悩んどったら心折れそうになってまうから………あの…」
「一人で頑張らんでええやん。あいつらにかってそんな気ぃ使わんでええ思うし…財前さんがそれ出来ひんって言うんやったら俺、話聞くし。
まあそれで何出来んねんって言われたら…何も出来ひんやろし……たぶん財前さんもそんなん望んでへん、自分で何とかするって思うかもしれんしな。
けど話聞くぐらいやったら俺なんぼでもするから、愚痴ったりしてくれてええねんで?俺話聞いたりすんの全然嫌ちゃうし」
財前が言葉を詰まらせた隙に、謙也は言いたい事を一気に言う。
だがそれは財前も望んでいた言葉であったようで、一瞬驚いた顔をした後に本当に嬉しそうに顔を綻ばせた。
「ありがとう、先輩」
無表情で淡々としている事の多い彼女がこうして無防備な笑みを見せてくれるようになったのは、それだけ心が近付いた証拠だろうと謙也も嬉しくなり、
今この雰囲気ならば気持ちを打ち明けられるかもしれない、と思った。
「あっ、あんな…っ」
「うち、ほんまに先輩と友達になれてよかったです。ほんま嬉しいです」
「あ……うん、俺も…」
だが出鼻を思い切り挫かれ、それ以上何も言えず謙也は再びチューニングの手を動かし始めた。