アンジェラス シルキー28

夏休みであろうと関係なく週に何度かはテニス部の練習がある。
今日はその練習が休みの日。
のんびりと過ごす白石の携帯にメールの着信があった。
「あ、光のブログ更新されたって」
「久々たい」
「前は一日に何べんも書いてやったのにな」
一人暮らしの千歳はよく白石の家に遊びにきていて、前日練習が終わってからやってきてそのまま泊まりとなった。
起床して朝食の後は部屋で雑誌を読んだりテレビを見たりとそれぞれに過ごしていたが、二人は光のブログ更新通知を受け取ると、
携帯にブックマークされているそれに繋げた。
パスワードを入力すると、何の飾りもないシンプルなページが表示される。
一番上にNEWとアイコンの付いた記事を読み進めるにつれ、二人の表情は歪んでいった。
「この学校の先輩って謙也やんな……あいつ何勝手に光連れ出しとんねん!!」
「そんなこつどーでもええったい。次、次」
「……はぁ?!痴漢?!」
二度殺す!と息巻く白石に対し、千歳は静かに怒りを溜めた。
携帯を逆方向に曲げそうになっているのに気付き、白石は慌ててそれを取り上げた。
そしてもう一度光のブログに目を落とす。
「もう3日も前やって、これあったん。前はリアルタイムで更新してやったのに」
「謙也と一緒やったけん、書けんかったとや」
「にしたって、3日やで、3日。その間どないしたんやって話やん?」
うーん、と二人で考えるがその理由は思いつかない。
光は二人に何でも話すが、面と向かっては言えない事もあるのだと隠し事も多かった。
だからこのプロテクトのかかったブログに一日にあった事を包み隠さずに書いて、それを二人が読むといったスタイルがすっかりと定着していた。
パスワードを知っているのはこの二人だけなので、実質交換日記のような役割を果たしている。
そうこうしていると、再び更新されたとの通知メールが届く。
「あ、また更新された。今度はリアタイやで」
「今から学校行くって…どういうこつね?」
携帯から壁にかかったカレンダーに目を移し、白石は思い出した、と呟く。
「今日…あっ!補習!補習や!」
「補習って……もしかして…」
「えっ、ちょっと待って…今日って男テニ練習あったよな?!」
二人はある事を思い出し、顔を見合わせると急いで身支度を整え家を飛び出した。




今日も暑さで溶けてしまいそうだ、と思いながら謙也は顧問に言い渡された基礎練に勤しんでいた。
誰よりも早く走れるので外周はいつも一人黙々とする事が多い。
だが流石に暑さで参りそうだと、脱水症状を引き起こす前に水分補給をする為にグランドの隅にある水飲み場へと向かった。
すぐ脇にあるプールでは水泳部が声を上げている。
この炎天下だと水の中に入れるのが羨ましいと思いながら水を飲み、そのまま顔を洗っていると、
フェンスの向こう側から聞き慣れた、そして信じられない声がした。
「先輩。忍足先輩」
「へ?!」
暑さで感覚機能が狂ったか、と驚くが、確かにそこには財前が立っている。
それも水着姿で、だ。
錯覚でも幻聴でもなく、そこにいるのは紛れもなく財前だった。
謙也は慌ててユニフォームの裾で顔を拭きフェンスに駆け寄る。
プールの方が一段高い場所にある為、珍しく財前に見下ろされる形となった。
「ざっ…ざいっ、ざいぜ…ざっ…えっ?!何で?!えっ、水泳部?!」
「あーちゃいますよ。うち一学期の授業中にテスト受けんかったんで補習受けさせられてるんです」
「そそっ…そうなんや」
うちの学校の水着はこんなにやらしかったか?!と謙也は半ばパニック状態となっていた。
脇に白のラインの入った、何の変哲もないスクール水着だ。
今プールにいる水泳部員達が着ているような洗練された競技用のものではない、かなりダサいと言える代物。
しかしそれも財前が着ると何か違ういやらしさを感じるのだ。
相変わらずの細い肢体に乗る大きくて美しいバストが、濡れた水着によってくっきりとその形を露わにしている。
それを丁度段差のせいで見上げる形となり、謙也の目は一点集中で釘付けとなってしまった。
「先輩?ちょっ…大丈夫ですか?!暑さでのぼせたんちゃいます?」
「え?!」
「鼻血、出てますよ」
「嘘ォ?!……げっ、ほんまやっ」
