写真印刷する時って一度はやってしまう。
縦横間違えてえらい余白の多い、ど真ん中に印刷されたやつがぺろんと出てくるとほんまテンション下がる。
アンジェラス シルキー24
夏休みに入ってもテニス部は夏の大きな大会を控え、毎日部活の予定がある。
それはとても充実しているし、夏休みの課題も順調にこなせている。
まさにパーフェクトなサマーバケーションと言えるだろう、と白石は思っていた。
だが一つ気掛かりな事があった。
それは無二の親友も感じていたらしい。
先日撮影した写真のデータを持ってきたから一緒に見ようと千歳が言ったので、白石は練習の後コンピューター室を借りてデータの整理と出力作業をしていた。
「あー…ほんま可愛いわー光」
「新作もよぉ似合っとるばい。お人形さんごたる」
プリンターから出てくる財前の写真を満面の笑みで眺めていた二人だが、ふと一枚の写真が目に留まり、押し黙った。
「白石も気付いたとや?」
「……まあな。明らか顔ちゃうかったやん」
その一枚は撮影終盤に映したものだ。
謙也にレフ板を持たせての撮影の時に撮れた偶然の一枚。
シーンとシーンの合間に何気なく謙也と話をする財前を撮ったもの。
「めっちゃ可愛い。めっちゃキラキラしとって…こん中で一番ええ顔してるやん」
「考えとうなかばってん……光、もしかして…」
「あーやめやめ。絶対ありえへん!!」
バンバンっと勢いよく机を叩き、千歳の言葉を遮る。
「ってゆーか、許せるわけないやん。ちゃんとうちらが認めた奴やないと」
「謙也は認めてやれん?」
「んー…努力は認めたってもええけどなぁ」
「けど?」
「やっぱアカン。ムカつく。謙也如きにうちらの光取られるとかありえへん」
手元にある財前が一番いい笑顔を見せている謙也との2ショット写真を手に取ると、白石はそれを真っ二つに切り裂いた。
丁度二人を割くように切れ目が入り、白石は迷う事なく謙也の写った部分を丸めてごみ箱に捨てた。
「けどこのピアスもめっちゃ喜んでやったもんなぁ…」
あの日撮影中、ピアスが変わった事に気付き、どうしたのだと尋ねれば謙也に誕生日プレゼントで貰ったのだと話してくれた。
乏しい表情の中で最大限嬉しそうな顔をして。
「何やってーん?女子はもう練習終わったんか?」
突然窓の方から声がすると二人揃って振り返れば、グラウンドに面した窓から謙也が顔を出している。
男子テニス部はまだ練習中なのかユニフォーム姿だ。
「あっっそれこないだの写真?!見して見して!」
二人の嫌がる顔などお構いなしに謙也は窓から侵入すると、二人を押しのけ写真のサムネイルの並ぶ画面を食い入るように眺める。
「うわぁ…めっちゃ可愛い…」
「勝手に見んなや。金取んで」
頭をはたく白石を睨むが、倍の鋭さで睨み返され身をすくめた。
そして逸らした視線の先にある不自然に破られた写真が目に止まった。
「…あ、これ一番可愛いな」
手を伸ばそうとする謙也より一瞬先に千歳がそれを取り上げる。
そして白石は出来うる限り一番憎たらしい顔を向け言う。
「お前に光の可愛さ解ってたまるか」
「えっ…ええやんけ別にっ俺かって…」
「謙也、集合かかっとるばい」
窓の外を見ていた千歳の言葉通り、遠くのテニスコートで男テニ部長や顧問の声がする。
「えっ嘘っっ…!!まだここで作業すんねやんな?!また後で来るから!!」
来なくていい、という二人の声は届いているか、果たして解らないが謙也は再び窓から騒がしく出て行った。
再び二人きりになったコンピューター室に一瞬の静寂が落ち、その後白石は大きな溜息を吐いて作業を再開する。
二人はつまらなそうに画面を眺めながら黙々と印刷作業していると、騒々しくドアが開かれた。
「あーよかった。まだおった。静やし先帰られたか思ったわ」
先程までのユニフォーム姿から制服に着替え、あらん限りのスピードでやってきた謙也はバタバタと足音を立てながら二人のいる席へと向かう。
鬱陶しそうな顔をする白石達など意に介さず、謙也は順に出力されていく用紙に目をやった。
あの日の人形のような姿の財前が何枚も何枚も吐き出されている。
「いだだだだだだだ!!!」
「触んなアホ」
そのうちの一枚を摘み上げようとするが、すぐさま白石にその手の甲を抓られた。
「いっ…一枚ぐらいええやん」
「オカズにされんの解っててやるわけないやろ」
「おっ……せせせせぇへんわそんなんっっ」
「ほな何で欲しいんよ。どうせこの可愛い可愛い光の生脚見て一人でハアハアしながらシコシコすんねやろ」
「なっ…なっっ…」
三着あった衣装のうち、一番露出度が高くミニスカートから生脚の覗くデザインのワンピース姿の財前の写真を見せながらそんな事を平然と言い放つ白石を、
謙也は信じられないと言葉を詰まらせた。
「こっちで我慢しなっせ」
そう千歳に冷たく言われ渡されたのは縦横を間違えて印刷してしまった失敗写真だった。
髪の毛とスカートより下は写っていないが柔らかい笑みを浮かべた顔はちゃんと写っている。
サイドは大きな余白となっている状態のものだが謙也は何度も礼を言い大事そうにそれを鞄にしまいこんだ。
その様子を呆れながら眺めていると、何かを思い出したように謙也は、あ、と間抜けな声を上げる。
「何」
「あんさぁ…この前な、財前さんと一緒に帰った時ちょっと聞いたんやけど…」
「何を?」
「前に眼鏡かけてやったけど…それって何か意味あんの?理由は白石と千歳に聞いてくれって言われて…」
そう言った途端、二人はさっと顔色を変えた。
やはり何か聞いてはいけない事だったかと一緒になって青くなり、オロオロとする謙也を見て白石はふぅ、と小さく嘆息する。
思っていた通り、財前が謙也に心を許し始めているようだと改めて突きつけられたようだ、と。
こんな優しさだけが取り得の男のどこが、まあ顔は良いと言えるが私の方が出来はいいはずだと自意識過剰な事を思う。
「あの…白石?」
「ほんまに光が言うたん?うちらに聞いてって」
「ああ、うん」
眉間にシワを寄せ考え込む白石に謙也は慌ててほんまやで、と言い訳する。
そんな事を思っているわけではないのにと白石はもう一度溜息を吐いた。
「ええで…教えたるわ」
「ほっほんまか?ありがとう!」
些細な事に一喜一憂して、敵であるはずの自分にまで素直に謝意を表す謙也が酷く滑稽に思える。
彼女を守る為に嘘を教えるかもしれないという可能性は全く考えていないのだろう。
そんな謙也を騙すなど、極悪非道な人物のように思えてしまうと白石は真実を語る事に決めた。