手で鼻の下を拭うと掌に赤い跡がついている。
謙也は慌てて水道の場所まで戻り、顔を洗った。
生温い水でも外気に比べれば幾分冷たいといえる為、火照った顔を冷やすには十分だ。
何度か顔に水を浴びせているうちに漸く鼻血は止まってくれた。
だが顔を上げ、振り返るとそこに財前はいない。
「えっ、あれ?財前さん?」
先生に呼ばれたか、はたまた邪な心を見透かされて逃げられたのかと考えていると、更衣室の方から小走りでやってくる財前が見えた。
「先輩、いけますか?よかったらこれ使って下さい」
そう言ってフェンスの網目から差し出されたのはポケットティッシュと濡れたハンドタオルだった。
「あっありがとう!えっ、タオルはええって!汚れたらあかんし!」
「気にせんと使てください」
「あ…そ、そうか?ほな…遠慮なく…」
受け取ろうと手を伸ばしたところ、財前は目線を合わせるようにしゃがみ込んで渡してきた。
それを受け取りながら見るともなしに目に入ってきたのは、丁度視線の高さとなった財前の股間だった。
「うわっ!先輩?!ほんまに大丈夫ですか?!」
顔を真っ赤にして再び鼻血を垂らす謙也に驚き、財前が声を上げる。
「だっ…大丈夫……大丈夫やから、ほんまに…」
「熱中症になったんちゃいますか?保健室行った方が……」
「いけるって!ほんま心配ないから!」
心底心配そうに見つめてくる財前には本当に申し訳ないのだが、原因はこの暑さのせいではないのだ。
謙也はもう成り振りなど構ってられず、汚れる事も厭わずに濡れタオルで鼻の辺りを冷やした。
本当に格好悪い、と心の中で溜息を吐く。
「…止まりましたか?」
「ん…もういけるみたい…」
しばらくその格好のままじっとしていると、漸く鼻血が止まってくれた。
謙也は情けない思いで心がいっぱいになりながら、借りたタオルに目を落とす。
白を基調にした花柄の綺麗なそれが、自分の赤黒い血で汚れてしまっている。
「ごっごめんな!これ持って帰って洗濯してくるから!!」
「いや、そんな…別にかめへ…」
「いやいやいや!そんなん!こんな汚いし!!…そっそれよりさっき声かけてくれたんって何や用あったからちゃうん?」
こんな欲望丸出しの血に汚れたタオルをそのまま返すわけにはいかない。
謙也はポケットティッシュの残りだけを返して早々に話題を切り替えた。
「え、ああ…それは……ただ先輩いてるん見えたから声かけただけで……すいませんでした…部活中やのに…」
ユニフォームをちらりと見て視線を落とす財前に、慌てて謙也は弁解する。
「ち、違うねん!!めっちゃ嬉しかったんやで?ほんまに迷惑とか絶対ありえへんから!」
「そ、う…ですか?」
「俺かって財前さん見かけたら普通に声とかかけるし、何も用なくっても!せやから財前さんもっっでっっっっっ!」
必死に言葉を繋いでいると、突然頭頂部に物凄い衝撃を受け、謙也はその場に倒れこんだ。
「あーよかった。危うく狼に食われるとこやったなぁ光」
「えっ…蔵ちゃん、ちーちゃん?」
財前の驚いた声にやはりお前らかと謙也は地面に這ったまま睨み上げる。
「何で?今日は部活ないんちゃうん?」
「そうやけどな、光の水着姿見に来てん。せやし悪い虫付いたらエライ事やしなぁ」
わざとらしく眉を動かしながら見下ろす白石の視線に、謙也は忌々しそうに顔を歪める。
「何言うてん……別にうちのこんなカッコ見ても誰も嬉しないやろ」
やはり来て正解だったと白石と千歳は顔を見合わせる。
財前のこの危機感のなさは無防備というレベルではない。
だからこそ大勢の前で水着姿をさらす事にならないよう、わざわざ水泳のテストのある日を狙ってサボらせたのだ。
テストの日に休んだ生徒、特に女子はその確率も高い為に必ず補習がある事は解っていたから落第点をつけられる心配はない。
一人だけ、というわけにはいかないが授業よりは人が少ないだろうと補習を受けさせるように仕組んだ。
なのにどういう事だ、一番危険な奴が近くにきてしまっているではないかと二人は視線で殺せそうなほどに謙也を睨みつけた。
途端に身を縮ませるのを見届けると、白石は笑顔で財前に向き直る。
「ほら、先生呼んでんで」
「え、あ……ほんまや」
プールサイドで笛を吹いて集合をかけている女性教諭に気付き、財前はそちらに向けて歩こうとした。
だがすぐに何かを思い出したように足を止めた。
「あ、そうや……あの先輩」
「なっ何?!」
先輩と呼ぶ相手が自分以外にいない事を瞬時に認知した謙也は急いで立ち上がり姿勢を正した。
「今日って、部活終わった後時間ありますか?」
「ある!めっちゃある!今日1時で終わりやからその後はめっちゃ暇やで!」
「あの、ほな……ちょっと頼みたい事あるんですけど…時間もらえますか?」
「何?何なん光、それってうちらやったらあかんの?」
勢いよく頷こうとする謙也を押しのけ、白石と千歳が見上げると、財前は少し困った顔をした。
「う…うん…ごめんな。先輩にしか頼まれへん事やから」
申し訳なさそうに言う財前に、みるみる元気を取り戻したのは謙也だ。
初めて財前に必要とされて、頼られた事が嬉しくてならないと表情に出ている。
そんな勝ち誇った顔が気に食わない。
白石はすぐさま次の一手に出た。
「なあ、ほな一緒に行ってええ?何するんや知らんけど」
来んなアホ、という謙也の内なる声など財前に届くはずもなく、それまでの表情を崩して微笑みながら頷く。
「うん、ええよ、もちろん。ほなこれ…テスト終わるまで待っててな」
「わかった。うちら食堂におるわ」
「はーい。ほな先輩もまた後で」
ひらひらと手を振る白石と千歳に手を振り返し、今度こそ財前はプールの方へと戻っていってしまった。
「お前ら邪魔すんなや!!」
「はぁ?邪魔?こっちのセリフやわ。謙也のくせに光に頼られるとかありえへん。調子乗んなや。うちらに無断で水着姿まで見やがって…
これ以上あんたの妄想冷蔵庫、光ってオカズで一杯にさせるかっちゅーねん」
「もっ妄想冷蔵庫?!」
「そうやわ。オカズでいっぱいにしやがってほんまやーらしいなぁ……今日も光の水着姿でシコシコやってんやろ」
「せっせせせせせせせぇへんわ!!!」
折角の二人きりになるチャンスを潰され、更にプライベートタイムまで詮索されて謙也は涙目になりながら訴えかける。
だがそんなものが通用する相手ではない。
「だいたいうちらに内緒で光連れ出した上に痴漢なんかの餌食に…許せんばい」
「なっっ何で知ってんねんっっっ口止めしといたのにっ」
「口止め?!何やねんそれ答えろや!」
理由を問うておきながら、答えを聞くより先に殴られる理不尽に耐えながら謙也は負けじと噛みついた。
「こないなるて解ってたからお前らに言うなって頼んだんじゃ!」
なるほど、それで3日タイムラグがあったのかと二人は納得した。
謙也に言われた通り黙っていようかと思っていたが、助けてもらえた事が余程嬉しかったのか結局財前はブログにあの日の事を書いてしまった。
自分に恥をかかせまいと気遣ってくれた謙也の行動や、非難の声からかばってくれた事が嬉しかったと記事に綴られていたのだ。
「げっ集合かかってるっっ……お前らほんま、ほんっっま頼むからこれ以上邪魔すんなよ!」
「せやから邪魔なんかしてへんっちゅーねん」
足早にグランドに戻る謙也の耳に白石の声はもう届いていない。
「……ほんまムカつくわー…着々と光の心持っていきよってから…しかもそれ全然気ぃついてへんし」
「ほっとくばい。気付かせたら厄介やけん」
「せやな。わざわざ教えたる必要なんかないわ」
警戒心の強い財前と打ち解け、何かにつけて遠慮がちな彼女にねだられる事がどれほどまでに凄い事なのか、あの男は全く気付いていないのだ。
だがわざわざ敵に塩を送るような事を二人がするはずもない。
財前の補習終わりを待つ為に二人は約束した食堂へと向かった。

うちの通ってた中高は女子校なので必ず生理です、ってサボる奴がいたが、
『特別事情の者』枠が何度も設けられて水泳の授業は絶対に逃げられないシステムになっていた。
スク水が貧乳の為のアイテムと思ったら大違いです。萌。
それに光は乳がでかいだけでお子様体型ではあるので萌だと思うんだ。
そして謙也さんの妄想冷蔵庫はオカズでいっぱいです。
毎夜毎夜その冷蔵庫からお夜食を取り出し一人貪り食う。思春期ですね。

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